107.経済同盟 ※地図あり
カイ、ミカワ、スルガ、トオトウミから大きな成果を勝ち取ってから、俺はオワリにノブナガを訪問していた。
「お久しぶりです、ノブナガ公」
「ああ、久しぶりだ、タツマ公。シナノ戦役の件、聞いているぞ。大勝利だったらしいな」
「ありがとうございます。なんとか大国の圧力をはねのけることに成功しました。これも協力していただいたノブナガ公のおかげです」
「ハッハッハ、ずいぶんと謙遜を。俺などほとんど役に立っておらぬわ。貴国がそれだけ強かったということであろう」
にこやかにこちらを持ち上げるノブナガだが、その目は全く笑っていない。
こちらが脅威になるか否か、冷静に探っているのだろう。
「いえいえ、まだまだできたばかりの小さな国ですよ。今後も力を貸していただければ幸いです。ところで、今日は貴国との交易について、話をしに参りました」
「おう、いよいよか。前から楽しみにしておったのだ。それで、貴国はどんな商品を持っているのかな?」
「そうですね。目玉はやはり魔物の素材でしょうか。他の地域より手強い魔物でも供給可能です」
「うむうむ、それから?」
「それから鉄製品も供給できます。うちには元クニトモ村の職人がいますから、名刀もお世話できますよ」
「おおっ、名匠の多かったクニトモ村であるからな。ぜひ、口利きをお願いしたい」
「はい。よろしく伝えておきます」
「うむ。しかし、交易をするには道がいるな。大魔境の周辺だと、まともな道は通っておらんであろう」
「ええ、そのとおりなので、この辺に街道を整備します」
俺は簡単な地図を懐から取り出し、シナノーオワリ間の交易路構想を説明した。
「ほほう、この町の名はなんというのだ?」
「”ツマゴ”になります。ここからこのオオタ村までの街道を整備し、あとはキソ川を使おうかと」
オオタ村ってのは中山道の太田宿のことで、現代なら日本ライン下りで有名な所だ。
ここからオワリまでは舟運が可能なので、それなりの規模の交易ができる。
「うーむ、かなり距離があるから、時間が掛かるのではないか?」
「我が国には優秀な土木集団がいるので、さほど時間は掛かりません。まあ、1ヶ月といったところでしょうか」
「い、1ヶ月だと?……普通ならとても信じられんが、タツマ公ならやりかねんか」
「アハハ、まあ、うちには魔法使いも多いので。それで、この構想にはミノとミカワも巻き込んで、さらに活性化したいんです」
「ミノは当然として、ミカワもか? モトヤスが乗ってくるかのう」
ミカワ国とは仲の悪いノブナガが、不快そうな顔をする。
「商圏は広ければ広いほどいいですし、関税を抑えるにもミカワは必要です」
「と言うと?」
「俺はこの交易における関税をゼロか、極めて低率に抑えたいんです。そうすればいろんなとこから商人が集まってきて、繁栄しますよね?」
「まあ、そうであろうな」
「そこでミノには関税を抑えなければ、ミカワ経由で交易すると脅します。逆にミカワは、関税を抑えることを条件に参加を許すんです。そうすれば、オワリ、ミノ、ミカワ、シナノの4ヶ国が潤います。やらない手はないですよね」
するとノブナガが、実にいい顔で賛成してくれた。
「グヒヒッ、それは実に良い手だな。俺とタツマ公が協力すれば、ドウサンとモトヤスにひと泡吹かせてやれるわけか」
「まあ、結果的にミノもミカワも儲かるんだから微妙ですけど、主導権は取れますよね」
「うんうん、実に良い。関税を減らせば商業が活性化することを、うちの家臣ですらよく分かってはおらん。しかしタツマ公は俺と考えが合うようだ。これからもぜひよろしく頼むぞ」
「こちらこそ」
こうしてノブナガに提案した作戦は、ミノ、ミカワ国主にも受け入れられ、低関税を約束した経済同盟が誕生した。
これによって、我が国の商業が大躍進したことは言うまでもない。
そしてこの構想は、西だけに留まらなかった。
カイのシンゲンと、スルガ、トオトウミのヨシモトにも、同様の商圏構想を持ちかけたのだ。
さすがに彼らはノブナガほど乗り気ではなかったが、いろいろと利益をちらつかせることで、東側にも経済同盟が誕生した。
こっちはカイ国境に作ったコブチという町を起点に、カイ、スルガ、トオトウミと交易をしている。
実際にやってみると、西と東の特産品を我が国が仲介できるため、想定以上の利益が上がっていたりする。
しかし、暴利を貪ってるわけでもないし、他国も繁栄しているので、我が国の評判は悪くない。
あまりやり過ぎると妬まれるので、ほどほどにしておこうとは思うが。
交易が軌道に乗ると、我が国の国民も外に出ることが多くなった。
最初はガッチガチに護衛を固めて送り出していたんだが、いつまでもこれではよろしくない。
そこで、密かに異種族への敵意を緩和させる工作をやり始めた。
工作の隠れ蓑になったのは、月の神ツクヨミを信仰する月心教だ。
月心教は光輪教ほど過激でないし、同様にツクヨミを信仰するダークエルフ族と親和性が高い。
そして俺の嫁であるアヤメは、ツクヨミの生まれ変わりとも称されるほどの魔法使いだ。
彼女を介して月心教の本部に連絡を取ったところ、良い感触が返ってきた。
そこで教団の上層部と話をしてみたら、いろいろと協力できることが分かったのだ。
具体的に言うと、教団への財政援助をする代わりに、光輪教とは異なる教義を広めることだ。
光輪教ってのは、ヒノモトで最も腐った宗教で、弱い者いじめと権力争いが大好きな奴らだ。
おかげでどれだけの異種族が、人族に虐げられる生活を送ってきたか。
全くもって、クソみたいな集団である。
これに対して月心教はわりとまともな集団で、少なくとも異種族を迫害するような方針は取っていない。
ここに財政援助をする代わりに、光輪教の教義をあえて否定するように動いてもらったのだ。
別に強制したわけじゃなくて、静謐と慈悲を貴ぶツクヨミの意志に沿った行動だと思う。
そしたら光輪教の奴ら、逆ギレして月心教の施設を攻撃してきやがった。
しかしそこには、我が国から派遣された忍者と獣人の戦士が待ち受けていたのだ。
表向きは月心教の信徒としてな。
そしてあちこちで光輪教の攻撃を撃退したもんだから、奴らの権威はガタ落ちだ。
さらに忍者部隊が調べた光輪教の悪事を、ちょくちょく暴露してやったもんだから堪らない。
ちょっと前までヒノモト最大の宗教勢力だった集団が、今は崩壊寸前だ。
この機会に月心教は勢力を伸ばし、異種族への迫害をやめるよう訴えかけた。
その甲斐あって、西と東の経済同盟の中なら、獣人種や妖精種も安全に行動できるようになりつつある。
今後はその範囲をもっと広げ、違法奴隷の解放も実現していきたいと考えている。
我が国への移住者も、どんどん増えている。
まず捕虜交換で手に入れた5万人弱の奴隷が、順次入国してきた。
それに加え、4ヶ国連合を打ち破ったという実績から、他の地域からの移住希望者も激増だ。
まだ受け入れが間に合っていないが、新規の移住者は優に10万人を超えるだろう。
しばらくは行政府も大忙しだな。
その一方で、国内での人口増加にも手を焼いていた。
国民が凄い勢いで、子作りに励んでいるからだ。
最初は大目に見ていたが、無秩序な多産は好ましくない。
そこで厚生省主導で、女性に家族計画の大切さを教育し始めた。
今までは新生児の生存率がけっこう低かったので、特に獣人種は多産の傾向にあった。
しかし、この国ではお産の手順や道具の滅菌などをマニュアル化し、生存率を飛躍的に向上させている。
そうすると、子供はあまり死ななくなるから、無秩序に作ってると後で困るよ、と諭したのだ。
これを聞いた女性は家族計画に前向きになり、無計画な妊娠は減りつつある。
ただし、これではやらせてもらえない男性がいじけてしまうので、避妊という手段も準備してある。
この世界の特殊な薬草から、避妊薬が作れるのだ。
その効果は完璧でもないらしいが、まあ、事故はどこにでもあるものだ。
かくしてシナノ国は、また新たなステージを迎えようとしていた。
次回、大団円です。
おおまかな地図を載せておきます。(2017/9/8)
▲は山岳地帯を表し、シナノ国はその国境のほとんどを山に囲まれてるとご理解ください。
| エチゴ
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エッチュウ ▲ ▲
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▲ ▲▲ コウズケ
ヒダ ▲ ▲
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▲ (__)スワの海 ▲
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▲ コブチ→ ▲▲▲▲▲▲
_▲ ▲ | ムサシ
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▲ ▲ カイ
←ツマゴ ▲
▲ ▲
ミノ ▲ ▲ |
▲ ▲▲ |
____▲ ▲ |スルガ
▲▲ ▲▲ |
ミカワ | |
|トオトウミ