101.戦の前の静けさ
辛くも鬼神シュテンを撃退し、鬼人族に占拠されていた行政府も取り戻すと、俺たちは急いで前線へ戻った。
「ジュウベエ、状況はどう?」
「タツマ様。行政府の方は片付いたのですか?」
ゲンブの通路でいきなり現れた俺たちを、竜人の将軍 ジュウベエが出迎えた。
「ああ、なんとか取り返したよ。大臣たちも無事だ」
「さすがですね。こちらの方は小競り合いだけで、大きな変化はありません」
「そうなんだ? シュテンに唆されているとはいえ、士気が低いのかな……」
「そのようですね。しかし、やはりシュテンが絡んでいたのですか?」
「うん、危うく殺されるとこだったけど、なんとか撃退したよ。だけどシュテン自体は逃げおおせたみたいだから、こっちに変化があるかもしれない」
そう言うと、その場に緊張が走った。
ジュウベエが不安そうに聞いてくる。
「鬼神はどのような手段に出るのでしょうか?」
「俺にも分からないよ。さっきも飛竜を操っていたから、別の魔物を繰り出してくるとか、また鬼人族みたいなのが騒ぎを起こすかもしれない」
「そうですね。連合軍の士気は低いですから、なんらか支援はしてくるでしょう。しかし敵の手札も無尽蔵ではありません。油断はせずに、着実に対処すればいいのです」
ウンケイが味方を元気づけるよう、言いきった。
たしかに見えない脅威に、怯えてばかりでもいけない。
「そうだね。今回反乱した鬼人族も、移住前に種は仕込まれてたみたいだ。まずはどんな事態にも対処できるよう、警戒を厳にしよう。ハンゾウはヤミカゲ隊も使って、警戒網を敷いてくれ」
「了解しました」
「うん、あとは交代で休養を取ること。悪いけど、俺も少し休ませてもらうよ。さすがに疲れた」
「お任せください」
それだけ言って指令室を出ると、アヤメとササミが付いてきた。
「タツマさん、私もご一緒します」
「私も寝ますぅ」
「ああ、一緒に寝るか? でも俺、一瞬で寝落ちする自信あるぜ」
「それでもいいです……ところでタツマさん、何か変わりました?」
さすが、女の勘は鋭いね。
アヤメの指摘にササミも同調する。
「あ~、言われてみれば、そんな感じぃ。なんか出掛ける前より迫力が増したっていうかぁ」
「うん、実は鬼神とやり合う中で死にかけてね。そしたらアマテラス様が、加護をくれたんだ」
「死にかけたって、タツマさん……大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫……心配かけてごめんな」
「も~、本当に気をつけてくださいよぅ」
それからすぐに3人で寝た。
あまりに疲れてて、エッチなことをする余裕は微塵もなかったと言っておこう。
早朝になって、アヤメに起こされた。
「タツマさん、もう朝ですよ」
「……ふあっ……ああ、朝か」
朝まで寝られたということは、敵に大きな動きはなかったのだろう。
急いで支度を整え、指令室へ向かう。
「おはよう、みんな。俺だけ寝ちまって悪かったな」
「いいえ、幸い敵の動きは弱まったので、我々も交代で休みました」
ジュウベエの言うとおり、司令部のメンツが何人か欠けている。
少しずつでも寝ているのだろう。
やがてアヤメとササミがオニギリとお茶を届けてくれたので、それを食いながら情報を確認する。
「とりあえず、敵部隊は全て引き上げているようです。しかし忍の報告では、敵陣営に動きがあるとのことでした」
「動きって?」
「陣城を出て陣形を組んでいるようです。後方の部隊も出てきているので、大規模な攻勢がありそうですね」
「大規模な攻勢? 士気がダダ落ちの中で無理押しって、何考えてんだろ?」
目線でウンケイに話を振ると、ほおばっていたオニギリをお茶で流し込んでから、話し始めた。
「ゴックン……タツマ様のおっしゃるとおり、普通なら考えられませんね。しかし、あえて攻撃するからには、士気を補う何かがあるのでしょう」
「ふむ、士気を補う何か、か……ちょっとハンゾウに確認してみるか」
ハンゾウは情報収集で外に出ていたので、念話で連絡してみた。
(こちら、タツマ。ハンゾウ、敵の動きに異常はないか?)
(…………こちら、ハンゾウ。前衛部隊の士気が異様に低いこと以外は、異常ありません。残念ながら敵の警戒が厳しく、中の状態は分かりませんが)
(タツマ、了解。ハンゾウは一度、こっちへ戻ってきて)
(ハンゾウ、了解)
念話を終え、その内容を皆に伝える。
「士気が異様に低いけど、おかしなところはないって。そのくせ警戒は厳しくて、中の状況は分からないらしいんだけど」
「それは妙ですね。何か隠し玉があるのかもしれない」
「そうなんだよね……スザク、悪いけど、様子見てきてくれない?」
敵の動きが気になったので、オニギリをぱくついてるスザクにお願いする。
「もきゅもきゅ……それは構いませんが、どんなことに注意すればいいのですか~?」
「うーん、例えばシュテンに操られた部隊とか、魔物の群れみたいなやつかな」
「しょうがないですね~。それじゃあ、アヤメさん、闇魔法を掛けてくださ~い」
「あっ、はい」
アヤメが認識阻害の魔法を掛けて見えにくくなったスザクが、窓から飛び立っていった。
心配しすぎかもしれないが、これを怠って兵を無駄に死なせたら、後で後悔する。
しばらくしてハンゾウが戻ってから、スザクから念話が入った。
(とりあえず魔物みたいなのはいないようですよ~、主様。ただし、死人みたいな部隊が見えますね~)
(死人みたいって、どんな?)
(お喋りもせずに、ぼーっとしてる人たちですよ~。1人や2人ならいざ知らず、数百人単位ですよ~)
スザクの説明で、ゾンビが頭に浮かんだ。
ゾンビみたいな兵隊たち?
ゾンビ部隊?
「それだっ! スザクからの連絡で、敵に死人みたいな部隊がいるらしい。おそらくシュテンに操られてる」
「しかし、シュテンに操られたからといって、どうにかなるものですか?」
ゾンビの恐ろしさが理解できないジュウベエが、疑問の声を上げる。
「まるで死人のようだということは、自我も奪われてるはずだ。例えば敵が多少のケガも恐れず、捨て身で掛かってきたとしたら?」
「そ、それは、とても恐ろしいですね。つまり、その捨て身の部隊に、我が陣を切り開かせようとしていると?」
「ああ、そんな奴らに攻められたら、こっちの被害も大きくなるし、士気も下がる。そんなのと正面から当たらないよう、指示を出してくれ」
「分かりました」
さて、敵の切り札はこれだけか?