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春になったらまた会おう

作者: えびかつ

紗江さえ、春になったらまた会おう」


そう言って、良弥りょうやは眠ってしまった。眠っちゃったらもう春はないのに、どうやって会うんだよ。ばーか。


良弥りょうやは、原因不明の病につい3ヶ月前にかかった。丁度桜の咲いている頃だ。医師から宣告された余命はわずか1年。高校に入学したてだったが、病気が発覚、入院したせいで出校したのはわずか3日。高校生活に胸を膨らませていた彼にとっては絶望的な宣告だった。

幼馴染の中学3年の私は、彼が入院したことを聞いてすぐにお見舞いに行った。

初めて彼の病室に入る前、どんな顔をしているのか、どんな話をするべきかなど不安ばかりだったことを今でもはっきりと覚えている。だけど病室に入った瞬間、彼は私の不安を一瞬にして吹き飛ばしてくれた。

私に気づいた様子で、本を閉じてベットに座りながらも笑顔で、よく来てくれたね、といつもの調子で接してくれた。私もいつも通りでいこうとおもった。

それから3時間、カラスが鳴き始めている。長居をするわけにもいかないので私は帰ろうとした。扉の前まで私が来ると、彼は

「また、次も来てくれるかな?」

と笑顔で言ってくれた。

全然元気じゃん、いつもの良弥じゃん。元気なのに来るとか不自然。とか思いながらも約束した。

次の日も、その次の日も毎日彼の元へ通った。


彼は、高校受験のときの話や、これからの願望についてたくさん私に教えてくれた。勉強も教えてくれたし、世間話もした。読書好きの彼の本の感想を聞くのもたのしかった。学校帰りに彼の病室に行くのがとても楽しみになっていた。その頃の彼はみるみる元気になっていくし、私も受験のストレスから逃れられていたと思う。でも人生はうまくいかない。いいところでいつも神様が試練を出してくる。


通い続けて1ヶ月経った頃、私はいつものように彼の病室に行った。すると、彼の両親が彼のそばに座っていた。良弥の母に手招きをされ、カーテンの向こう側にいく。すると、いつもの彼ではない別の誰かがいた。いつもの笑顔はなく、ベットにただただ目をつむって倒れている。いつものように本は読んでいない。寝ているだけだろうと私は思っていた。しかし、今までこんな彼の両親の顔は見たことがなかった。彼の父の優しげな顔と、病室から見える散り始めの葉桜がなにかを物語っている気がした。しかし、私は悪い方向に進んでいるだなんて考えたくなかった。だからただ眠っているだけなんだって自分に言い聞かせた。1時間ほど彼の寝顔を見ていた後帰ることにした。去り際に、無口な彼の父親が、いつもきてくれてありがとう。また明日も来てくれるか?と言った。私は、もちろんです。と答えいつも通りに病室を後にした。だけどいつもと違うのは、何か心に引っかかることだ。それでもなお、たまたまだと自分に言い聞かせて心を落ち着かせた。


約束通り、次の日も、その次の日も毎日通い続けた。しかし、彼は夢の世界から戻ってこなかった。


それから2週間ほどした頃、彼の父から電話があった。後日2人で話したいとの要旨だ。彼のことだろうと思い、すぐさま返事をした。


そして当日、裏路地にあるすこし古い喫茶店に彼の父と2人で行った。彼の高校生活に期待していた話、私の学校での話様々した後に、改まった様子で彼の父はこういった。「良弥はもう目覚めないかもしれない」その一言は私にはとても受け入れがたい内容だった。いつも一緒に遊んでいた良弥が起きないなんて、そんなことあっていいはずがない。でも、私には毎日病室に通うことしかできない。様々な葛藤を繰り返している中、彼の父はさらに続けた。

「これからは病室にこないでくれ、紗江ちゃんに辛い思いをさせるかもしれない」

その言葉を聞いて私は軽く目眩がした。そんなにひどかったとは。でも、行かないわけにはいかない。私は彼の父に病室に通うことを許可してもらおうとした。しかしもちろんうまくはいかない。


それから1週間後、こっそり彼の病室に行った。彼は痩せ細り、皮と骨だけのようだった。病室に差し込む日光がまるで笑っているかのようだった。彼の命はもう短いのかもしれない。とても心配だ。

5月も終わる頃の話だ。


なんでこんなに心配なのだろうか、そこで私はひとつの結論にたどり着いた。


彼の死まであと半月ほどのこと。いつものように彼の病室に通う。すると、カーテンの向こうから人が起きている気配がする。一度部屋を出て、病室と患者名を確認する。たしかに彼の名はあった。恐る恐る部屋に戻りカーテンの向こうを覗く。すると、彼が起きていたのだ。起きないと言われていた彼が目覚めていた。私は反射的にやせ細った彼を抱きしめていた。彼も応えるように私の背中に手を回そうとしてくれていた。


それから彼が起きていた2時間ほど私たちは色々な話をした。彼がしてくれたように私は本の紹介や感想をいったり、彼が眠っていたときの話をしたり、とにかくたくさんの話をした。写真もたくさん撮った。


彼が眠った後、私は家に帰り彼の両親に連絡した。写真付きで。もちろん出入り禁止にされていたのは覚えていて、怒られるのは覚悟だった。


もちろん、呼び出された。彼の父が口を開く。無口な彼が怒るのだから大変なことをしてしまったと反省した。しかし、彼の父はこう言った。

「実はな、何日か前にも起きていたんだ。そしたら紗江はどこだーって言っていたんだよ。たぶん、今の彼の心の拠り所は君なのかもしれない。だからできる限り側にいてやってほしい。医師から宣告された寿命は1年だが、もうそんなにないかもしれん。だから頼む。」

と、土下座をされてまでお願いされた。もちろん承諾し、毎日通うことにした。


彼が死ぬまで残り3日。


いつものように病室に行く、彼も最近はすこしずつ目覚めてはいるようだ。2ヶ月前のように本も読んでいる。これがいつもの彼の姿だ。その姿に私は安堵した。

なんの本を読んでいるのかと尋ねてみた、転生もののラノベだそう。感想を聞いて今度読んでみようと思うくらいの彼の話し方。いつもの良弥だ。今度貸してもらう約束をしてその日の病室を後にした。


その2日後。


いつものように病室に行くと、いつものように出迎えてくれる彼。ひとりでいたようだ。窓から入ってくる日差しがまぶしい。

彼は私に先日読んでいた本を貸してくれた。後日返すことを約束し、その後はたわいもない話をした。いつものように笑っている彼、そんな彼を私は大好きだ。いつものように2時間を過ごし、病室から私が出ようとしたときのことだ。彼は私に抱きつき、大好きと言ってくれた。それは恋愛感情ではないかもしれない、だけど私は嬉しくて、つい私もと言ってしまった。彼はすこし涙目になった後に、キスをしてくれた。

「また明日も来てくれる?」

私はもちろん、と答えて病室を後にした。


その夜、私は母に起こされた。

彼の病態が悪化したようだ。すぐさま病院に駆けつけた。彼の両親を含む大勢の人たちに囲まれていた。その中、私もその輪の中に入った。一瞬彼が目覚めた。声にならない声で何かを言っている。周りの誰もが首を傾げているが、私は聞き取れた。「紗江、春になったらまた会おう」彼はこう言ったのだ。その後彼の手からは力が抜けた。もう話しかけても反応はない。彼の手を握り必死に呼びかけた。その想いも虚しく…




ピーーーーーーー





その音だけが病室に鳴り響く。徐々に鼻をすする音が聞こえてくる。子供ながら私にもその音には聞き覚えがあった。人が死ぬときに鳴る音だと小さいときにドラマから学んだ音だ。もはや誰も顔をあげない。皆、絶望に満ちた顔をしている。



彼の葬儀が終わった後、私はいつものように学校に通う。しかし、いつもと違うことが一つある。それは、手にあるものを持っているからだ。それは、彼が読んでいたラノベだ。どんなものを読んでいたのか気になっていた。


その本を読み終える頃には、私の目からは自然と涙が溢れていた。彼の言っていた通り、転生もののラノベだった。内容は、不治の病にかかった主人公が転生して異世界の勇者になるというもの。ごく普通のものだった。しかし、不治の病にかかった主人公と良弥の姿を重ねると涙が止まらなかった。


本の最後のページに手紙が入っていた。良弥からだ。


紗江、この本を読んでいる頃には僕はこの世にいないと思う。いつもお見舞いに来てくれてありがとう。とっても嬉しかったよ。いつしか紗江と話しているうちに、好きになって。でもこの身だから伝えることできなかった。死んでからだともう言ってもいいよね?

今頃僕はどうしてるんだろう、迷子になってなきゃいいな

僕にはね、誰にも話してない夢があって勇者になりたい、そして大事な人を守れる強さが欲しいって思ってたんだ。なにいってるんだ、ばかやろうってか?でも異世界ならできるよね。普通9ヶ月もあれば転生できるっていろんな本に書いてあったんだ。だから俺は桜の咲く季節に生まれ変われると思う。そこから俺の勇者人生が始まるんだぜ?勇者になってお姫様を守ってやるんだ。すごいだろ。

まぁ夢物語もこの辺にしておいて、そろそろ休むね。今日の夜言えないかもしれないから書いておく、

紗江、春になったらまた会おう!


そう書かれていた。後日わかったが彼の本棚からは転生ものの本しか出てこなかったそうだ。彼の夢は本物だと信じた。そして、ここには書かれていないもうひとつの夢がある。そこに私は気付いた。



午前0時前、私は誰もいない駅のホームにいた。もちろん、電車に乗るわけではない。

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