97.連合軍の侵攻
オワリ国主ノブナガとの会談により、我が国は友好条約を結ぶことができた。
オワリは面積こそ大したことないが、人口は多く、商業の盛んな経済大国だ。
そんな国と条約を交わしたことにより、シナノ国はある程度の知名度を得た。
さらにオワリを通すことで、俺たちはカイ、ミカワ、スルガに抗議文を送りつけることにも成功している。
もちろん奴らはガン無視だが、俺はその噂をばらまいてやった。
”かの3国はできたばかりの弱小国を蹂躙しようとしている”とか、”正式に送った抗議文を破り捨てる野蛮な国だ”といった具合にだ。
もちろん、この弱肉強食の世界でそんなこと言っても、負けたら終わりだ。
しかし、逆にねじ伏せてやったら、どうだろうか?
大義名分もないのに攻め入って、勝手に負けた奴がいれば、それは相当まぬけに見えるはずだ。
俺はそんな状態を作り出すべく、今日も仲間たちと頭を捻っていた。
「敵が我が国の国境に到達しました」
「いよいよ来たか。だけど野戦をするには、まだまだ険しい山林地帯を抜けなきゃならない。歓迎の状況はどう?」
敵は魔境外縁部に侵攻路を築きながら、とうとうカイとシナノの国境付近まで進出したらしい。
しかし、そこから先も鬱蒼とした山林地帯が続き、本格的な野戦なんかできる状況じゃない。
俺たちはそんな状況下で、ゲリラ戦による嫌がらせを敵に仕掛け続けていた。
「はい、当初は有効だった岩落としや崖崩れも、敵が慣れてきて成果が減っています。ケガ人も光輪教の従軍僧が治してしまうので、思ったほどは兵を減らせていないようですね」
「でも士気の方はどうだろう?」
俺がそう問うと、ハンゾウがニヤリと笑いながら答える。
「もちろん士気は低下しています。侵攻路上には略奪する集落もありませんし、過酷な土木作業で疲労も蓄積していることでしょう」
「うんうん、そうだよね。しかし、それでも全く諦める様子がないのは、なんでかねえ?」
「これだけの人員と資源を投入したからには、成果を挙げるまで引き下がれないのでしょう。兵には、”魔境を越えた先には、肥沃な大地と亜人奴隷が待っている”と言って、士気を鼓舞しているようです」
「まあ、それは事実だからなぁ」
我が国のチクマ平野とイナ平野を開拓するだけでも、軽く100万人以上の人口が養えるだろう。
しかも戦争に勝てば、亜人の先住民なぞ奴隷にし放題だ。
そりゃあ、多少の無理をしたくなるのも、分からないではない。
しかし戦争は相手があってのものであり、俺たちは負けるつもりなど毛頭ない。
「軍の編制状況は?」
「はい、だいぶ練成が進みまして、精鋭兵が1万、2戦級も2万を超えそうです。それに加えてエルフの弓騎兵団が500、魔法師団が千、魔物による遊撃部隊が千、といったところでしょうか」
「だいぶ増えたね。何かあった?」
「それはもう。先日のタツマ様の演説で、志願兵が押し寄せています。生産力を犠牲にして訓練をしているので、思ったよりもだいぶ早く仕上がってきました」
今回の侵攻が判明してから、すぐに総動員体制を掛けたのだが、その席で少々演説をぶちかました。
”俺たちの自由を勝ち取るため、死力を尽くせ、国民よ” みたいなこと言ったら、国中が大興奮に陥ったのだ。
迷宮探索は完全に打ち切られ、家や道路の建設も一時中止。
農業や漁業、採取活動も控えめにして、余った人員を軍事訓練にぶっこんだ。
おかげでそれを切り盛りする防衛省が過労状態に陥ったが、練成は順調らしい。
積極的に戦える精鋭は1万しかいないが、防衛戦なら弱兵でもなんとかなるだろう。
元々、人族の軍隊だけなら、そんなに心配してないのだ。
しかし、鬼神シュテンがどうやってここに絡んでくるのか?
いずれにしろ油断はできない。
それから約2週間で、とうとう連合軍が魔境の山林を抜け、俺たちの活動領域に侵入してきた。
その侵攻路を扼する形で建てられた砦で、俺たちはそれを迎え撃つ。
さすがに敵もこれを無視するわけにはいかず、少し離れた小高い丘に陣城を築きやがった。
てっきり全軍で向かってくると思ったのに、意外に慎重だ。
「意外に敵が慎重なんだけど、どうしたんだろ?」
するとハンゾウが、嬉しそうに理由を教えてくれた。
「はい、ここまでの経路でもさんざん嫌がらせをしてやったので、疲労と不満が蓄積しているようです。少し守りを固めて、兵士の英気を養うつもりでしょう」
それを聞いた俺も、ニヤニヤしながら返す。
「なるほど。それなら次にやることも決まってくるよね?」
「もちろんです。敵を休ませないための夜襲と、例のアレも仕込みます」
「ああ、アレね。悪いことを考えるやつもいたもんだ」
「クククッ……それを教えてくれたのは、タツマ様ではありませんか」
「まあ、ただの前世知識だけどね。やられる方は堪らないと思うけど」
その日の深夜、敵の陣営に混乱がまき散らされた。
密かに忍び込んだハンゾウの部下が、天幕に火を放ったり、花火を打ち上げたりしたのだ。
それによる戦果自体は少ないものの、ゆっくり休めると考えていた敵兵士は、ほとんど眠れなかった。
しかし、嫌がらせはそれだけで終わらない。
翌朝、日が昇ると我が軍の精鋭部隊が砦の外に出て、野戦の構えを見せた。
当然、敵も応戦の構えを取るのだが、その動きが鈍い。
ただ眠れなかっただけでは、済まされないほどに。
「クククッ、やりました、タツマ様。敵の1割ほどに下剤を仕込むことができました」
「アハハッ、ご苦労さん」
そう、ハンゾウの部下は昨晩、破壊工作で混乱する敵陣の食料に、下剤を混ぜて歩いたのだ。
使ったのはヒマシ油ってやつで、トウゴマの種子を絞って作るものだ。
昔から下剤として有名だが、今回も見事に効力を発揮していた。
1割程度の兵とはいえ、くせえわ、情けないわで、士気はさらに下がっていることだろう。
そんな敵に、俺たちは容赦なく攻撃を掛けた。
(こちらタツマ。右翼弓騎兵、攻撃開始)
(ヒデサト、了解。攻撃を開始する)
俺の念話で指示を受けた弓騎兵が、右翼から攻撃を開始した。
ほんの500人ほどだが、森の中に潜んでいたエルフ兵が、次々と矢を放つ。
予想外の方向から攻撃を受けた敵が、わずかに動揺する。
その隙に大きな盾を持った前衛部隊が前進し、にわか陣地を構築した。
そこに追い付いた弩部隊が、盾の隙間から攻撃を開始する。
この弩、つまりクロスボウは今回開発した新型で、射程距離を少し犠牲にして矢の装填性を向上している。
そして射手2人に1人の装填手が付き、矢を素早く装填する仕組みにした。
弦を引くには着脱式のレバーを使うので装填はわりと楽で、クロスボウの構造もシンプルだ。
このクロスボウ部隊が放つ矢の雨は、馬鹿にできない。
部隊長には俺が念話で指示を出しているので、他部隊との連携もばっちりだ。
(こちらタツマ。クロス1は敵左翼中盤の弓兵を潰せ。この辺だ)
(クロス1、了解)
しかもこの指示には、上空からの俯瞰映像まで付いている。
それは上空で偵察するスザクからもたらされたものだ。
この的確な指示で敵の弓兵を潰すと、敵は騎兵か歩兵を出さざるを得なくなる。
しかしそれは無謀な突撃だ。
怖いのは騎兵の突撃だが、それは動きだした時点で察知できる。
すぐにクロスボウ部隊を差し向ければ、よほど運が悪くない限り頓挫させられる。
かくしてほとんど歩兵だけになった敵軍に、獣人戦士の精鋭部隊が襲いかかる。
頑強な肉体に集団戦術まで身に着けた彼らは、人族の軍隊にとっては悪夢でしかない。
あっという間に敵の先鋒は蹴散らされ、敗走した。
その後、敵が陣城にこもって守りに入ると、戦線は膠着した。
ここは無理攻めせずに、こちらも態勢を整える。
いかに初戦を制したとはいえ、敵にはまだ5万以上の兵力があるのだ。
しかし、とりあえず敵の出鼻をくじくのには成功した。
あとは鬼神がどう出てくるのか、それが問題だ。