幕間.鬼神は滅びず
鬼神サイドで何が起こっていたかの補足ストーリーです。
<シナノ国 スワの海湖畔>
「ブハーッ、ちくしょう。まんまとやられたね」
乗っていた飛竜をタツマに撃墜されたカエデは、湖面に落ちたドサクサに紛れ、岸へ逃げ延びていた。
しかし、わざわざ魔境の山岳部まで出掛け、手に入れたワイバーンを失っている。
「チッ、軍隊に合流するには何か足が必要だね…………ああ、ちょうどいいのがあるじゃないか」
鬼神の加護で強化された感覚により、少し遠くにある頭突竜の厩舎を嗅ぎつけた。
カエデはすぐに厩舎へ潜り込み、頭突竜の1匹を闇魔法で掌握すると、それに乗って駆けだした。
2時間ほど後、頭突竜を酷使した彼女は、連合軍の陣城へたどり着いていた。
その足で、将軍たちが集まっている天幕に忍び込む。
「おお、カエデではないか。破壊工作は終わったのか?」
「いえ、終わったというか、失敗しちまいました」
鬼人を闇魔法で操っていたカエデだが、彼らとの接続が切れたことで、作戦が完全に失敗したことを悟っていた。
そんな彼女を、将軍たちが責める。
「失敗しただとっ? それで済むと思っているのか。お前の提案で、今も夜襲が行われているのだぞ」
「そうだ! 敵の注意を引くなどと言っておきながら、役に立っておらんではないか。この売女が!」
「ひっ、申し訳ないよう、旦那。許しておくれよう」
カエデがさも怯えたふりで許しを請うと、将軍たちの目に嗜虐的な光が宿った。
「ふんっ、この役立たずが。これは少し、調教してやる必要がありますな」
「さよう、さよう。己の立場というものを、理解させてやりましょう」
将軍たちがよってたかってカエデを小突き、地面に転がせる。
さらに調子に乗った男がカエデの衣服に手を掛けた時、彼女は逆にその手を捻りあげた。
「グアッ、貴様、抵抗するか……ふおっ」
「おい、何をしておる……あれ?」
たちまちのうちに、その場に集まっていた5人の将軍が闇魔法で支配された。
将軍たちの目は虚ろになり、口元にも締まりがない。
「やれやれ、あまりこの手は使いたくなかったんだけどねえ。完全に支配すると、自分で考えなくなっちまうんだ」
そう言いながらもカエデは、将軍たちを解放しなかった。
やがてその場に何人かの隊長が呼ばれ、翌日のための軍議が開かれる。
その時カエデは天幕の外に潜み、密かに将軍たちを操っていた。
そして彼女の意向に沿って、督戦隊の編制が指示された。
「ヤマガタ将軍! そのような督戦隊を編成し、いかがなされるおつもりか?」
「グググッ、知れたことよ。最前線の兵を叱咤し、戦果を挙げるのだ」
「し、しかし、すでに兵の士気低下は著しく、前線の頑張りにも限界がありますぞっ!」
「ならば、後ろから矢を放て。前に進むしかないようにすればよい」
「そ、そんな馬鹿なっ! 栄光あるカイ国軍がそのような愚挙を――」
「愚挙とはなんだっ、愚挙とは! 構わん、その者を討ち取れい!」
「なっ、や、やめてください。グハッ」
かろうじて正論を吐いていた将兵が斬り捨てられると、もう諫言する者はいなくなった。
誰もがそれをおかしいと思いながら、翌日の無謀な作戦が決まっていく。
カエデはその後、一部の部隊を闇魔法で洗脳し、先陣を切るための死兵も作り上げた。
ただ鬼神の生贄として、兵士の生命を消費するために。
翌日の無謀な力攻めで死んだ兵士の命を食らい、鬼神シュテンの力が高まった。
そしてシュテンはその力を、魔境外縁や山岳部に散らばる魔物の召集に使用した。
この時のためにカエデ=シュテンは魔境を駆け巡り、魔物を支配下に置いていたのだ。
しかし、遠距離からその状態を維持するには膨大な魔力が必要なため、魔物は一時的に解放されていた。
そして兵士から集めた生命力を魔力に変換し、シュテンは魔物たちを呼び集めたのだ。
その魔物たちを再び支配下に置いたシュテンは、さらなる犠牲者を増やすべく、シナノ国の砦を攻めさせた。
結果的にシュテンはタツマの、そして四神の力に破れた。
しかし、鬼神を完全に滅することはできない。
なぜなら鬼神とは、人間の欲望の結晶に過ぎないのだから。
たとえ鬼神の依り代を討ち倒しても、いずれそれは蘇る。
それはただ、一時の眠りについたに過ぎないのだ。