100.行政府奪還
鬼神シュテンの不意打ちで死にかけた俺だったが、アマテラスの加護を受けて生き返った。
俺はシュテンにお返しをするため、スザクを強化して奴に突撃を敢行した。
すると向こうもやる気満々で、真っ向から向かってくる。
次の瞬間、飛竜とスザクが高速ですれ違いざま、互いに牙や爪を突き立てようとした。
ワイバーンてのは前足と翼膜が一体になった魔物で、翼竜ともいえる存在だ。
その体長は20メートルを超え、進化したスザクに大しても見劣りしていない。
おかげで互いに殺し合おうと揉み合ったにもかかわらず、致命傷を与えられなかった。
そこで俺は、スザクに加勢することにした。
「スザク、次に突っ込む時は、攻撃を考えなくていい。敵の攻撃を躱せるギリギリの位置を飛び抜けろ。あとは俺がやる」
「任せましたよ~、主様」
俺はスザクの首に跨ると、両足で締め付けて体を固定した。
そうしながら左手を前に突き出し、使役紋から疑似銃身を形成する。
ワイバーンとスザクの距離が再び近づき、すれ違おうとした瞬間、3連射を放った。
久しぶりに使う魔法だったが、以前とは全くの別物だ。
左手に形成した銃身がより強固な実体となり、疑似火薬の爆発力を余すことなく弾丸に伝えているからだ。
さらにニカ抜きでも3点バーストを実現し、3発の石英弾がワイバーンの頭部に命中した。
「ギョエエェェェェェーッ!」
至近距離から頭部を射抜かれたワイバーンが苦鳴を上げ、きりもみしながら落ちていった。
やがて水面に激突したそれは、しばしもがいた後に沈み始める。
しかし、シュテンの生死は不明だ。
普通なら確実に死んでいるだろうが、奴は人外の存在。
できれば徹底的に探して追い詰めたいところだったが、行政府の状況が気になる。
「行政府に向かってくれ、スザク」
「は~い、主様」
案の定、行政府前ではヨシツネたちが苦戦していた。
さすがに敵の数が多いのと、なるべく殺すなと指示したのが裏目に出ていた。
「スザク、あそこで降ろしてくれ。ビャッコはこっちに来い」
戦闘をヨシツネとその部下に任せ、ビャッコを呼び寄せた。
俺が地面に降り立ったところに、ビャッコが面倒臭そうに戻ってくる。
「なんだよ、タツマ。今忙しーんだよ」
「まあまあ、ちょっと力を分けてやるからさ」
俺はビャッコに触れると、新しい力を注ぎ込んだ。
すると彼の体がビクンと震え、眩い光に包まれる。
光の中から現れたのは、ひと回り大きくなった新生ビャッコだった。
その容姿はほとんど変わっていないが、心持ち神々しくなったようにも見える。
「ウオオーッ……何しやがった、タツマ。力がみなぎるぜ」
「俺の新しい力だ。以前より体のサイズを変えやすくなってるから、適当に調整してあいつら殴ってこい。なるべく殺すなよ」
「おっしゃーっ、なんかなるような気がしてきたぁ。グオォーーーッ」
ビャッコが大型犬サイズに変化すると、弾丸のようにすっ飛んでいった。
そして瞬く間に数人を殴り倒すと、残りをヨシツネたちが制圧する。
ようやく静かになった行政府前で、ヨシツネたちと対面する。
「ご苦労さん。こいつら死んだのか?」
「いえ、気絶させただけです。タツマ様の方こそ、大丈夫なのですか?」
「俺? まあ、なんとかね。細かいことは後で話すよ。ハンゾウはいる?」
「こちらに」
間髪入れず、ハンゾウが現れた。
「中の状況はどう?」
「残り20人ほどの鬼人が、人質を取って立てこもっています」
「そうか……まだシュテンのコントロール下にあるってことは、あいつも生きてるのかな。ハンゾウには奴が逃げたかどうか、分からなかった?」
「あいにくとこの暗さで、見極めがつきませんでした」
「まあ、仕方ないな。まずは行政府を解放しよう。ハンゾウは裏口を封鎖してくれ。スザクとビャッコは小さくなっといてくれる?」
すぐにハンゾウが消えると、スザクがインコへ、ビャッコがぶち猫に変化した。
「なんで小さくならなきゃいけねえんだよ?」
「その方が敵が油断しやすいだろ。前より強くなってるから、それでもいけるって。敵に忍び寄って、気を逸らせて欲しい。スザクはいつもの位置でね。今回は人質の命が最優先だから、手加減なしでいいよ」
「油断させるなら、体の色も変えとくか」
「了解でーす。やっぱりここが、一番落ち着きますね~」
ぶつくさ言いながら、ビャッコが体色を黒に変え、行政府の中に消えていった。
俺はスザクを肩に乗せ、ヨシツネたちと共にビャッコを追う。
鬼人族は1階の奥に人質を集め、取り囲んでいた。
人質は10人ほどと、意外に少ない。
あまりたくさん人質にしても監視しきれないので、人数を絞ったのか?
俺たちが堂々と入っていくと、鬼人の1人が剣を掲げながら、声を上げた。
「そこで止まれっ! さもなければ、人質の命はないぞ?」
そいつは手近のエルフを立たせると、首筋に剣を当てた。
おいおい、その人は財務大臣なんだから、ケガさせてくれるなよ。
他の人質も大臣か次官級の、貴重な人材ばかりだ。
俺はそこで立ち止まり、両手を上げて交渉を開始する。
「分かった。しかしお前ら、これからどうするつもりだ? シュテンは俺が倒したぞ」
「う、う、う、嘘をつけ! 俺たちはシュテン様の加護をもらってるんだ。あのお方はまだ生きているぜ、ウヘヘヘヘッ」
そいつも目を血走らせながら、恍惚とした表情を浮かべている。
鬼神に操られるってのは、そんなにいいもんかね。
それにしてもシュテンの奴、やっぱり生きてやがったか。
これはまだまだ気を許せないぞ。
「そうか。それでお前らの望みはなんだ?」
「お、お、お、俺たちはここを占拠するのが役目だ。人質の命が惜しけりゃ、下がってな! ヒヒヒヒヒッ」
「あうっ」
鬼人の剣が、うっすらと財務長官の首に傷を付けた。
まさに一触即発の状況だ。
しかしケリをつけるには、ちょっと遠い。
「待て! 人質を傷付けるな……なんだったら、俺が代わりになってもいい」
俺は両手を上げたまま、ゆっくりと前進した。
「ふ、ふざけるな。それ以上、近づくんじゃねえ。おめえが怪しげな力を使うのは、し、知ってんだぞ。止まれ、止まれぇっ!」
「おいおい、俺は丸腰だぞ。なんなら身体検査をしてもいい」
さも無害なふりをしながら、ジリジリと距離を詰める。
なんとか鬼人をなだめ、連中の7メートルほど手前まで迫った。
(これぐらいならいいか。ビャッコが鳴き声で注意を引いたら、俺とスザクが人質に刃物を突きつけてるのを始末する。ヨシツネとビャッコは、残りを殲滅してくれ)
((了解))
次の瞬間、右手の方から”ニャーン”という声が上がり、鬼人の注意が一瞬逸れた。
「な、なんだ、グハッ」
「グアッ!」
その隙に財務大臣を人質に取っている奴に、石英弾をぶち込んだ。
アマテラスの加護をもらって強化された射撃魔法が、いとも簡単に鬼人の頭部を粉砕する。
返り血を浴びた財務大臣が失禁してるが、非常事態なので勘弁してもらおう。
同時にスザクからも炎弾が放たれ、人質に刃を突きつけていた奴の頭部が燃え上がった。
そして人質の安全を確保するや否や、今度はビャッコとヨシツネが動いた。
ビャッコは普通のトラぐらいの大きさになって鬼人を殴り倒し、ヨシツネは剣を抜いて突っ込んだ。
敵の鬼人が、バッサバッサと斬り捨てられていく。
中には再び人質を取ろうとした奴もいたが、そいつは射撃魔法で排除した。
終わってみれば、ほんの30秒足らずでの暴徒鎮圧だ。
「ケガはない? セッシュウさん」
「は、はひっ、なんとか」
セッシュウってのは財務大臣の名前だ。
ちょっとひどい目に遭わせてしまったが、命は助かったのだから、今後もしっかり働いてくれるだろう。
その他の人質も小さな傷はあったが、命に別状はなかった。
鬼人の状態を確認したヨシツネから、報告が入る。
「20人中、生存者は2名だけです。あまり手加減はできませんでしたので」
「それは仕方ないね。なるべく犠牲者を出さないよう、努力したことだけは認めてもらおう。それよりも、前線に戻らないと」
「はい、いよいよ決着ですね」