102.激突
シュテンが憑依するカエデとやり合った翌日、連合軍が本格的に攻めてきた。
その軍勢にはゾンビのような兵士が加わっており、自らの犠牲を顧みずに押し寄せてくる。
おそらくそいつらは鬼神シュテンの影響下にあるのだろう。
「敵前衛、射程距離に入ります」
「射撃開始!」
弓隊の指揮官の号令で、クロスボウから矢が放たれる。
このクロスボウは最近開発したもので、速射性と量産性を考慮したものだ。
矢を装填するには、着脱可能な装填レバーで弦を引く構造になっている。
鉄部品と魔物素材をふんだんに使っているので、通常より耐久性も高い。
そんなクロスボウを3人の小隊に3挺支給し、2人が射手となってもう1人が装填手を務める。
わりと力のある者を装填手に充てているが、射手には女性も多い。
我が国はまだまだ人口が少ないので、女性も駆り出さざるを得ないのは心苦しいところだ。
しかし、弓兵は盾や砦の陰に隠れるなどして、わりと安全に戦うことができる。
今も砦の矢狭間から、バンバン矢を撃っているところだ。
その威力は凄まじく、けっこうな遠距離から敵兵が倒れていた。
元々士気が低いのに、それでも突っ込んでくる敵兵は立派と言っていいのかどうか?
「やっぱり力押しで来るみたいだね」
「そのようですね。しかし、いかに死兵を前面に押し立てても、砦に籠っているこちらが負けるとは思えません」
「だよなあ。やっぱりまだ何かあるな」
砦の櫓から見下ろしながら、ウンケイと話をする。
ちなみにこの砦は俺たちの土魔法を結集して造ったもので、普通なら何年も掛かりそうなほど大規模なものだ。
いかに急造とはいえ、ちょっとやそっとで落ちるような砦ではない。
そんな砦に力押しで攻め寄せる敵に、不気味なものを感じずにはいられなかった。
やがてそんな敵の動きについて、スザクから連絡が入った。
(どうやら敵は死兵を使うだけでなく、督戦隊で味方に突撃を強いているようですよ~、主様)
(督戦隊って、どんなやつ?)
(後方から味方に矢の狙いを付けていますね~。実際に逃げようとした者には矢を放ってますよ~)
その話をウンケイにすると、不思議そうに呟いた。
「督戦隊ですか。味方を駆り立てるという意味では有効ですが、元々士気は低いので大した戦力にはならないでしょう。味方を無意味に殺すことにしかならないと思いますが……」
その言葉を聞いてピンときた俺は、念話で闇精霊のゴクウを呼び出した。
(ゴクウ、ちょっと櫓に来てくれ。話がある)
(ええっ、こっちも忙しいんだけどな。ちょっとだけだぞ)
彼は魔法部隊を指揮するアヤメと一緒にいたので、前線に近いところにいた。
ちなみに国主夫人自らが前線に立つということで、アヤメの人気は高い。
戦が片付いたら、彼女を労ってやらないとな。
やがてゴクウが現れた。
「タツマ、なんの用事だ?」
「ああ、悪い。実は敵が督戦隊まで使って味方を殺そうとしてるんだが、何か心当たりはないか?」
「ああん? 味方を殺したって、いいことなんかあるわけ…………待てよ、闇魔法の奥義に、人の魂を食らって力を高める方法があるな。それこそ誰も使わない外法だけど、鬼神ならあり得るんじゃないか?」
「力を高めて何をするんだ? 大規模な攻撃魔法とか、あるのか?」
「いや、闇魔法はそういうのと違うから。たぶん、人とか魔物を操って、暴れさせるんじゃねえかな」
「魔物を、操る?……」
不吉な言葉を聞いた途端、スザクから念話が入った。
(主様~。山岳部から大型の魔物が集まってきてますよ~。まるでその砦を目指しているようですね~)
(ひょっとして、それがシュテンの狙いか。魔物って、どれぐらいいるんだ? スザク)
(森の中でよく見えないですけど、百は下らないと思いますよ~)
それを聞いた俺は、事態の深刻さに思い至った。
「今、スザクから連絡が入った。百以上の大型魔物が集まってるらしい。もし、それがシュテンに操られているのなら、ヤバいことになる。いや、たぶん味方の兵を無駄に死なせてるのは、魔物を操る力を溜めるためだったんだ」
「クッ、そういうことですか……大至急、前線部隊に通告しましょう。敵の軍隊に紛れて大型魔物が来襲する可能性があるので、異変が起こったらすぐに避難するように、と」
「うん、そうしよう。それと、非戦闘員は先に逃がした方がよくないかな?」
「本当に魔物が押し寄せるかどうかも分からないので、まずは準備だけしておきます。とりあえず、非戦闘員を地下に集めましょう」
「分かった」
俺の了承を得て、ウンケイが隊長クラスに念話を飛ばした。
さらに非戦闘員は避難に備えて、地下の一角に集められる。
そこにはゲンブの甲羅が置いてあり、後方の砦へ避難できるようになっているのだ。
ここで俺は重魔導銃ティーガーを持ち出し、櫓から狙撃する態勢に入った。
とりあえず督戦隊の隊長らしいのを狙撃して、連合軍の動きを鈍らせるのが目的だ。
しかし、督戦隊は後方に控えているので、普通なら絶対に狙撃できない距離があった。
しかし俺は新たに得たアマテラスの加護により、射撃魔法の強化を考えていた。
具体的に言うと、スザクの観測能力と、ビャッコの風魔法を利用するのだ。
まずスザクからもたらされた正確な敵兵の配置を元に、ティーガーをぶっぱなす。
そしてその弾道を強引にビャッコの風魔法で修正し、標的に当てる神業だ。
ぶっつけ本番だったがその試みは上手くいき、次々と督戦隊の隊長格を仕留めていく。
それが予想以上に上手くいって、バンバン撃ちまくっていたら、やがて地響きの音が聞こえてきた。
ドドドドドドッって感じの、腹に響くような振動だ。
「タツマ様、来ました。魔物の群れです」
ウンケイの声と同時に、森の中から大型魔物が姿を現した。
大型魔物と言っても大豚鬼、剣角鹿、剣牙虎などの獣系もいれば、剣刃甲虫、鋼針蜘蛛などの虫系まで様々だ。
さらには頭突竜や鎧竜などの竜系も混じっている。
そんな魔物たちが連合軍の兵を押しのけ、踏みしだきながら、砦に向かってくる。
まるで狂ったように進みながらもここを目指すのは、何かに操られているとしか思えない。
これが鬼神シュテンの力ってことか。
それならこっちも、四神の力で対抗だ。
「ビャッコ、セイリュウ、ゲンブは魔物を止めてくれ。”戦闘形態”解放」
俺はその場にいた3匹に手を当てると、彼らの力を引き出す呪文を唱えた。
「へっ、任せとけ」
「うむ、引き受けた」
アフリカ象並みに大きくなったビャッコが、嬉々として飛び出していく。
同時にセイリュウも巨大な龍形態になり、ふよふよと宙を飛んでいった。
そんな中、自力で飛べないゲンブだけが残っている。
「ホッホッホ、久しぶりに血が騒ぐわい。悪いが、魔物の方に投げてもらえますかな、主殿」
「ああ、頼んだぞ」
俺はまだチビガメ状態のゲンブを、全力で投げ飛ばしてやった。
すると、クルクルと回りながら飛んでいったゲンブが、ピカッと光りに包まれる。
そして次の瞬間、小山のような巨大ゲンブに変化し、地響きを上げて着地した。
「グゴオォォォォォーーーッ!」
「ゴウワァァァァァーーーッ!」
「グロロロロォォォーーーッ!」
ゲンブの雄叫びに応え、ビャッコとセイリュウも咆哮を上げる。
凄まじい豪吼が、ビリビリと空気を振るわせた。
魔物の接近と四神の登場によって、連合軍兵士の士気は完全に崩壊した。
武器や盾などを放り捨て、我先にと逃げ始める。
それを監視するはずの督戦隊ですら逃げているので、もう元には戻らない。
しかし、そんな兵士と入れ替わるように、魔物の群れが迫りつつあった。