10.初迷宮
2017/8/5
2章を改稿しました。
基本的な内容は変えず、表現や会話を見直しています。
(わふー、ご主人様、大変だったのです)
「本当ですね~。普段は頼りなく見えますが、意外に苦労されているのですね~」
相変わらずスザクの評価が容赦ない。
「頼りないは余計だってーの……しかしまあ、俺がしっかりしてないから、そう言われちゃうんだろうな」
(そんなことないです。ご主人様は今日も強くなったのです)
「まあ、ちょっとだけどな……とりあえず明日からもゴブリンを狩って、迷宮に潜れるぐらいの装備を整えよう。だから今日はもう寝るぞ」
前世を思い出してちょっとしんみりしたので、とっとと寝ることにした。
嫌な思い出はリセットして、また明日から頑張ろう。
翌日から1週間は、休まずにゴブリンを狩り続けた。
おかげでそこそこの防具を揃えることができ、いっぱしの冒険者らしくなってきた。
今は革の帽子、胸当て、籠手、腰当て、すね当てを装備しており、いくらか防御力が上がっている。
武器は相変わらずメイスが主だが、短剣も買い足した。
毎日、ゴブリン相手にメイスを振っただけあって、少しは使い方も様になっている。
今なら熱弾なしでも仕留められるだろう。
まあ、しょせんゴブリンなんだけどね。
それと、ゴブリンを狩り続けたおかげで、実績ポイントが貯まって冒険者ランクが上がった。
実績ポイントってのは、ギルドの依頼をこなしたり、魔石や素材を売ることで付与されるものだ。
これが貯まるにつれて、冒険者ランクも上がっていく。
今まで初心者の樹木級だったのが、下から2番目の青銅級になった。
冒険者ランクは上から金剛鉄、聖銀、黄金、白銀、鋼鉄、青銅、樹木となっている。
スチールになればようやく1人前って感じで、ミスリル以上は人外レベル。
アダマンタイトなんて、1国に1人いるかどうかってぐらい希少な存在だ。
シルバーになれば冒険者の中でも一目置かれるので、その辺を当面の目標にしている。
その前に、まずはスチールに上がる必要があるけれど。
ブロンズになったのを機に、迷宮に挑むことにした。
テッシンとシズクにはずいぶんと心配されたけど、慎重に行動すると言って押しきった。
彼らに見送られて家を出た俺は、町の北側にある迷宮へ赴く。
ここはアリガ迷宮と呼ばれていて、数十年前に発見されたらしい。
迷宮ってのは地下に広がる迷路みたいな空間で、魔物が頻繁に湧いてくる。
地上では獣が魔素に冒されて魔物が産まれるが、迷宮の中では魔素そのものから魔物が作られるって話だな。
だから迷宮の中は危険だが、素材の宝庫だ。
魔石は魔道具の燃料とか魔法の触媒などで需要があるし、たまに魔物の体の一部も手に入るらしい。
運が良ければ貴重な鉱石や宝石、さらには魔道具だって見つかるらしいから、迷宮に挑む冒険者は絶えない。
なぜ冒険者が挑むかといえば、迷宮の中で特典があるからだ。
迷宮と冒険の神スサノオが残したと言われる冒険者システムだが、これに登録すると肉体強化の加護が得られる。
そして魔物を倒すと、”イノチ”と呼ばれる生命力が体に取り込まれ、肉体が強化されるのだ。
つまり魔物を倒すほど体が強くなり、より強い魔物にも対抗できるって寸法だ。
特に迷宮のように周りを囲まれた空間では、イノチの吸収効率が何倍も高いらしい。
これが俺が迷宮に挑む最大の理由だ。
魔物に襲われ無残に死んでいった両親のようにならないため、そして大事な人を守れるようになるため、俺は強くなりたいのだ。
それで俺は今、迷宮前の広場に来ているんだが、朝っぱらからけっこうな賑わいだ。
迷宮は国が管理してるから、衛兵がいるのは当然として、他にもいろんなのがいる。
仲間を待つパーティがいれば、冒険者目当ての物売りもいるし、案内人や野良冒険者の姿も見える。
案内人は迷宮内を案内する職業であり、野良冒険者は一緒に潜ってくれるパーティを探している奴らだ。
第1層は地図が安いから案内人はいらないし、野良冒険者は稼げそうなパーティを探してるので、なおさら関係ない。
とりあえず窓口で1層の地図を銀貨2枚で買い、内容を確認した。
地図がえらく安いのは、1層には雑魚しか現れず、完全に探索しつくされているからだ。
地図によれば、1層は序盤、中盤、深部と分かれてるようだ。
それぞれの通路は迷路のように入り組んでいて、行き止まりも多い。
序盤よりも中盤、中盤よりも深部と、奥に進むほど強い魔物が出るらしい。
そして深部の奥には守護者部屋ってのがあって、ここの主を倒せば第2層に進める仕組みだ。
ここで守護者討伐の証がギルドカードに刻まれれば、次回は入り口から2層へ転移できるようになる。
そんな風に地図に見入ってたら、すぐ近くで野卑な声が聞こえた。
「おらおら、チンタラしてんじゃねーよ、この愚図がっ!」
その直後、目の前に大荷物を抱えた男性が倒れ込んできた。
どうやら冒険者の1人が、この男を蹴り飛ばしたらしい。
彼は茶髪の大柄な男で、頭には獣の耳が、腰には尻尾が付いていた。
えり回りにタテガミのような毛が生えていることから、おそらく獅子人族だろう。
この世界に住む獣人種のひとつであり、中でも最強と言われる種族だ。
しかしその首には首輪が付いており、彼が奴隷身分であることを示している。
つまり主人には逆らえない状態で、このような屈辱的な扱いにも耐え忍ばねばならない。
一応、奴隷に無闇に危害を加えることは禁じられているが、ばれない範囲でひどい扱いを受けるのも常識だ。
ちょうどその男と目が合ったが、すっかり諦めて死んだような目をしていた。
彼はすぐに立ち上がったが、なんだか動きが妙にぎこちなかった。
そのまま自分を蹴った男に従って迷宮に入っていったが、まるで病人のようだ。
(わふー、あの獣人さんは凄く強そうなのに、何かおかしかったです)
「ホシカゲもそう思うか? なんかぎこちなかったよな」
「おそらく、奴隷紋に衰弱の呪いが付けられているのでしょうね~」
「へー、奴隷紋にはそんな効果もあるのか」
スザクが言う奴隷紋とは、奴隷になった時に体のどこかに刻まれる魔術的な紋様のことだ。
主人への服従を強制するのは知っていたが、呪いを付ける機能まであるとは知らなかった。
「でも、なんでそんなことするんだ? わざわざ衰弱させたら、価値を損なうだけなのに」
「おそらく、あの人を苦しめるための嫌がらせじゃないですか~」
「ふーん、そういうこともあるのか……」
かわいそうな話だが俺には関係ないので、それ以上考えるのをやめて迷宮の入り口に向かった。
入り口の奥は下へ続く階段になっていて、その周りが簡単な建物で囲まれている。
入り口の横では衛兵が入場料を徴収していた。
入場料は1人銀貨1枚と、格安だ。
冒険者なんて、魔物素材と魔石を採ってくる鉱山労働者みたいなもんだからな。
そんな奴らから金をむしるよりも、どんどん送り込んで魔石を買い取った方が得だろう。
国やギルドもかなり儲けてるはずだから、タダにしてもいいくらいだ。
まあ、ここの管理費として、多少は必要なのかね。
俺は銀貨1枚を払って、迷宮に踏み込んだ。
石造りの階段をしばらく降りると、広い部屋に出る。
周囲はむき出しの岩肌だが、所々が光っていて行動に困らない程度には明るい。
その部屋の中央には腰の高さほどの台座があり、水晶が埋まっていた。
これが転移水晶ってやつで、資格を持っていれば2層以降へ跳べるんだろう。
部屋の奥の通路を進むと、左右に分かれていたので地図を確認して左へ進んだ。
右側の通路が守護者部屋へ通じる道らしいが、今回はあえて人気の無い方を選ぶ。
まずは軽く手合わせするのが目的なので、ホシカゲに適当な魔物を探してもらった。
(わふ、少し先にゴブリンがいるのです。たぶん3匹ぐらい)
「3匹ぐらいなら大丈夫だな。いつもと同じようにホシカゲはゴブリンをかき回してくれ。俺は熱弾を当ててから、とどめを刺していく」
(了解です)
慎重に進んでいくと、すぐにゴブリンと出くわした。
そこへホシカゲが突っ込み、混乱した奴らにヒートを1発ずつ撃ち込む。
最近はヒートの威力が上がってきたので、1発で瀕死になったゴブリンを、メイスで仕留めていった。
生き物を殺す感触は不快だったが、タツマの常識がそれを打ち消してくれる。
この世界でゴブリンは害獣だし、魔物や動物を狩って糧にするのは常識だ。
ちなみにここのゴブリンはギルドの討伐対象にはならないので、魔石だけ取り出して放置する。
残った体はしばらくすると魔素になり、迷宮に取り込まれるそうだ。
その後も淡々とゴブリンを狩り続け、正午までには30匹以上を狩っていた。
さすがに疲れたので、昼飯にする。
またホシカゲにオニギリを分けてやり、俺も別のをほおばった。
「半日でゴブリン30匹って、やっぱ凄いな、迷宮って」
「もきゅもきゅ……ホシカゲが見つけてくれるから遭遇頻度が高いのですよ~。普通はすぐに守護者部屋を目指すから、こんなに遭わないんですけどね~、もきゅもきゅ」
「まあ、そうだろうな。でも俺は弱いからさ、地道に倒して鍛錬した方がいいと思うんだよ。おかげでメイスにも慣れてきたし、ヒートの威力も上がってるからな」
「さすがヘタレの主様ですね~。でもそれぐらい慎重でよいと思いますよ~」
「ヘタレって、相変わらずひどいよね……」
面と向かってディスられるのは面白くないが、それでも着実にやっていきたいもんだね。