98.鬼人族の反乱
カイ、ミカワ、スルガ、トオトウミの4ヶ国連合軍が、我が国に侵攻してきた。
とりあえず初戦を制して敵の戦力を削ったものの、その後は敵が陣城の中に閉じこもって膠着状態に陥った。
「今日も敵は出てこないな」
「そうですね。いろいろ誘いは掛けているのですが」
初戦から2日目、敵は守りを固くするばかりで、討って出ようとしない。
敵の陣地にはそれなりに堀やら柵などが作られているので、こちらもうかつに攻められない。
「しかし、この状態で引きこもってどうするつもりなのかな~? 増援が来る様子はないから、兵站が苦しくなるだけだと思うんだけど」
「少しでも兵を休ませて、反撃の機会を狙っているのではありませんかね? 最近は撹乱工作も通じないようですし」
ハンゾウたちは嫌がらせを続けているものの、敵も慣れて効果が上がらなくなっている。
ウンケイが指摘するとおり、敵は力を溜めている可能性はある。
「でもこんな敵地に留まり続けて、士気が上がるとも思えないよね。何か状況の変化を待ってるんじゃないかな?」
「状況の変化と言うと?」
「分からないよ。何か予想外の戦力を投入するとか、後方を攪乱するとか、そんなとこでしょ」
「うーん……これでは手詰まりですね」
そうなのだ。
こっちだって忍者部隊をフル回転させて情報を集めてるのに、敵の出方が分からない。
これがただの人族の侵攻ならそれほど気にする必要もないが、敵の裏には鬼神シュテンが隠れている可能性が高い。
その存在が、俺たちの疑心をかき立てるのだ。
その懸念は、その日の晩に実現してしまった。
夕食を終えて休息していたところに、ゲンブから凶報がもたらされる。
「主殿。行政府で何か異変が起きたようですじゃ。鬼人族が行政府を占拠したとかなんとか」
「なんだってぇ? 誰からの連絡?」
「イットウサイからの連絡じゃったが、途中で切れてしまいましたじゃ」
「ちっくしょう……ヨシツネ、鬼人族のリーダーを呼んでくれ」
「は、はい。ただちに」
部隊を掌握しているヨシツネが、鬼人族のリーダーを呼びに走った。
やがて1人の鬼人を連れて戻る。
「タツマ様。こちらが鬼人族を指揮するエンガク殿です」
「エンガクさん、行政府が鬼人族に襲われたって話なんだけど、何か知ってる?」
その場で問い詰めると、事の重大さに気づいたエンガクが、大慌てで弁解を始める。
「と、とんでもございません。この非常時にそのようなこと、するわけがありません。何かの間違いです」
「いや、防衛大臣からの通報なんだ。途中で切れちゃったけど、鬼人族なのは間違いないみたい」
「そ、そんなはずは…………我ら鬼人族で戦える者は全て……アッ」
何かに気づいたらしいエンガクが、真っ青になって頭をかきむしった。
「何か気づいたみたいだね。ひょっとして今回の軍役を拒否した奴がいる?」
「ヒッ!……わ、私は無関係です。しかし、たしかにランドウ他、数十名の同胞が参戦を拒否しました」
その言葉に、思わず舌打ちが漏れた。
あんなに血の気の多い奴らが戦場に来てないなんて、どう見ても不自然だ。
しかしまさか、自国の防衛をすっぽかすとは思ってなかったので、チェックが甘かったようだ。
しばらくエンガクに事情を聞いたウンケイが、状況をまとめる。
「つまり、ランドウ他30人ほどの戦士が、鬼人の村に残った。そして敵に呼応するように行政府を占拠した、ということのようですね」
「しかし、いくらなんでもランドウたちが、単独でそんなこと考えるはずがない。十中八九、シュテンが絡んでいるな」
「間違いないでしょうね。鬼神は闇魔法を使うと聞きますから、心を操られているかもしれない」
「くそっ、やられたな」
そんな話をしているところへ、伝令が駆け込んできた。
「報告です。敵の陣営に動きがありました。夜襲の可能性が高いとのことです」
その報告に、しばしウンケイと見つめ合ってしまった。
「やっぱ、こうなるかぁ。はぁっ……仕方ない。行政府の方は俺が行くよ。こっちはジュウベエとウンケイで指揮を執ってくれ。ヨシツネは俺に付き合ってもらう」
「「了解です」」
俺はヨシツネとその部下3人を連れ、ゲンブの通路で自宅へ移動した。
久しぶりに魔導銃パンターも引っ張り出してきた。
さらにハンゾウの闇魔法で姿を隠蔽し、行政府へ忍び寄る。
すると行政府の入り口付近には、武装した鬼人が5人ほどうろついていた。
おそらく他の出入り口にも見張りが付いているだろう。
「さて、どうやって中に入ろうか?」
「中の人質の安全を考えると、うかつなことはできませんね」
そんな話をしていたら、ふいに行政府の中で動きがあった。
すぐに10人ほどの人間が、ドヤドヤと外へ出てくる。
その中にはランドウと、防衛大臣のイットウサイの姿も見えた。
縛り上げたイットウサイを前に出しながら、ランドウが大声を上げる。
「おい、国主さんよ? そこにいるんだろ? 分かってるんだぜ!」
どういうわけか、俺たちの接近は察知されていたらしい。
何か未知の察知手段を持っているようだが、今はそれを考えても仕方ない。
ちょうど行き詰ってたので、おとなしく姿を見せることにした。
「よく分かったな、ランドウ……ところで、なんで反乱なんか起こしてんだよ? お前らだって人族の下では生きていけないだろうに」
「ヒヒヒヒッ、俺たちは選ばれた存在だからな。なんとでもなるのさ」
「選ばれたって、シュテンにか?」
「そうだ、察しがいいじゃねーか。そのわりには背後がおろそかだったがなぁ」
ランドウが目を血走らせ、夢見心地のような表情で喋っている。
まるで麻薬患者みたいだ。
これなら、もっと情報を引き出せるか。
「いつからシュテンに与してた?」
「この国に移る前からさ。ある日、カエデ様が村を訪れられてな、俺たちに策を授けてくれたんだ。おめーらを後ろから襲えってな」
ちっ、やっぱり移住前に仕込まれてたか。
怪しいとは思ってたんだが、理由もなく奴らの移住を拒否できなかった。
シュテンに与しているのは極一部だけらしいのが、せめてもの救いだろうか。
「……それで、行政府を占拠してどうしようってんだ? 何が要求だ?」
「俺たちの要求は、てめえらの全滅よ。みーんな滅びるんだ、シュテン様のためになぁ。ヒヒヒヒヒッ」
「そんな要求、聞けるかっ!」
その瞬間、闇に潜んでいたビャッコが、ランドウに飛び掛かった。
風をまとった神獣が10メートルほどの距離を一瞬で詰め、ランドウを張り倒す。
「グハッ」
「ヒイイッ」
「ま、待てっ!」
自由になったイットウサイを、別の鬼人が捕らえようとする。
すかさずパンターをぶっぱなすとそいつが倒れ、残りもビャッコと乱戦になった。
そして逃げてきたイットウサイをハンゾウが保護し、これでひと段落と思ったその瞬間――
「ギュワオォォォォォーーッ!」
「ぐおっ!」
いきなり上空の暗闇から飛竜が現れ、俺の肩に両足の爪を突き立てた。
そいつはすぐに舞い上がり、俺は上空に拉致されてしまう。
しかも俺は、肩の傷の激痛で身動きがならなかった。
「主様~!」
すぐにスザクが真の姿に変化して、俺を追ってきた。
スワの海の上空で滞空するワイバーンと彼女が対峙すると、女の声が聞こえてきた。
「アハハハハッ、ざまあないね、国主さんよ!」