12.ヨシツネ
俺は店先でさらし者になっていた奴隷を見かね、金貨1枚で彼を購入した。
「名前は?」
「……ヨシツネ」
「そうか。俺はタツマ。これからよろしく頼む。それじゃ、行こうか」
ヨシツネを連れ出すと、まず古着屋に寄り、彼に合う服を買った。
と言っても、最低限の上下と下着を2揃い買っただけだ。
黒っぽいズボンに薄茶色のチュニック、あまり肌触りの良くないパンツってとこだ。
そのままテッシンの家に連れて帰り、ヨシツネを紹介した。
「テッシンさん。迷宮探索のために奴隷を買いました。俺の部屋で寝かせるので、入れていいですか?」
「ん? 獅子人か……まあ、タツマが自分で面倒見るんなら、構わないぞ」
「あらあら、素敵な殿方ね。これでタツマの迷宮探索も少しは安全になるのかしら。すぐに夕食にするから、体をきれいにしてらっしゃい」
あまり心配はしていなかったが、テッシン夫妻は快く受け入れてくれた。
そういう人たちなのだ。
俺はヨシツネと一緒に井戸へ行き、体を洗った。
と言っても、パンツ一丁になって水洗いするだけだ。
しかし、ヨシツネが裸になると、改めてその肉体美に驚かされる。
身長は180cmぐらいだが、細身なのでそれほど威圧感はない。
しかしその肉体はたくましくも引き締まり、まるで鋼の筋肉をより合わせたかのようだ。
あまり栄養状態が良くないせいか、少しやつれてはいるが、それでも凄く強そうだ。
ただし、常に衰弱の呪いが彼を苛んでいるためか、ひとつひとつの動きに精彩が無い。
体を洗って新しい服に身を包んだ彼を連れ、家へ戻る。
シズクが張り切ったのか、いつもより豪華な食事が並んでいた。
ご飯に味噌汁と質素なお惣菜はいつもどおりだが、美味しそうな肉料理が追加されてる。
テッシン家は決して貧乏ではないが、めったに見ないような豪華メニューだ。
「さあさあ、お召し上がれ」
「ハハハッ、今日はちょっと豪華だな。さ、一緒に食べよう」
「気を遣ってもらってすみません。ヨシツネも座って」
「い、いえ、私は後で残り物をいただければ結構です」
「俺はそういうの嫌いなんだ。テッシンさんもいいって言ってるから」
そう言って強引に彼を食卓につかせた。
最初、床に正座しようとするから驚いたよ。
いただきますをして、食事が始まる。
うん、シズクさんの料理はいつも美味しいな。
この肉の焼き加減と味付けなんか絶妙だ。
ヨシツネはといえば、最初信じられないといった顔で固まっていた。
やがてシズクに勧められて肉を取ると、貪るようにそれを食い始めた。
やっぱり獣人は肉が好きなのかね。
彼が涙を流しながら、”美味いです、美味いです”と繰り返す。
最終的には俺の2人前ぐらいを片付けて、ようやく落ち着いた。
今後は家に入れるお金を増やさなきゃいけないな。
まあ、俺も稼ぎが増えてきたから、なんとかなるだろう。
食後にお茶を飲みながら、ヨシツネを買った経緯を説明した。
「衰弱の呪いとは、ひどい話だな。なぜそんなことに?」
「……」
テッシンに聞かれても、ヨシツネは答えなかった。
唇を噛みしめて、とても悔しそうな、それでいて悲しそうな顔をしている。
ここで俺が聞けば、それは強制力を持ってしまう。
おそらくそれは彼にとって辛いことだろう。
「すみません、テッシンさん。今日はそっとしておいてください」
「ん? ああ、そうだな。誰にも、知られたくないことはある」
その後、今日の迷宮探索の話などをしてから、自分の部屋に戻った。
扉を閉めてベッドに座り、ヨシツネを椅子に座らせる。
「さて、ヨシツネ。これから言うことは絶対秘密だぞ」
「……はい、もちろんです」
「うん。まず、このスザクとホシカゲは聖獣だ」
「聖獣、ですか?」
「そうですよ~。私は主様の第1の眷属スザク。これからよろしく~」
「ワフン、ウォン(ホシカゲです。よろしくです)」
「ホシカゲもよろしくって言ってるぞ」
「は、はあ……」
ヨシツネが、疑わしそうな顔をしている。
まあ、そう簡単には信じられないわな。
でもスザクと付き合ってりゃ、そのうち実感するだろう。
「それで、スザク。ヨシツネの呪いを解くにはどうしたらいいんだ?」
「おほん……確実ではありませんが、今の主様であればヨシツネの奴隷紋に干渉できると思いますよ~」
「今の俺ならってのは、どういうこと?」
「主様がヨシツネのマスターとして登録されている状態ですね~。普通は隷属魔法を習得していなければ干渉できませんが、主様の使役紋が役立つはずですよ~」
「使役紋を使うって、どうやるの?」
「とりあえず奴隷紋に左手を当て、調べてみてくださ~い」
俺は促されるまま、ヨシツネに服を脱がせ、背中の奴隷紋に左手を当てた。
よく分からんが、目を瞑って奴隷紋に集中してみる。
しかしヨシツネの体温が感じられるだけで、何も分からない。
それならと、左手に魔力を通してみたら、急にヨシツネが苦しみ出した。
「グウッ、タ、タツマ様。やめてください、あいたたたっ」
「あ、ごめんごめん」
慌てて左手を外すと、すぐに治まった。
「どうなってんだ、これ?」
「奴隷紋には勝手に解除されないように、防御機能が付いているんですよ~。不用意に干渉するとそれが発動するので、もっと優しく魔力を通したらいかがですか~」
「優しくって、どうやんだよ?」
思わず突っ込んでしまったが、スザクにもよく分からないらしい。
やむを得ず、再びヨシツネの奴隷紋に左手を重ね、微かに魔力を通してみた。
すると奴隷紋が赤い光を放ち、活性化したような感じがあった。
その状態でその意味を知ろうとしたら、不思議とその術式が頭の中に流れ込んできた。
主人の指示に従う印、主人への危害を禁ずる印、自殺を禁ずる印、苦痛を与える印、そして体力を奪う印などだ。
特に体力を奪う印は禍々しく、いかにも呪いらしい印象があった。
俺はその体力を奪う印に集中し、その意味を読み解いていく。
根気よく続けていると、やがてその中に印を無効にする機能があることに気がついた。
つまり呪いのオフスイッチだが、これを使っていいかどうか、ちょっと考える。
「フウッ……とりあえず呪いを停止するスイッチらしきものを見つけた。でも、これをそのまま使っていいかどうかが分からない」
「おそらく呪いは後付けなので、それを停止するだけで衰弱は無くなりますよ~」
「でも、1歩間違えばまたヨシツネを苦しめるかもしれないぞ。ひょっとしたら、命に関わるかもしれない」
「……いいえ、タツマ様。もしも、この呪いが消えるなら、私はそれに賭けたいと思います」
ヨシツネが真剣な顔で頼んできたので、俺も覚悟を決めた。
「そうか、ならやろう」
俺は再び奴隷紋に集中し、体力を奪う印のオフスイッチに慎重に魔力を流し込んだ。
徐々に徐々に、神経をすり減らすような作業を、しばらく続ける。
やがてその印が暗転し、機能が停止する感触を得た。
「フーーッ。切ったぞ。体調はどうだ?」
ヨシツネにそう問いかけると、彼が自分の手を閉じたり開いたりしながら見つめていた。
やがて彼は両腕で自分の体を抱き締め、涙を流し始める。
「ウゥゥッ、ウオオーッ……戻りました。元の力が戻りました、タツマ様」
それを聞いて、俺も一気に体の力が抜けた。
万一、彼に危害を加えることにならないかと、心配で仕方なかったのだ。
「そっか、良かったな、ヨシツネ」
「ありがとうございます、ありがとうございます~っ!」
彼があまりに大きな声で騒いだため、テッシンが部屋に問い詰められて困ったのは、また別の話。