104.決着
鬼神シュテンは連合軍の命を生贄として、大量の魔物を使役していた。
人にしろ魔物にしろ、無意味な殺戮に手を貸すのはもう御免だ。
俺はこれ以上の犠牲を防ぐため、鬼神が憑依するカエデに決戦を挑むことにした。
「かっこつけて大将がノコノコ出てくるなんて、馬鹿じゃないかい。やっちまいな」
カエデが右手を振り下ろすと、周囲に隠れていた敵から攻撃が降り注いだ。
連合軍とは別の手下を、潜ませていたのだろう。
ある者は弓矢を、ある者は手裏剣を俺に放ってくる。
しかし俺はそれを木の陰に隠れてやり過ごしながら、言い返した。
「はっ、こっちだって1人じゃないさ。やれっ!」
すると敵に異変が生じた。
「グオッ、なんだこいつら」
「ウワッ、やられた」
「こ、この犬っころがぁ」
「グハッ、これしきで……」
周囲に展開していたホシカゲとヤミカゲ隊が、敵兵に襲いかかったのだ。
「ワオン(わが命は主様のために!)」
「グルオゥッ(主様の敵は全てぶっ殺す!)」
「アオーン(主様サイコーッ!)」
「キャイン(また踏んでください、ご主人様)、ハア、ハア」
また変なのが混じっているが、周りは彼らに任せておけばいい。
俺は改めてパンターの銃口を向けながら、カエデに降伏を促す。
「さて、これでまた1対1だ。降伏するなら、今のうちだぞ」
「ハンッ、生意気だねえ。これで勝ったつもりかい? だったらあたしの力、見せてやろうじゃないか」
カエデが後ろ腰に差していた双剣を、両手で抜き出した。
刀身は30センチくらいで反りのある片刃の剣が、怪しげな光を放つ。
俺は腰だめにパンターを構えながら、時計回りに動いた。
それを見たカエデは素早い動きで、5メートルくらいあった距離を一気に詰めてきた。
「散弾!」
奴に向け、石英製の散弾をぶっぱなす。
しかしカエデは目元だけ腕で保護しながら、そのまま突っ込んできた。
次の瞬間、凄い勢いで振られた双剣をギリギリでかわし、俺は左に飛んで転がる。
「散弾!」
すぐに体勢を立て直して発砲したが、カエデも位置を変えていた。
右に殺気を感じて前方に体を投げ出すと、俺のいた場所を奴の凶刃が薙ぎ払う。
俺はまた前方に転がりながら、振り向きざまにショットガンをぶっぱなした。
しかし奴はまたもや腕で防ぎながら、突っ込んでくる。
再び双剣が薙ぎ払われ、俺は紙一重でそれを避けた。
すかさず距離を取ったが、簡単には休ませてくれない。
すぐに追いすがってきた奴の凶刃を避け、負けじとショットガンをお見舞いする。
奴が斬ると、俺は避ける。
俺がぶっぱなすと、奴は顔だけ庇ってまた突っ込んでくる。
そんなギリギリの攻防をしばらく続けるうち、俺もカエデも傷だらけになっていた。
俺は腕や足を何ヶ所も薄く斬られ、カエデは無数の散弾を体に浴びている。
カエデの方がダメージはでかいと思うのだが、奴は平気な顔で戦い続けるときやがった。
その合間にも、奴は言葉を掛けてくる。
「ハッハーッ、見掛けによらず、やるじゃないか。もっとひ弱だと、思ってたよ」
「そいつは、どうも。散弾。それに引き換え、そっちは反則だなっ!」
「それを承知で、戦ってるん、だろっ?」
俺を切り刻むのがよほど楽しいのか、カエデが嗜虐的な笑みを浮かべている。
しかし、そんな攻防に飽きた彼女が、とうとう終わりを宣言した。
「ハアッ、ハアッ……よく頑張ったけど、これで終わりさっ!」
ふいに急加速したカエデが、かつてない鋭さで俺に迫った。
しかしそれを待っていた俺が、新たな呪文を唱える。
「塊弾!」
眼前に迫ったカエデの腹部に、直径20ミリの石塊をぶち込んでやった。
地球でいうところの、スラグ弾ってやつだ。
「グハッ」
「塊弾!」
どてっぱらにでかいのをもらって動きが止まったところに、もう1発ぶち込む。
さすがにこれでおしまいかと思ったが、まだ甘かった。
「グッ、甘いよっ!」
わずかに気を抜いた俺の隙を突き、カエデが下から薙ぎ払う。
かろうじてパンターを犠牲にしてその攻撃をしのいだが、銃を壊されたうえ、左腕もケガで使えなくなった。
「ハハハッ、今度こそ終わりだね。左腕が使えなきゃあ、おかしな魔法も使えないだろ?」
「グウッ、よ、よく知ってんじゃねーか。ストーカーだな、まるで」
「なんだい、それ? とにかく、あんたを殺れば、もっと多くの血が流れてあたしの力は強まるのさ。いっそ、ヒノモトの大地を滅ぼしちまおうかねえ、ケヒヒッ」
完全に勝負がついたと思ったのか、カエデが余裕の表情でお喋りを続ける。
しかし、俺は今にも倒れそうな体で、最後の反撃の機会を窺っていた。
「それじゃあ、先にあの世に行きな。仲間も送ってやるからさっ!」
カエデがとどめを刺そうと振りかぶった瞬間、俺は懐からある物を取り出した。
「塊弾!」
「グハッ……なんだ、と?……グ、グアァァァァーーッ」
右手に持った筒から撃ち出された弾丸が、カエデの心臓を貫いた。
これは以前、パンターの銃身を切り詰めた時に余ったミスリル筒で、あらかじめ鋼鉄弾を装填しておいたものだ。
「グフッ……ちっくしょう、油断したねえ……」
いかにシュテンの魔力で強化されていても、心臓がぶっ壊れてはお終いだ。
その場に崩れ落ちたカエデは、やがて塵のように消え去った。
その跡に、テニスボール大の黒い玉だけを残して。
(わふ、勝負ついたです? ご主人様)
「とうとうやりましたね~、主様」
それまで姿を隠していたホシカゲとスザクが、姿を現す。
「ああ、なんとか倒せたよ……ホロボロだけどな」
「本当に心配したんですよ~、主様。手出しせずに、戦いを見守れだなんて言われて~」
「心配させて悪かった。だけどこうでもしないと、またカエデに逃げられそうだったからな」
俺はカエデとの戦闘を始めるに当たって、仲間に手出しをしないよう言ってあった。
下手に攻めて劣勢に追い込むと、闇魔法を操るカエデにまた逃げられると思ったからだ。
そしてその狙いは図に当たり、こうして彼女を倒すことができた。
残された黒い玉を拾い上げ、しげしげとそれを眺めてみた。
別になんてことのない宝玉にしか見えない。
「これって、シュテンと関係あるの?」
「そうですよ~。その中にシュテンの魂が封じられていますね~」
「ふーん……これを壊せば、2度と復活できなくならない?」
「そうするとシュテンの魂が飛び散って、どこかでまた復活しますよ~。それよりはどこかに封印して、管理した方がいいでしょうね~」
「そっか。それならスワの海にできたアマテラスの社にでも、封印しよう……さて、後片付けだ。スザクは逃げ出した兵士たちに、降伏を促してもらえるかな? 砦の方には連絡入れとくから」
「了解で~す」
スザクが真の姿に変化し、東へ向かって飛んでいった。
これから彼女にはカイ国側に逃げ散った兵士を脅し、降伏を迫ってもらうのだ。
兵士は捕虜にして交渉に使うつもりだ。
砦の方も、すでに魔物が逃げだしている頃合いだろう。
いろいろとやることはあるが、とりあえず勝利を喜ぶとしよう。