99.真龍王 タツマ
「アハハハハッ、ざまあないね、国主さんよ!」
俺を捕らえた飛竜の方から、女の声が聞こえてきた。
「グハッ……お、お前はカエデか?……グウウッ」
「そうさ、あんたに故郷を追われた女さ。あの時はよくも邪魔してくれたねえ」
「グアアッ!」
「主様っ!」
カエデに指示されたのか、ワイバーンの爪が俺の肩をさらにえぐる。
追いついてきたスザクが、それを見て悲痛な声を上げた。
しかし俺の命を握られていて、彼女も手が出せない。
少しでも隙を作ろうと、無理矢理カエデに話しかけてみた。
「グウッ……こんなことして、どうすんだ? カエデ、いや、シュテンよ」
「ああん? 決まってるじゃないか。いっぱい人を殺すのさ」
「俺を殺したぐらいで、この国は負けたりしないぞ」
「そいつはどうかねえ。四神の力を借りて作ったような国が、その主が死んでも続くとは、思えないけどねぇ」
「ぐっ」
おそらくそのとおりだろう。
だから俺は、なんとしても生き残らねばならない。
しかし、どうにも打開策が見いだせなかった。
「主様を離しなさ~い、シュテン。さもないと殺しますよ~」
「ははんっ、やれるもんなら、やってみな」
「グアッ」
カエデの嘲笑と同時にまたワイバーンの足が動き、俺の体がゴキッと鳴った。
激痛と共に、その一撃は致命傷であろう感覚を、俺は得た。
そして俺は、空中に放り出される。
「主様~!」
「おっと、邪魔はさせないよ」
かすむ視界の中で、必死に俺を取り戻そうとするスザクを、カエデが邪魔していた。
そして俺はそのまま落下し続けていた。
やべえ、これ。
マジで死ぬぞ。
数秒間落下した直後、バシャーンというショックが押し寄せた。
体が水に包まれるのを感じ、自身がスワの海に落ちたのを悟る。
しかし俺の体は瀕死状態で、指一本動かせなかった。
せっかく異世界で生を得たというのに、結局俺はまた死んじまうのだろうか?
そんなことを考えている間にも、体はどんどん沈んでいき、何も感じられなくなった。
ああ、やっぱり死んじまうのか。
情けねえなあ。
まだまだやること、いっぱいあるのに。
仲間も増えて、これからだってのに。
だっせーな、俺。
そんな愚痴めいた思考がよぎる俺の頭の中に、誰かの声が響いた。
(もう、諦めてしまうのかい?)
次の瞬間、俺は白い空間にあった。
水も何もない床の上に寝転がっている形だ。
俺は訳も分からず、上体を起こした。
「どこだ、ここ?…………ケガも、治ってる?」
ついさっきワイバーンにやられた肩周りが、なんともなくなっていた。
ふいに目の前に光の球体が現れ、話しかけてきた。
「やあ、タツマ君。もう大丈夫かい?」
「だ、誰だよ、あんた?」
即座に問い返すと、光球から笑いの気配が伝わってきた。
それはチカチカ瞬きながら、また言葉を発する。
「私かい? 私はこの世界では、アマテラスと呼ばれる存在さ。いわゆる神、かな」
「神、ってことは俺をここに送り込んだ張本人、だよな?」
「うん、そう。私が君を送り込んだんだ。ちょっとこの世界を、変えてやりたくてね」
「やっぱりそうなのか……でもなんで、俺だったんだ? 地球で死んでる奴なんて、いくらでもいるだろうに」
この世界に転生したことを恨みに思ってはいないが、俺みたいな平凡な奴を選んだ理由が分からない。
そこには何か、悪意みたいなものがあるんじゃないだろうか?
「アハハハ、やっぱ気になる? まあ、簡単に言うと、君の名前のせいだよ」
「俺の名前のせい? タツマなんて名前、そんなに珍しくないんだろ?」
「いや、漢字の名前に意味があったんだよ」
「宮本龍真ってのに、どんな意味が?」
「苗字はあまり関係ないね。龍真を逆にすると真の龍になるだろ? 真の龍ってのは黄龍、つまり四神の主を示すのさ」
「……言われてみればそうだけど、こじつけっぽくない?」
「いやいや、けっこう大事なんだよ、そういうの。よく言霊って言うだろ? 龍真として長く生きた君の魂は、黄龍の力を受け入れるにふさわしかったんだ。一見、平凡に見えてもね」
なんとまあ、とんでもない話になりやがった。
しかし、現実に俺は四神を従えてるわけだから、それほど的外れでもないんだろうか。
いや、今はそんな場合じゃなかったな。
「まあ、それは分かった。それじゃあ、今までそれを教えてくれなかったのはなぜだ? なぜ今頃、出てきたんだ?」
「そりゃあ、最初っから君は最強の黄龍だよ、なんて言ったらうぬぼれるでしょ? 結局、努力しないと、力なんて身に着かないからね。そして絶体絶命の危機に陥った今の状態が、仕上げだったんだ。君はよく頑張ったと思うよ。そしてこの危機を乗り越えて、さらに強くなる。なりたいよね?」
「もちろん。ここまでやったんだ。少なくとも国を安定させるまではやるよ」
「それでこそ、私の選んだ魂だ。安心したよ。今もスザクが戦っているから、助けてあげて。四神を、そしてヒノモトの民を、よろしく頼むよ……」
アマテラスの声が遠ざかっていくと同時に、俺のいる部屋が動き始めた。
ゴゴゴゴゴッという振動と共に、エレベーターのように上がっていく感覚を得る。
しばし続いた上昇感の後、それが治まると目の前の扉が外に開いた。
同時に水の音と臭いが漂ってくる。
急いで部屋から飛び出ると、そこはスワの海の真ん中だった。
今まで島ひとつ無かったスワの海に、新たな小島が誕生していたのだ。
後ろを振り返ると、そこには社のような建物がある。
「ギュワオォォォォォーーッ!」
「ケエェェェェェェーーンッ!」
そしてその上空では、ワイバーンとスザクが争っていた。
スザクが必死で湖面に下りようとするのを、ワイバーンが邪魔しようとしている。
おかげで彼女の美しい羽はボロボロだ。
俺はそんな彼女を見て、力いっぱい叫んだ。
「スザクっ!」
それまで消え入りそうだったスザクの生命の炎が、俺の声に反応して急激に蘇った。
力強くはばたいた彼女が上を取ると、急降下でワイバーンに一撃を加える。
そこで怯んだワイバーンの隙をかいくぐり、彼女が俺の下に飛び込んできた。
「主様~!」
「スザク、ここだ。ここへ来い!」
俺の体にぶつからんばかりの勢いで飛び込んできた彼女の首に、両手でしがみつく。
そして彼女の首のひと振りで、俺は彼女の背中に収まった。
「よく耐えてくれたな、スザク。これからが本番だ」
「主様~、無事だったんですね~?」
「ああ、詳しくは後で話す。まずはパワーアップだ」
そう言いながら俺は、左手の使役紋をスザクに押し当てた。
そして、さっきから俺の中に荒れ狂っている力を流し込む。
一瞬だけ彼女の体が震えると、凄まじい咆哮が轟いた。
「ケエェェェェェェーーンッ!」
それと同時に彼女の体が光りに包まれ、一瞬で姿が変わる。
その体格は5割ほど大きくなり、羽毛は紅蓮に輝いている。
おそらく高熱に包まれているであろうその体も、彼女と一心同体の俺には熱く感じられない。
ここからが、新生スザクの反撃だ。
「行くぞっ、スザク」
「はい、主様~」