6話 痩せぎすの
ちと遅くなりました。
最初から違和感があった。
何かがいつもと違った。
いつものロウリザリエとは何かが違ったのだ。
ロウリザリエの管理を任されているカシュー男爵は眉を顰めた。
空気が違う。
王女を連れてロウリザリエの鍵を開けた。
扉を開ける前までは何も思わなかった。
しかし、扉を開けたときから、彼は常とは違うロウリザリエの雰囲気を感じ取った。
「どうしたの?」
アニーシア王女は図書室の入り口で立ち止まってしまったカシュー男爵に無邪気に問いかけた。
「王女殿下、灯りを入れますので、少しお待ちを…」
王女を止めた男爵をその妻が不思議そうに見やったが、何も言わなかった。
彼は首をかしげながら静かにロウリザリエに入室した。
暗い室内の、扉の近くのオイルランプに火を入れる。王女がロウリザリエに入るかもしれないということで、昼食の時間の内にランプのオイルは充分足してあるし、状態も確認していた。
その時にはこのような違和感はなかったはずだ。
この入り口の灯りは、ロウリザリエに入ってすぐの、ぽっかり広く開いた空間を上手く照らす。他にも灯りはあるが、昼間なら分厚いカーテンを開けてしまえばこの灯りでこと足りた。
計算された造りである。
カシュー男爵はじっと目を凝らして室内を見やった。
特に何か見あたるでもない。
彼は早くカーテンを開けなければと考えた。
「あぁ……」
ロウリザリエの開け放たれた扉の前で感嘆の声が上がった。王女だった。
オイルランプの照らすロウリザリエの姿に見惚れているようだ。
彼女がそれに気を取られているならよい。
カシュー男爵は慣れた様子でまだ暗がりの多い本棚と壁の間を歩き、いそいそと窓に向かった。
大窓のもとにはすぐ辿り着く。カーテンの端の太い紐ーーというかもはや縄と言ってよいーーを握ると、彼は体重を掛けてぐっと引いた。
左右に分かれたカーテンに遮られていた春の陽光が、ロウリザリエを一気に照らす。
「きゃあ!」
室内に女性の高い悲鳴が響いた。
「殿下!?」
カシュー男爵は慌てて扉の方に戻った。視界が開ける前にもう、緊張で心臓の音が響くようだった。
やはり何かがあったのだ。
王女は尻餅をついていた。
扉の前の空間の向こうに鎮座する、一際装飾の精緻な本棚の2つに挟まれた空間を凝視している。妻は王女を支えて膝をついていたが、彼女の身体もはたから見てわかるほど震えているようだった。
「カシュー男爵……!」
続きの間で待機していたユーグ卿も、異常に気付いて手前まで来ていた。
その顔は酷く青褪めている。
冷静沈着を絵に描いたような彼がである。
カシュー男爵は崇高なるバノイ一世に心の中で祈りを捧げ、本棚の間に何があるのかを見た。
「ーー!」
驚きは最早声にならなかった。
何かが倒れている。目がおかしくなったと言うのでなければ、それは人に見える。
真面目な男爵が管理を任されてもう15年になるが、こんなことはなかった。
前任者からもこんな話は聞いたことがない。
この特別なロウリザリエに、いてはならないものがいる。
男爵は身体を硬直させた。身体は動かなかったが、視線は本人も意外なほど冷静にそれを見た。
それは頭を彼の方に向けて横たわっていた。
長い黒髪を無惨にもきつい引っ詰めにしていた。硬質な生地のスカートは膝丈で、痩せぎすの脚が放り出されていた。
変わった、紺色づくめの地味な服に包まれた身体は、線が細そうだったが、背丈はかなり高いように感じた。
薄い唇の冷たげな容貌はまだ若そうに見えた。
それは薄く目を開けていた。
騒ぎにも動じていないのか、それとも覚醒しきってないのか、ゆっくりと瞼が開いていく。
三白眼がカシュー男爵を捉えて、彼はひっと息を呑んだ。
身を貫くような視線だった。
あっ、それ主人公です。
***
この話はアニーシア視点で、びしょーじょミーツガールのはずでしたが、彼女中心の話が長かったので文章を大幅変更してみました。
ロウリザリエの細かい描写は主人公視点でやりますので、今回はざっくりです。