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2話 アニーシアの憧れの君

「あっち側」の世界にて

青空が眩しい。空気は豊かな緑の香りがして、庭園の植物の葉は瑞々しい。

緻密に計算されて手入れされた花々を蜜蜂はせわしく動き回る。彼らに取ってはかき入れどきだ。


アビライティア宮は春真っ盛りだった。


アニーシアはそわそわと庭園を歩いていた。扇で口元を隠してはいるが、視線はあっちこっちに飛んでいかにも落ち着きがない。


「殿下」

硬く厳しい声がその華奢な背中に投げかけられる。


アニーシアはきゅっと、室内なら音がしそうな勢いで振り返った。


「なにかしら?」

悪戯っぽく彼女の口角は片方が持ち上がっている。


パッチリと大きな目は濃紺の瞳も大きい。

ほっそりした形のいい鼻に、ふっくらと程よく肉のついた頬は血色がよかった。


アビライティア宮の中でも有数の美貌の彼女だと、そんな様子も実に魅力的なのだが、いかんせん王宮に相応しい作法ではない。

しかも、王の娘たる彼女である。ほとんど禁忌といっていい。


――本来ならば。


彼女を咎めるべき中年の、いかにも厳格な教育係は、いかにも機嫌よさげな彼女の様子に幾分毒気を抜かれてしまった。


「・・・・・・王女たるもの、もっとお淑やかに、慎ましく動かなくてはなりません――ここは御自分のお部屋ではなく、王宮の庭園であり・・・・・・」


「わかってるわ、グレイスラン候夫人」


アニーシアは教育係の言葉を遮ると、つんと顎を上げてまた前を向き歩き出してしまった。

グレイスラン候夫人はため息をつく。アニーシア王女にはどうにも調子を崩される。もっと厳しくせねばならぬのに、だ。


アニーシア王女は今年15歳になる。そろそろ宮廷での役割を覚え、いずれは嫁ぐときの準備を始めなければならない。

はっきりとした打診はないが、縁談もちらほら耳に入る。


アニーシアの母である王妃からもくれぐれも注意するよう言われている。


しかし、なぜか他の生徒に接するように王女にはいまいち厳しくできないのだ。

これまでこんなことはなかった。


今更王女の身分に遠慮しているわけではない。

それでもなぜか彼女に対しては、叱るときに厳しさが鳴りを潜めてしまう。


結果として、現在のアニーシア王女はとても天真爛漫である――宮廷ではいささか問題あるほどに。


グレイスラン候夫人は教育係としての自分に限界を感じていた。


******


「ねえ、ジュディ、ビレシオ様は確かに、こちらにいらっしゃるのよね」


アニーシアはついと隣を歩く侍女に顔を寄せた。


「は、はい・・・そうお聞きいたしましたので・・・・・・」

年若い侍女は戸惑ったように答える。


アニーシアは侍女を覗き込んだ。

「確かじゃなかったら、お前に暇を出すからね」


肩をすくめながら上目遣いに、愛らしい表情で放たれた一言に侍女は青くなった。


「殿下・・・・・・!」

グレイスラン候夫人が流石に非難の声をあげるが、アニーシアは無視した。


見事な鬼百合の人工的な群生の向こうに、長身の影を見つけたからだ。


「ビレシオ様!」


後頭部で綺麗に結わえられた茶金の髪が煌く。悠然とその人が振り向くと、アニーシアに付いていた女性達は息を呑み頭を垂れた。


今ほど顔が青ざめていたジュディという侍女はいつの間にやら顔が上気して頬が染まっている。


それも仕方がなかった。

アニーシアを見止めて優しく笑んだ彼はとても美しかった。


細められた瞳の色はアニーシアと同じ深い紺。それを頂く目の周りは鬱蒼とした睫に覆われているのに、凛とした眉のせいだろうか、女々しい印はない。


身にまとう深緑のビロードの上着は十分に上質で、銀糸の装飾が優美だ。正に彼が切るに相応しい優れた一品である。それは彼のセンスの良さを表しているよう。


実に素晴らしい貴公子振りである。


その美しい人が、彼女の為に笑みを向け、さらにそこに洗練された物腰を加えて近づいてくるのを見て、アニーシアは興奮に胸を大きく上下させた。


アニーシアは王女としての正しい作法と、とびきりの笑顔で彼を迎えた。

「おはようございます、ビレシオ従兄様(にいさま)


「春の陽気が君をも早起きをさせるとは、素晴らしいね。さあ、折角だし散歩でもしようか、我が従妹(アニーシア)


この上ない充足感を得て、アニーシアは彼が差し出した手を取った。

びしょーじょとーじょー

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