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5話 父王の来訪

カツカツと、華奢な靴で床を叩く音だけが部屋にあった。


アニーシアは不機嫌さを隠さずに椅子に座って髪を整えさせていた。

アニーシアの豪奢な金髪を結い上げる者も、香油を木箱に片付ける者も、彼女の不機嫌を感じて押し黙っていた。


押し黙ったまま、象牙の櫛を器用に使って長い髪の毛を纏めていく。


細かい毛束をピンで見えないように留めていく。


鏡の中でその美しい髪が見事に形を変えるのは中々に見応えがあるものだが、アニーシアにとってはいつものことで、当然気につく風もない。


髪の金色に映える空色のドレスを纏い、薄く化粧した彼女の姿は、いつも彼女の気ままさに苦労させられている侍女さえも感嘆させるもだった。


「仕上がりました」


「そう」

侍女が密かにため息をつく美しさは、多少の不機嫌では失われなかった。


「……ねえ、ビレシオ従兄様は、今日は格別に優しかったわね」


「はい、殿下にとても優しく微笑まれていらっしゃいました」

突然の話に、すかさず侍女は調子を合わせた。

アニーシアが彼の話するのに合わせるのは慣れたものである。


「今日も素敵だった……」

「はい、王国で一、二を争う殿方でいらっしゃいますわ」


王女はくるりと話をしている侍女を振り返った。


「今日のビレシオ従兄様のあの装い!あの上衣は見たことがなかったわ。新しく誂えたのかしら?」

「大変お似合いでいらっしゃいましたね」


従兄の話をすることで、少し表情の明るくなった主人に、若い侍女もほっとして微笑む。


「そうねえ。ねえ、ジュディ。お前もそう思うわね」


アニーシアは幾らか満足そうに頷く。


「でも、お前もビレシオ従兄様に憧れているのでしょう?」


彼女は試すように気に入りの侍女に問うた。


「ハイドーア公爵様は、アビライティアのすべての女性の憧れでございますわ、殿下。ですから当然、横に並び立つのは際立った美しい方でなくては」


彼女の答えに、アニーシアは満足した。


「当然ね。だって、あんな美しい方、他国にだっていやしないわ」

「そうでしたら、鏡の中をご覧くださいませ……(わたくし)の姫様がハイドーア公爵様のお隣に並び立たれたのを拝見しましたとき、息がとまるかと思いましたの。あんまり美しくて、素晴らしい絵画のようで」


そしてやっと鏡の中の自分の仕上がりに興味を向け、調子の戻った様子でふふんと頷いた。


アニーシアが侍女と従兄の噂話をしていると、続きの間から王女の女官が部屋に入ってきた。


「どうしたの?」

「陛下がいらっしゃいました」

「あら」


彼女はきっと、午前中の話に違いないと考えた。

侍女の手を借りながら立ち上がると、いそいそと私室のひとつである応接室に向かった。


「父様」


「アニーシア、座りなさい」


父は若い従騎士とユーグ卿を連れて、応接室の長椅子に腰を下ろしていた。

笑みを浮かべると、騎士が顔を赤らめたが、美貌の王女は気に留めなかった。

特に珍しくもないことだ。


ユーグ卿は静かに国王の脇に控えている。

アニーシアは国王の正面の椅子に腰を下ろした。


「父様、いかがなさったの?」


ベネツクライン王は少し躊躇うような素振りを見せたが、アニーシアの目をしっかり見つめて切り出した。


「アニーシア、先ほどの件だが、お前はロウリザリエに入室しても勿論構わない。それを言い忘れていてね」


アニーシアはきょとんとした。


それに何の意味があるのかわからなかったからだ。


ユーグ卿の視線が若干冷ややかになったが、アニーシアは気づかなかった。

ベネツクライン王はわずかに困り顔で王女に助け舟を出した。


「お前が、ロウリザリエで見たものをビレシオに話すことは特別禁止しない」

「えっ…」


アニーシアは戸惑った。

どうせなら憧れの人と二人きりの図書室を楽しみたかったのだ。ひとりで図書室に入っても何もすることがないのだ。


しかし、彼女は考えた。確かにそれなら従兄にロウリザリエの話をしてやることもできるし、彼が興味を持てばまた何度か会って話をする機会ができるかもしれない。


考え込んだ娘に、父王は付け足した。


「当然だが、ビレシオ以外の人物にはみだりに中のことを話してはいけないよ」


それはアニーシアにとっては良いことだった。

だって、ビレシオだけに特別に教えるという口実で二人きりになれるかもしれない。


アニーシアは父に頷いてみせた。


「わかったわ、父様。ありがとう!」


美しく綻んだ王女の微笑みに、ベネツクライン王も笑顔になった。


「ロウリザリエはそう簡単に開けることがないからな。カシュー男爵夫妻を来させた」


彼は片手を挙げてユーグ卿を見た。ユーグ卿は丁寧に腰を折って礼をすると、応接室の扉を開けた。


豪奢ではないが、貴族の装いをした男女が入ってくる。


「カシュー男爵、アニーシアをロウリザリエに」

「畏まりました」


カシュー男爵と呼ばれた男は、深々と頭を下げた。

その手には、黒塗りに金細工の小さな箱が持たれている。


「ロウリザリエの手前にユーグを控えさせる。あまり長居しないようにな。私は別の予定に入る」


そう言うと、ベネツクライン王は王女の反応を見ずに立ちあがり、従騎士と共に応接室を後にした。

アニーシアは何も言えずに父を見送った。

既に何もかも準備されていることに、どう反応してよいか分からなかったのだ。


ユーグ卿は国王を見送ると、王女に丁寧に手を差し出した。

感情は読み取れない。少なくともその所作は礼儀正しく慇懃ではあった。


「では、さっさと参りましょう。殿下もお忙しい身でいらっしゃいますから」


流石のアニーシアでも、彼が自分を見張るよう付けられたのが理解できた。「私も忙しい身なので」というユーグ卿の言外の声が聞こえた気がした。

びしょーじょのターンが長い・・・

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