11.衰弱の呪い
俺は地図を見ながら、1層序盤をかたっぱしから探索していった。
昼飯後にゴブリンを10匹ほど倒すと、とうとう中盤に入った。
しばらく進むと、ホシカゲから念話が入る。
(わふ、何か今までと違うのがいるです)
「いよいよ出たか。中盤からは緑小鬼戦士が出るらしいからな」
(ソルジャーは強いです?)
「うん、普通のゴブリンより体が大きくて、刃物を持ってるらしい。うかつに突っ込むんじゃないぞ」
(どうすればいいです?)
「うーん、とりあえずホシカゲは横に回り込んで吠えてくれるか? 隙ができたら熱弾で攻撃するから」
(お任せなのです)
そのまま俺達が忍び足で進むと、4匹のゴブリンと遭遇した。
その中に図体がでかいのが2匹いて、短剣を手に持っている。
そいつらの身長は俺と大差ないくらいだ。
「ウォウ、ウォウ、ウォーンッ」
ホシカゲが吠えながら横に回り込もうとしたら、ゴブリンどもの注意がそちらへ向いた。
その隙を狙って、俺はヒートをソルジャーに放つ。
その攻撃は間違いなくソルジャーに当たったが、並みよりタフにできてるらしくて1発じゃ倒れなかった。
「主様、弱い方を先に倒した方がいいのでは?」
「……そうだな、そうするか」
俺はスザクの助言に従い、ゴブリンにヒートを放った。
続けて2匹のゴブリンに当てると、そいつらがひっくり返ったので、後始末はホシカゲに任せる。
しかしここでソルジャーが俺に向かってきた。
でかいゴブリンが短剣を振りかざしながら迫る絵ってのは、かなり怖いものがある。
夢中でソルジャーにヒートを連射した。
もう魔力とか関係ない。
このなりふり構わない弾幕の前に、さすがのソルジャーも動きが止まった。
やがて顔面にヒートをくらったソルジャーが転倒したので、もう1匹に攻撃を集中する。
すると、今度は股間に弾が当たり、そいつがうずくまった。
うん、あれは男にしか分からない苦しみだよね。
この隙に俺は突進し、容赦なくソルジャーの頭にメイスを振り下ろした。
1発だけでは足りず、2発、3発と殴って、ようやく動かなくなる。
倒れてた奴にもとどめを刺すと、ホシカゲの方も始末が終わって、こっちに歩いてくるとこだった。
(こっちは片付いたのです~)
「俺も終わったよ……それにしても、想像以上にソルジャーはタフだな」
「そうですね~。今の主様では攻撃力が不足しているようです。今日はもう引き上げてはいかがですか~」
「うーん……そうだな、そうするか。けっこう疲れたし」
(お疲れ様です)
魔石を回収してみると、ソルジャーの物はやはり少し大きかった。
まあ、あれだけ強くて同じなはずないよね。
その後はのんびり入り口へ向かった。
もし敵がいても、ホシカゲが警告してくれるので安心だ。
たかがゴブリンといえど、物陰から奇襲されたら危ないからな。
無事に外へ出ると、入り口横の買取り所に魔石を提出する。
魔石は国が管理してるから、勝手に持ち帰ると罪に問われてしまう。
自分が使う分ぐらいは、申請すれば持ち帰れるらしいけどな。
魔石の買取り価格は、ゴブリンが2匹で銀貨1枚、ソルジャーは1匹で銀貨1枚だ。
今回はゴブリンを42匹と、ソルジャーを2匹倒したので合計で銀貨23枚になった。
まだ日も高いのにこの稼ぎとは、かなりの高効率だ。
狩場が近いのと、魔物の密度が高いからこそだな。
「けっこう儲かったな。やっぱり迷宮探索は割がいいみたいだ」
「そうですね~。ですが主様、ソルジャーに手こずっているようではまずいのではないですか~?」
「分かってるよ、それぐらい……でも、そう簡単に攻撃力なんて上がらないからな」
「そうでもありませんよ~。使い方次第で魔法はもっともっと強くなるのですよ~」
「へー、そうなの?……よし、また森に行って練習してみるか」
こうして俺は近くの森に分け入り、魔法の練習をすることにした。
ちなみにスザクはいつも俺の左肩に乗ってるので、俺達の会話は囁き声程度で周りには聞こえてないはずだ。
周りからは、ブツブツ独り言を呟く危ない奴に見えているのかもしれないが。
適当に人気の無い場所を見つけると、まずは座って瞑想をする。
迷宮探索でだいぶ魔力を消費したから、補充が必要なのだ。
それでも最初の頃に比べたら、ずいぶんと俺の魔力も増えている。
これも毎晩、瞑想をして魔力を増やしたおかげだが、最近はそれも頭打ちになってきた感じだ。
しかし肉体が強化されれば魔力量も伸びるらしいので、今後も精進を続けようと思う。
「さて、ヒートの威力を上げるには、どうすりゃいいのかな?」
「そうですね~。それには主様のヒートがどのような状態かを分析して、改良すればいいのではないですか~?」
「分析ねえ……それもそうか。まずヒートは、火属性を無属性の魔力に練り込んでるんだ。そしてそれが対象物に当たるとパチンって弾けるんだよな。前世にあったかんしゃく玉みたいな構造だな。この威力を上げるには……弾体を円すい状にして敵にぶっ刺して、体内で弾けるようにしたらどうだろう」
俺はその思い付きを実現しようと、試行錯誤してみた。
しかし、言うは易く行うは難し。
俺の無属性魔法はフニャフニャの軟体なもんだから、上手く形状が制御できやしない。
円すい形?
無理無理、そんな形状保てないって。
結局、弾を少し大きくするくらいしかできなかった。
「うーん、難しいなあ、やっぱ」
「キャハハハハハッ、主様はまだ魔法を使い始めたばかりのザコなのです。ザコはザコなりに努力するしかないのですよ~」
「相変わらずひどいよね、お前……本当に俺のこと、主だと思ってる?」
そんなやり取りをしながら、俺は町へ帰った。
それからしばらくは1層序盤で狩りを続けつつ、中盤にちょっかいを出していた。
ゴブリンといえど数を狩った効果は大きく、やがて強化度が2になった。
迷宮の外で何十匹ゴブリンを倒しても強化度はゼロだったのに、やはり迷宮は凄い。
ちなみにこの数字は強化度をパーセントで表すらしく、俺の能力が2%上がったことになる。
わずかとはいえ力が強くなり、魔力や敏捷性も上がったのなら良いことだ。
徐々にゴブリンソルジャーにも慣れてきたので、中盤の探索範囲を広げている。
しかし、敵が5匹以上出てくると倒しきれないので、その場合は逃げるしかない。
おかげでなかなか奥まで行けず、ストレスが溜まっていた。
そんなある日、俺は例の獅子人の男に再会した。
あの迷宮前で蹴飛ばされていた奴隷だが、再会というよりは町中で彼を見つけたというのが正しいだろう。
なぜかあの獅子人が、奴隷商の店先でさらし者にされていたのだ。
手枷、足枷を付けられた状態で店先に立ち、首から木の札を下げている。
その札にはこう書いてあった。
”獅子人の奴隷 金貨1枚。ただし衰弱の呪い付き”
奴隷が金貨1枚というのは破格の安さだが、衰弱の呪い付きではまず買われない。
力仕事には使えないので、何かよほどの才能でも無い限り、ただのごく潰しにしかならないからだ。
おそらく、先日彼をいじめていた冒険者も、あまりの使えなさに手放したのではなかろうか。
改めて見ると男は見事な肉体を持っており、衰弱の呪いがなければ、かなりの高値で売れそうだ。
あえて呪いを付けてるのは、やはり嫌がらせなのだろう。
もしそうなら、彼をとことん苦しめて破滅させようとする残酷な所業だ。
そんな彼を見ていたら、ふいに昔の俺の姿が重なった。
元の職場からも見捨てられ、死んだように仕事をこなしていた日々が脳内に甦る。
「なあ、スザク。呪いを外す手段とか無いのかな?」
「おやおや、主様。彼を買うつもりですか~? たしかに彼が使えるようになれば、戦力がアップして迷宮攻略が進むかもしれませんけどね~」
「うん、そうだろ? でも、それ以上に彼を生き返らせてやりたいんだ。なんだか昔の俺を見てるみたいで、辛くてさ」
「安易な同情はろくなことになりませんよ~。しかし、それでこそ主様というもの。その強い想いがあれば、彼を助けられるかもしれませんね~」
スザクの意外な言葉に、思わず振り向いた。
「できるのか? どうすればいい?」
「まずは彼を買いましょうか~」
俺はスザクに促され、奴隷商の店に入った。
すぐに年配の男が話しかけてくる。
「これはお客様、奴隷をお探しですか?」
「表の獅子人を買いたいんだけど」
そう言うと、男が俺を値踏みするように見てくる。
「衰弱の呪いについてはご存知で?」
「もちろん。金貨1枚なら使いようはあるだろ」
「そう言って買っていった方が何人かいるんですがねえ。いつも出戻るんですよ、食費の無駄だって言われて。買い戻す場合は元の10分の1の値になりますが、よろしいですか?」
「構わない。これで頼む」
俺が金貨を1枚出すと、奴隷商は淡々と手続きをしてくれた。
表から獅子人をつれてきて、その背中に刻まれた奴隷紋を上書きする。
上書きには、俺の血を混ぜた謎の顔料を使っていた。
「これで手続きは終了です。今度は何日持ちますかね?」
「さあ、どうなるかな?」
これでとうとう俺は奴隷を買った。
つい勢いで買ってしまったが、彼を生き返らせられるなら、そう悪くないと思いたい。