96.外交交渉
防衛会議の2日後、俺はノブナガと会談することができた。
指定の時間にオワリの国主邸に赴くと、客室に招き入れられる。
ちなみにスザクも肩に乗せて連れてきている。
国主相手に無礼と取られかねないが、最初の謁見時に許可をもらった。
しばらく待っていると、ノブナガが入ってきた。
「これはタツマ殿、久しぶりだな」
「お久しぶりです、ノブナガ様。本日はお時間を取っていただき、感謝致します」
「なに、俺と貴殿の仲だ。そうかしこまるな……それで、どういったお話かな?」
ノブナガは椅子に座ると、勝手に煙草を吸い始めた。
こうしてくだけた態度で接してくれるのは、俺も信用されつつあるってことなのだろう。
「はい。今日は国同士の外交について、相談に参りました」
それを聞いたノブナガは片眉を上げたが、それほど動揺は見せなかった。
おそらくある程度、予想済みだったってことだろう。
「国同士、ということは、タツマ殿は外交官であったか。どちらの国であるかな?」
「はい、シナノ国と申します」
「はて、そのような国の名前、初めて聞くな…………たしかシナノといえば、大魔境の呼び名であったと思うが」
「お察しのとおり、大魔境の中にある国です」
それを聞いたノブナガの雰囲気が変わった。
表面的には笑っているが、物騒な気配が漂い始める。
「ほほう……外縁部ならいざ知らず、魔境の中で人が暮らしていけるとは知らなんだな。参考までに、どのようにして魔物の襲撃を防いでいるのか、聞かせてもらえぬか?」
「申し訳ありませんが、それは機密事項です。今はまだお答えできません」
「今はまだ、か……ということは、いずれは可能性があるのだな?」
「互いに信頼関係が結べれば、可能と存じます」
それを聞いたノブナガが、面白そうにニヤリと笑う。
2,3口煙草をふかし、再び口を開く。
「ふむ、実に興味深いな。して、信頼関係を結ぶには、どうすればよいのだ?」
「はい、可能であれば貴国との間に友好条約、もしくは通商条約を結べたらと考えております」
「友好条約か……まだ海のものとも山のものとも分からぬ国と結ぶのは、難しいだろうな。仮に友好条約を結んだとして、我が国にどんなメリットがある?」
「そうですね……魔境産の魔物素材や、優秀な武器防具を提供できます。もちろん対価はいただきますが、友好価格でお譲りしましょう」
「ほほう、そこには以前、献上してきた業物も含まれるのか?」
「ええ、もちろんです」
俺があっさり答えると、またノブナガの片眉が上がった。
前に献上したダンケイの剣には、ずいぶん喜んでいたからな。
またしばらく煙草を吸っていたノブナガが、ポツリと呟く。
「やはりクニトモ村を抱え込んでおったか。オウミの名匠が村ごと消え、まさか魔境に行っていたとはな。一体、どうやったのだ?」
「それはご想像にお任せします」
「まだ信用できんか。しかし、あまりに情報を出し渋られると、こちらも信用できんなあ」
「そうは仰られても、軍事機密ですから」
ちょっといらついたふりをするノブナガを、俺は軽く受け流す。
なんてったって、これは外交交渉だ。
「え~い、もうよい。ところで、シナノ国の国主は、どなたかな?」
「私です」
「……は?」
「だから私です。私がシナノ国主 タツマ・ミヤモトです」
一応、貴族らしく姓も付けてやったぜ。
ただの前世からの流用だけどな~。
それを聞いたノブナガが、しばし言葉を失う。
俺が他国の手の者だとは予想していても、さすがに国主だとは思ってなかったのだろう。
「……お、お前が国主だと?」
「はい」
「国主のくせに、たった1人でここに乗り込んできたのか?」
「ええ、あんまり仰々しいのは嫌いなんで。あ、でもやっぱり外交的には、そういうハッタリも重要ですかね?」
ちょっとなめた受け答えをしてたら、とうとうノブナガがぶちギレた。
「ふざけんなっ!」
思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音声だ。
耳がキーンとなってる。
その後もしばらくギャアギャア騒ぐのを受け流してたら、ようやく静かになった。
しかし今度は体裁をかなぐり捨て、俺を威嚇し始める。
「おいっ、もしお前が本当に国主だってんなら、捕虜にしちまうぞ」
「もちろんそれには抵抗しますが、まずは話し合いを望みます」
「ふざけんなっ! 俺の護衛が1人だけだとでも思ってんのか!」
この部屋には今、俺とノブナガの他に、執事らしきおっさんと護衛が1人ずついた。
しかし、ノブナガはなかなかに臆病な性格らしい。
俺なんかと会談するのに、隠し部屋に5人も兵士を控えさせているのだ。
並みの人間には分からないが、魔力を視認できるスザクからすれば丸見えだ。
俺はその隠し部屋を指差しながら、答えてやった。
「そちらに5人ほど控えているのは知っていますよ。しかしまあ、それでも俺は捕まりませんが」
それを聞いたノブナガがスッと目を細め、さらに脅しを掛ける。
「ほほう、大した自信じゃねーか。しかし、いくら白銀級の冒険者だからって、無傷じゃ済まねーぞ。下手すりゃ死ぬかもしれない」
「いえいえ、俺も1人じゃないですから」
その言葉と同時に飛び立ったスザクが、眩い光に包まれた。
するとノブナガの背後で壁の一部が外れ、異変を感じた兵士が飛び出してくる。
しかし、光の後に現れた存在に、彼らは息を飲んだ。
「こ、これは夢か……」
「ひょっとして、あれは伝説の霊鳥 朱雀様」
その幻想的な真スザクの姿に見惚れた兵士たちは、身動きが取れない。
その様子を見たノブナガが、忌々しそうに舌打ちをした。
「チッ、まさか四神を味方に付けていたとはな。これじゃあ、俺の方が悪者だ」
「脅しを掛けてきたのはそっちが先ですからね。とりあえず、俺が国主だってのは納得してもらえましたか?」
「ああ。四神が味方なら、魔境に国を作ってるってのも嘘じゃねえだろう。タツマ殿を国主として認めよう。おい、お前らは下がれ!」
「しかし、殿!」
「四神の前でお前らの力なんか役に立つか! 逆に俺が害される心配もないから、下がれっ!」
執事だけを残して護衛が引き上げると、室内に平穏が戻った。
「さて、タツマ殿。いや、タツマ公と呼ぶべきか。これで邪魔者はいなくなった。もっと腹を割った話をしようじゃないか」
「ありがとうございます、ノブナガ公。しかし俺が望むのは貴国との外交の樹立です。それ以上でも以下でもありません」
「フフンっ。本当か? カイやミカワを牽制して欲しいのではないか?」
いかにも俺は知ってるんだぞ、という顔でノブナガが問いを放つ。
さすがノブナガ、よい耳をお持ちのようだ。
「そうですね……もし友好条約を結んでいただけたら、手紙の仲介をお願いしたいとは思ってます」
「手紙って、どんな?」
「”俺の国にちょっかい出したら、ただじゃおかねーぞ、こら” という内容を、もう少し穏便に書いたものです」
それを聞いたノブナガが、突然笑いだした。
ツボにはまったらしい。
「ブハハハハッ、た、ただじゃ済まさねーってか……ヒヒヒヒヒッ、お、おもしれーじゃねえか」
ひとしきり笑ったノブナガが、ようやく居住まいを正す。
「はー、笑ったぜ……しかし、本当に手紙の仲介だけでいいのか? 4ヶ国合同で攻められたら、かなりヤバいだろう?」
「地の利はこちらにありますからね。なんとかしてみせますよ」
俺はさも大したことがないように言ってのけた。
実際のところ、鬼神シュテンの介入も考えれば、そう余裕があるわけではない。
しかしここで弱みを見せては、対等な関係を築けなくなるだろう。
「そうか。まあ、ヤバいようなら、手を貸すぜ。一昨年は世話になったからな」
「それはどうも。でも、大丈夫だと思いますよ」
ノブナガは俺の心の内を見透かすかのように、ニヤニヤしている。
それほど余裕がないのを、見透かされちまったか。
俺の演技もまだまだだな。
しかしどの道、そう簡単に頼るわけにはいかないのだ。
なんとか敵をはね返して、我が国の実力を見せつけてやりましょう。