20.ベンケイ
3層中盤でなんとか狂暴猪を倒したものの、それ以上の探索は難しかった。
2匹のボアにてこずっているようでは、この先あまりにも心許ない。
なのでその日はそのまま地上へ戻り、奴隷商を覗きにいった。
戦力不足を痛感したがゆえの仲間探しだが、そうそう都合の良い人材が見つかるはずもない。
できれば屈強な壁役が欲しいところだが、まともそうなのは金貨50枚以上もするので、到底手が出なかった。
ならば新たな魔法を開発するかと意気込んだものの、2日間粘っても大して向上は見られない。
結局、地道に魔物を倒して、肉体を強化しながらお金を稼ぐしかないと思い至り、2層深部と3層序盤で狩りを続けることにした。
そんな状況が10日ほど続いていたある日、迷宮の入り口で奇妙な人物を見かけた。
それはずんぐりとした体形で、ひげをぼうぼうに生やしたドワーフだった。
盾と斧を持っているので、おそらく前衛職の戦士なのだろう。
しかしその見た目たるや、かなり残念な感じ。
着ている服はボロボロで所々に穴が開いてるし、顔や手足も薄汚れている。
しかも相当弱っているのか、表情や声にも張りがない。
そんなドワーフのおっさんが、迷宮に潜ろうとする冒険者パーティに声を掛けていた。
「儂も一緒に連れていってはくれないだろうか?」
「ああん? うちはメンバー足りてるから必要ねーよ」
「臭えんだよ、おっさん。あっち行けやっ!」
「アウッ」
若い5人パーティに声を掛けていたが、取りつく島もなく断られた。
最後は蹴りまでくらう始末だ。
ちなみにこの迷宮を攻略するには、人数制限がある。
6人までが基本的な上限で、それ以上で魔物を狩っていると、やがて大量に魔物が湧いてくるそうだ。
迷宮の中で別のパーティと遭遇することもあるのでそれほど厳格でもないが、調子こいて大人数で狩りなんかしていると、やがて自分が魔物に狩られるはめになる。
だから野良冒険者は5人以下のパーティと交渉して迷宮に潜るんだが、そうそう都合良く受け入れられるはずもない。
お互い、危険な迷宮の中で命を預けることになるのだ。
受け入れ側の人選が慎重になるのも仕方ないだろう。
しかし、今の若い連中は完全にドワーフを見た目だけで判断し、不当な扱いをしているように見えた。
まあ、冒険者なんてそんな荒くればっかだけどな。
断られたドワーフは、トボトボと広場の端に歩いていき、力なくその場に座り込んだ。
そんな彼を見ていたら、ヨシツネが話しかけてくる。
「彼を誘ってみますか?」
「うーん、けっこう前衛に向いてそうだけど、どう思う? あれだけみすぼらしいのは、何か訳があるのかもしれないし」
「あくまで勘ですが、腕は悪くなさそうですね」
「ヨシツネがそう言うんなら、試してみる価値はありそうだね。とりあえず話をしてみよう」
歴戦の勇士のヨシツネが悪くないと言うのなら、それなりなんだろう。
俺はドワーフに近寄って声を掛けてみた。
「あのー、俺たちも仲間を探してるんですが、とりあえず話だけでもしませんか?」
「ファ?……ほ、本当ですか? ぜひ、ぜひお願いします!」
最初は寝ぼけたような感じだったが、言葉の意味を理解すると凄い勢いで食いついてきた。
俺の手を取って、ギラギラした目を向けてくる。
と思っていたら、ふいに彼がへたり込んで盛大に腹の虫を鳴らした。
「こ、これは失礼。もう3日もまともな物を食っておらんのです。申し訳ないが、前払いで飯を食わせてもらえんですかな?」
「アハハッ……まあ、いいでしょう。町の中で飯を食いましょうか」
俺は苦笑いしながら、町の方へ彼を誘った。
適当な飯屋に入って料理を注文すると、彼は来た端から料理を平らげた。
その勢いたるや凄まじいもので、俺たちが話を聞く暇もないほどだ。
やがて通常の3人前を平らげてようやく落ち着いた彼が、お茶を飲みながら話し始める。
彼の名はベンケイといって、オウミ国のドワーフ集落から流れてきたそうだ。
オウミ国ってのはオワリの北西にある国だな。
そしてドワーフと言えばモノ作りに長けた種族であり、中でも特に鍛冶師の人気が高く、多くの者が1度は目指すらしい。
彼も厳しい修行を積んだものの、ある事情から正式な鍛冶師になれず、失意の果てに冒険者になろうと決心し、迷宮を渡り歩いているそうだ。
しかし、あいにくとどこでも仲間に恵まれず、便利使いされた挙句に放り出されてきたとか。
「ふーん、ずいぶん辛い思いをしてきたんですね。それで、鍛冶師になれなかった事情ってのはなんなのですか?」
「いや、それが……」
何気なく聞いただけだが、言いにくいことらしい。
「ああ、別に言いたくないなら――」
「い、いや、いいのです。ぜひ聞いてくだされ……儂は、儂は鍛冶魔法が使えんのです」
「はあ、そうなんですか……でも、そんな人はたくさんいるんでしょ?」
「たしかに、鍛冶魔法を使わないドワーフも数多くおります。しかし、しかし儂のように精霊召喚の儀式を行っても使えない者は、前例が無いのです」
そう言ってベンケイが泣き出した。
悔しそうに涙を流し、嗚咽を漏らす。
彼が落ち着いてから改めて話を聞くと、ドワーフの世界には大金を積んで精霊を召喚する儀式があるそうだ。
召喚された精霊と契約を結んでしまえば、その後は強力な鍛冶魔法が使えるようになり、優秀な鍛冶師への道が開ける。
逆にどんなに修行していても、鍛冶魔法の使えないドワーフは、1人前の鍛冶師とは認められない。
そして、なぜかベンケイはその儀式に失敗し、鍛冶師になり損ねたというのだ。
儀式のために大金を出してくれた実家からもとうとう見放され、追い出されてしまったらしい。
なんとまあ、運の悪い。
実に哀れな話ではあるが、こんな運の悪い人を仲間にして大丈夫かと心配にもなる。
そんなことを考えていたら、スザクが念話を送ってきた。
(主様、ベンケイの不幸の原因に心当たりがありますよ~。どこか人目の無い所に行きませんか~?)
(原因を突き止めたら、何かいいことあるの?)
(保証はできませんが、面白いことになるかもしれませんよ~)
俺はスザクの提案に乗って、場所を変えることにした。
「とりあえず、ベンケイさんがどれくらい戦えるか見せてください。ちょっと町の外へ行きましょうか」
「了解です。儂の実力をお見せしましょう」
飯屋を後にして、ゴブリンの出る森へ向かった。
森へ着くと、ホシカゲに敵を探してもらう。
やがて見つかったゴブリンを相手に、ベンケイの腕前を見せてもらうことにした。
「それじゃあ、ベンケイさん。あのゴブリンたちを倒してください。1人でやれますよね?」
「もちろんです。とりゃーっ」
そう言うや否や、ベンケイが斧を振り回してゴブリンに襲いかかった。
さすが言うだけあってそれなりに強く、無傷で3匹のゴブリンを仕留めてしまう。
魔石と耳を回収してから、改めて彼と話をした。
「ベンケイさん、けっこう強いじゃないですか。なんでそんなに仕事困ってるんですか?」
「それが……なぜか儂と組むと悪いことが起きやすいのです」
彼が言いにくそうに、過去の経験を語る。
曰く、強い魔物と遭遇しやすくなる、物がよく壊れる、ケガが増える、などなどいろいろだ。
「……なんていうか、大変でしたね。その原因に、何か心当たりは?」
「儀式に失敗してから悪いこと続きですが、原因はさっぱり……」
首を振りながらぼやくベンケイを、スザクの甲高い声が遮った。
「キャハハハハハッ、そんな疫病神が付いていたら当然なのですよ~」
「な、と、鳥が喋った!」
スザクの声にベンケイがひどく驚く。
「おいおい、あんまり驚かせるなよ。でも疫病神ってなんのことだ?」
「キャハハハハハッ、あれですよ~。ベンケイの後ろを見てくださ~い」
その途端、視界に妙な色が付いて、景色が変わった。
そしてスザクから指示された所を見ると、何かもやもやしたものが見える。
「なんだ、あれ?」
「あれが土精霊なのですよ~」
そう言われると、その何かの形がさらにはっきりとしてきた。
それは俺の膝より少し大きいぐらいの、3頭身の幼女だった。
茶色の髪が目元まで覆っていてよく見えないが、その輪郭は整っているように見える。
体には古代ギリシャ風の白っぽい服をまとっていて、いかにも精霊って感じではある。
そんな幼女が、背後霊のようにベンケイの後ろにくっついていた。
「ノーミーですと? そんなものがどこに?」
スザクの声を聞いたベンケイが、辺りをキョロキョロ見回す。
彼には何も見えないようだが、ヨシツネとホシカゲには見えてるみたいだ。
「ベンケイさんの背後に小さな女の子がいるんですけど、普通は見えないみたいですね」
「キャハハハハハッ、そうですよ~。そしてそのノーミーこそが、あなたの疫病神なのですよ~」
「そ、そんな馬鹿な。ノーミーは我らと契約を結び、鍛冶魔法を可能にする友人ですぞ!」
そう言うベンケイに、スザクがさらに無情な事実を告げた。
「おそらくそのノーミーが、あなたの精霊契約を邪魔したんでしょうね~」