私を殺した人 私が殺した人
グロテスクなセリフがございます。ご了承ください。
消えてゆくよ
消えてゆくよ
また一人
また一人
みんな
みんな
消えてゆくよ
消えてゆくよ
私を殺した
私を死なせた
人達が
また一人
また一人
みんな
みんな
消えてゆくよ
消えてゆくよ
私を殺した人 私が殺した人
満開の桜の中に一本、枯れかかっている桜の木が目に付く小学校の校庭があった。
――――4月10日。
桜散りゆく春のこと。
この市立赤桜高等学校に転入生がやって来た。
ちなみに入学式・始業式は昨日で、今日から憂鬱な授業の始まり。
普通なら何処の教室からも「嫌だぁ〜」という声が聞こえるものだ。
しかし今日の2年の教室、特に2年2組の教室からは、「楽しみ」などという声が聞こえる。
転入生が女子ということだけあって、話しているのは、ほとんど男子だ。
その中の一人に、この物語の中心人物となる男子がいた。
名前は、青澤直規。
知能も運動能力もズバ抜けているわけでもなく、顔やスタイルも決して悪いと言えないが、良いともいえない、ごく一般的な男子校生であった。
バン
教室のドアが激しい音を立て、開いた。
「朝っぱらからうっせぇなぁ、おめぇら!とっとと席付きやがれ!!」
2年2組の担任になった、大里花恋が朝から怒鳴った。
元女頭と噂されている、体育教師だ。
まだ26と若いが、髪は金髪。耳にはピアスとこれぞ不良の見本、と言った感じだ。
「おーし。じゃ、転入生紹介するわ。入って来い。」
大里が言うと、“転入生”と言う言葉にクラス全員が、反応した。
ガラガラ
先程とは別物の音を立て、ドアが開いた。
途端、クラスの目が奪われた。
「こんにちは。赤坂亜花音って言います。よろしくお願いします。」
亜花音は深くお辞儀をした。
茶色の少しカールしている髪を下で二つにしている。
目は大きく、まつげも長い。左目の下には泣きぼくろがある。
赤いヒラヒラのワンピースでも着せれば、お人形の完成である。
誰もがそんなことを思っていただろう。
「じゃぁ席は」
大里の言葉で、直規は現実に引き戻された。
一瞬、亜花音と目があった気がした。
「まぁ、名前順だから、そこ、青澤の隣な。」
大里が指したのは、直規の隣、廊下側から2番目、女子の列では一番廊下側の列の一番前だった。
「えー」などのブーイングが飛び交う中、亜花音は「よろしくね。」と直規に言った。
「あ、うん。」と直規は答えた。
―――放課後。
直規はクラスメイトで不良の一人、政明に呼ばれ、体育館の横の人通りが少ないところへ、連れてこられていた。
「………………。」
政明の他に同学年の不良が何人かいた。
どう考えても怒ってる。
直規は何をしたか、全く身に覚えがなかった。
「おい。」
ドスの効いた声で政明が言った。
「なっ何?」
直規は怯えながら答えた。
「てめぇ。何で赤坂と一緒にいんだよ。」
政明は指をポキポキと鳴らしながら言った。
確かに直規は休み時間も亜花音と話していた。
でもそれは全て亜花音から話し掛けてきたことで、直規からではなかった。
「えっ!?ちょっ!あれは…!!」
自分からではないと言おうとしている直規に、政明はすでに拳を上げていた。
「うっせぇなぁ!!」
「何やってるの!!!」
政明が拳を振り下げた瞬間、亜花音の声が響いた。
「赤坂!!」
政明や不良たちが亜花音の登場に、目を見開いた。
「直規君に何してるの!!」
亜花音はどんどん政明達の方に近付いてきた。
亜花音はその大きな瞳で、政明を睨んでいた。
「直規君大丈夫?」
そして直規の方へ駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ。」と直規が答えると亜花音はホッとしたような顔をして、もう一度政明達を睨んだ。
直規はゾクッと背中に何か走るのを感じた。
その原因は、亜花音の目だった。
亜花音の目は一言で言えば、恐ろしかった。
何だか狂っているように感じた。
セリフをつけるのであれば、『殺してやる』ではないだろうか。
とにかく怖かった。
先程までいた亜花音はどこへ行ったのだろうと。
まるでここにいるのは、他の誰かではないかと。
錯覚を起こしそうになった。
そんなことが直規の頭を支配した。
「ひっ………!!!」
政明達は顔を引きつらせて、逃げていった。
普段なら、“ざまぁみろ”とでも思ったかも知れないが、今回ばかりは違った。
何せ、あんな亜花音を見てしまったのだから。
そんな亜花音に直規は声を掛けられなかった。
ザワッと風が吹いた。
亜花音の茶色い髪が靡いた。
枯れかかっているあの桜の木の花が、一つ散っていった。
風が止んだ。
亜花音がクルッと振り返り、「大丈夫?」と直規に声をかけた。
あの狂った目は消え去り、元の愛らしい目に戻っていた。
「うっうん。ありがとう。」
直規は怖かったが、笑って見せた。
あの時より恐怖は増していた。
何せ、あの狂った亜花音は一瞬の風で元に戻ったのだから。
「そっか。良かったぁ!」
その亜花音は手をパチンと叩き、喜んだ。
「じゃあ、また明日ね!」
「うん。またね。」
亜花音は手を振って帰って行った。
直規も家へ帰った。
――――4月11日。
直規は昨日、あれから亜花音の事を考えていた。
“亜花音は何者なのか?”
その問い掛けを何回も繰り返していた。
しかし何度繰り返しても答えは出てこなかった。
それどころか、亜花音を知っているような気がした。
しかしそれも何処で会ったのか、何故知っているのか、全く分からなかった。
そんなことを長時間考えていたら、頭がおかしくなりそうだったので、止めることにした。
そして昨日のことは、見なかったことにした。
そうしないと、自分が壊れてしまうかがしたのだ。
「おはよう、直規君。」
直規が座っていると、登校してきた亜花音が、声をかけてきた。
何故か、髪の色が昨日より赤みを帯びているように見えた。
「おはよう、赤坂さん。」
直規は答えた。作った笑顔で。
「亜花音ちゃん!亜花音ちゃん!」
亜花音が呼ばれて振り返ると、そこには麻里を中心とした女子4人組のグループがあった。
「何?」
亜花音が近付き、首を傾げた。
いつ亜花音が麻里達と知り合ったのだろうと考えたが、それは登校してきた直規の親友、笑哉によって消された。
「よぉ、直規!」
「おはよう、笑哉。」
今度は偽りの無い笑顔で答えた。
「なぁなぁ、直規。一つ気になってたんだがよ。」
「亜花音ちゃんてもしかしてさ。」
「赤坂のこと好き?」
「直規のこと好き?」
笑哉が普通に訊いてきた。
麻里が口元を歪ませながら聞いた。
「え?何で?」
「え!?そっそんなことないよ!!」
直規はキョトン顔で訊き返した。
亜花音は図星を疲れたように慌てふためいた。
「え…?じゃぁもしかして、付きあってんの!?」
「ありゃりゃ。マジで図星?」
笑哉の言葉に、何故そっちへ行くのだろうと直規は思った。
麻里はさして驚いているようではなかった。
「違う違う。そんなことないって。」
「う゛ーー………。」
直規は手を左右に振りながら、否定した。
亜花音は俯きながら、困ったように唸った。
「だよなぁ!やっぱお前じゃぁ、赤坂と不釣合いだもんなぁ!」
「でもいいの?直規はイケメンでもないし、特に取り得なんてないわよ?」
笑哉が直規の背中を叩きながら言った。
麻里が呆れたように言った。
ゾクッ
直規は昨日と同じ、寒気を感じた。
思わず亜花音の方と見ると、亜花音は苦笑しながら麻里達と話していた。
笑哉に「どした?」と訊かれ、「何でもない。」と直規は答えた。
ザワッと強く風が吹いた。
あの桜の木から一つ、二つとまた花が散っていった。
「席付きやがれ!うっせぇぞ!」
時間はいつのまにか8時30分を過ぎていた。
大里が入ってき、面倒くさそうに出席を取った。
「ん?山下がいねぇのか。ま、どっかで遊んでんだろ。サボリか。」
見ると、政明の席が空いていた。
不良のことだから、政明のことを皆、サボリだと考えた。
もちろん直規もその一人だった。
―――昼休み。
「ねぇねぇ、直規君。」
直規は亜花音に声を掛けられていた。
「何?」
直規は昼食を食べようと、自分の机に弁当を広げていた時だった。
「一緒にお弁当食べてもいい?」
亜花音が首を傾げながら訊いてきた。
「え!?オレと!?」
さすがの直規もこのことには、驚きを隠せなかった。
「うん。ダメ?」
今度は上目遣いで訊いてきた。
「そんなことしたら変に思われるんじゃない!?ほら、オレなんかと赤坂さんが付き合ってるみたいなさ!」
直規は目をそらした。
「私は――――」
「なっおきー!飯食おーぜー!!」
亜花音の声は、眷介と笑哉によって消された。
「うわっ!バカケス!転けるだろ!!」
いきなり飛び付いてきた眷介に、直規は怒鳴った。
ケスとは眷介のことで、大概の男子がそう呼んでいる。
「うわぁ〜。直ちゃん、ひっどぉ〜い。僕をバカ扱いしたぁ〜。笑ちゃ〜ん!」
眷介はふざけながら、笑哉の後ろに隠れた。
「仕方ないじゃん。ケスがバカなのは本当なんだから。」
笑哉は手を上げ、首を振り、肩を竦め、お手上げのポーズをした。
「ひどっ!!笑ちゃんまでそう言うの!?」
眷介は嘘泣きをした。
「直規君。」
それを笑ってみていた直規は、すっかり亜花音の存在を忘れていた。
「ごめんね。オレはこいつ等と食べるから。」
直規は苦笑しながら謝った。
「ううん。こっちこそごめんね。」
亜花音はそう言うと、ペコッと頭を下げた。
刹那、またあの寒気を感じた。
亜花音は頭を上げると、そのまま教室から出て行った。
「直規?大丈夫?」
固まっていた直規を見つけて、笑哉と眷介が声を掛けた。
「多分大丈夫。」と直規は答えた。
またあの桜の木から花が一つ、散っていった。
――――4月12日。
朝から先生達が険しい顔をしていた。
そのためか、校内はいつもより騒がしかった。
いや、騒がしいが、いつもの騒がしさとは違った。
いつもの騒がしさがガヤガヤというのであれば、今日の騒がしさはザワザワだ。
「おはよう。」
直規はそう言って、教室のドアを開けた。
笑哉も眷介もまだいなかった。
元からあの二人は学校に来るのがギリギリなのだ。
「おはよう、直規君。」
席につくと、隣の席の亜花音が不安そうな目をしながら、直規に声を掛けてきた。
「おはよう。何かあったの?」
直規が返事をしながら、気になっていることを尋ねる。
「うん。噂なんだけどね、山下君が…死んだって………。」
亜花音が俯きながら答えた。
何故か直規には、亜花音の声が明るい気がした。
「政明が?自殺?」
直規は取り乱した。
政明は不良だが、小学校からの同級生なのだ。
といっても政明が死んだことに悲しんでいるわけじゃない。
ただ政明が死んだことを不思議に思ったのだ。
元々、傲慢無礼、自己中心、自画自賛と、どれほど自分が悪くても謝らず、且つ反省しないというヤツだったからである。
「分からない。でも噂だから。」
亜花音が無理に笑顔を作った。
直規を落ち着かせようとでも思ったのだろうか。
「う、うん。」
直規は亜花音が怖かった。
昨日も一昨日も家に帰ってから、何度あの寒気を感じたことか。
寝ているときでさえ感じて、何度も飛び起きた。
眠れないくらい、何度も何度も。
その全てが亜花音の所為とはもちろんいえないのだが、あの亜花音の目の寒気は強烈過ぎて、身体が覚えている。
あの寒気以上の寒気など、ないのだろう。
だからたとえ亜花音の所為でなくても、それを感じさせた亜花音が怖いのだ。
―――8時30分。
教室の黒板には、自習と大きな字で書かれていた。
もちろん誰も自習何かしていない。
皆あの噂話をしている。
そんな騒がしい教室に、空席があった。
政明の席はもちろんだが、他にも3つの席が空いていた。
その席の持ち主は、笑哉、眷介、麻里の3人である。
あの寒気を感じた上にこの噂となれば、怖くないはずがなかった。
バン!!
教室のドアが、いつも以上に荒々しく開いた。
そこには珍しく息を切らした大里がいた。
その大里を見て、騒がしかったクラスが、静まり返った。
その静か過ぎる教室に大里の歩く音だけが響いた。
全員の視線は、もちろん大里に向けられていた。
「まどろっこしいのは嫌いだから、率直に言う。」
クラスが更に静かになった。
「山下が…死んだ。」
大里の言葉に、驚く者はいない。
誰もが、「あぁ、やっぱりか。」と言う気持ちだった。
「自殺…ですか?」
クラスの誰かが口を開いた。
「今の所、よく分かっていない。でもたぶん…他殺だ。」
大里の言葉で、クラスの温度が下がった。
「それと 。」
大里の続いた言葉に、誰もが耳を疑った。
信じられないといった気持ちだ。
「本当…なんですか?」
「嘘でこんなこと言えるかよ。」
誰かが言ったその言葉に、大里は顔を手で隠して答えた。
「いやぁぁぁぁ!!!」
女子の1人が叫んだ。
「何で?麻里ぃ〜〜!!!」
「ンでだよ笑哉…。」
「ありえねぇよ、ケスまで……」
3人の名前が上がった。
大里の言ったこと。
それは、“麻里、笑哉、眷介の3人が死んだ”というものだった。
クラスは大騒ぎになった。
さっきの政明の死とは大違いだ。
その中で直規は、ただただ、固まっていた。
“友達が死んだ。”
そのことで頭がいっぱいだった。
緊急の全校集会が開かれた。
しかし直規は、校長の話しなど、聞いてなかった。
友達の死が、直規の頭の中をずっとずっと、支配していた。
帰りのHRでも、直規はずっと固まっていた。
帰りといっても、今日は全校集会だけなので、先程からそれほど経っていない。
「他校でも殺人が起こっている。全員で24人。この学校と合わせて28人だ。しかも全部この付近で、ここ2日間で起こっている。お前等、充分気を付けて帰るんだぞ。」
大里の言葉に、固まっていた直規が反応した。
他の生徒は俯いていた。
それで放課になった。
―――放課後。
他の生徒が帰った後も、直規は教室で1人、悩みつづけていた。
それは、気になっていることを訊くか、訊かないか、であった。
訊くということは、その答えを知るということ。
果たして自分には、その答えを知る勇気があるだろうか。
しかし訊かなければ、これから先、後悔するだろう。
どうすればいいのか、自分では分からなかった。
いっそ、誰かに縋りたかった。
ふと時計を見れば、4時を回っていた。
放課になったのは、10時だった。
あれから6時間も悩みつづけていたのだろうか?
時間が早すぎるように去っていっていた。
窓の外を見れば、日が少し、傾いてきている。
何故自分は、こんなに辛いのだろうか?
何故こんな思いをしなければいけないのだろうか?
考えれば考えるほど、分からなくなり、疑問は出てくる一方だった。
ガラガラガラ
教室のドアが開いた。
そちらに顔を向けると、そこに立っていたのは、大里花恋、担任であった。
「青澤……!」
大里は目を見開き、こちらを見た。
それもそうだ。
何せ、HRから6時間も経っているのに、帰っていない生徒がいるのだから。
「何で…?」
大里は、瞬きを忘れたかのように、固まっている。
「先生。」
直規が口を開いた。
「なんだ、青澤。」
ここまで言ったのだから、もうあとには引き返せないと思い、直規は決心して、言った。
「あの…先生…。他の学校でなくなった生徒の名前…分かりますか?」
直規は決心した割には、控えめに訊いた。
「…知ってどうするんだ?」
大里が訊き返した。
理由は特になかった。
ただ気になっただけだった。
「知りたいんです。」
それでも直規の目は強かった。
「そこにいろ。」
大里はそう言って、来た道を戻っていった。
直規はそこに1人、残された。
少しして大里が、一枚の紙を持って戻ってきた。
「これが死んだ奴らのリストだ。…悪用するなよ。」
そう言って大里は紙を直規に渡し、帰って行った。
「っ!?」
紙を見た直規はこれまで以上に驚いた。
そこには政明、笑哉、眷介、麻里を抜いた24人の名前が乗っていた。
しかも全て、直規の知っている名前。
小学校の同級生だった人の名前なのだ。
この赤桜町は田舎のため、学校の人数は少なかった。
6学年6クラス、全校で200弱というだけの小さな小学校が、直規の通った小学校だった。
直規の学年は全部で29人だった。
元は30人だったのだが、1人転校したのだ。
つまり同級生で残りは、そう、直規一人。
〜♪
不意に、歌が聞こえた。
隣の教室からだった。
直規はその歌に釣られ、隣の空き教室に向かった。
♪〜
青空 風吹く時
靡いた桜の木は
ひらひらと舞い散る
それはまるで雪のように
ひらりひらり降り積もる
ひらひらと舞う花びらは
桃色の雪のように散ってゆく
〜♪
直規はその歌を懐かしく感じた。
どこかで聞いたことがあるのだろうか?
歌い主に何の歌か訊こうと、教室のドアを開けると、そこにいたのは窓から差す夕日に照らされた亜花音だった。
窓の外を向いていた亜花音が、こちらを向いた。
「咲…音?」
思わず口から漏れた言葉だった。
自分でも何故そう思ったかは分からなかった。
咲音とは、転校してしまった同級生である。
しかし亜花音と違って、もっと太っていた。
それが原因で虐められていた子だ。
全く違うのに……。
亜花音はキョトンとしていた。
「咲音?」
直規はもう一度訊いた。
「……で?」
「え?」
亜花音の言葉が聞き取れず、聞き返した。
「何で、そう思うの?」
亜花音の帆と場は、自分が咲音だということを肯定しているようだった。
「え…えっとぉ…。その歌、咲音が歌ってたから…。」
直規は戸惑いながらも答えた。
「そう。でも私は咲音じゃない、亜花音。」
当たり前の返答だった。
「でも……」
亜花音がもう一度口を開いた。
「私は咲音の生まれ変わり。」
直規は一瞬その言葉の意味が分からなかった。
「………じゃあ咲音は…死んだの?」
やっと意味が分かった直規が口を開いた。
「心は、ね。咲音という弱い心を殺して、亜花音という強い心に生まれ変わったの。」
亜花音が口元を歪ませた。
「復讐する為に…ね。」
亜花音の目は笑っていた。
それは狂っている、殺人を楽しんでいる目だった。
直規はまた亜花音から違う寒気を感じた。
「なっ…なんで…オレを最後にした…の?」
直規は怯えながら訊いた。
すると、亜花音の目が悲しいものへと変わった。
「やっぱり…気付いてくれてなかったんだ。でもいいや。咲音って気付いてくれたから。」
亜花音が笑った。
先程とは違う、綺麗な笑み。
「咲音はね、貴方のことが好きだったの。」
亜花音は廊下から見える、霄を見ていた。
直規はその事実を知り、ただ唖然とするだけだった。
「何で?」
突然の直規の質問で、亜花音は我に返った。
「え?」
聞こえていなかったのか、亜花音が反射的に声を出した。
「なんで、オレなの?」
多少補足して、直規がもう一度言った。
「直規君は覚えてるかな?」
亜花音が懐かしそうに話し始めた。
「あれは、小額一年生になってすぐの4月。丁度11年前だね。今日みたいに桜が舞い散る日だった――――――――。」
桜の木下で、1人の少女が歌っていた。
「ねぇ。」
小学1年生の直規が、少女に声を掛けた。
「だれ?」
少女は振り返って、声を掛けた主に尋ねた。
「ボク、青澤直規!よろしくね!!」
直規は元気に答えた。
「あたしは宮坂咲音。よろしくね。」
咲音は笑顔で答えた。
「さっきの何て歌?」
「おばあちゃんが教えてくれたの。」
「もう一回!!」
直規が頼むと、咲音は頷き、歌い始めた。
♪〜
青空 風吹く時
靡いた桜の木は
ひらひらと舞い散る
それはまるで雪のように
ひらりひらり降り積もる
ひらひらと舞う花びらは
桃色の雪のように散ってゆく
〜♪
咲音が歌い終えると、直規が拍手した。
「きれいな歌だね!」
直規はそう言った。
「あの―――」
「直規!!」
幼い笑哉の声によって、咲音の声は消された。
「サッカーしよ−ぜー!!」
続けて幼い眷介が言う。
「まって、いま行く!じゃぁね、咲音ちゃん!!」
直規はそう言って、その場を去っていった。
「後にも先にも他人で咲音に笑いかけてくれたのは、直貴君だけだった。あの後月日が経つにつれて、咲音への虐めは大きくなっていった。」
亜花音の表情が、柔らかいものから、鋭いものへと強張った。
「最後には“死ね”とまで言われた。だから転校して、咲音は死んであげたの!頑張って痩せて、バレないように可愛くなった!そしてこの亜花音になった!復讐する為にね!!」
あはははははははと狂った亜花音を直規はただただ見ていた。
「楽しかったわぁ。嫌がる奴等を切り刻むの。煩いから舌も切って、邪魔な手足を切り落とす。そして最後に心臓を握りつぶすの!真っ赤な血が沢山出てきて、とぉっても楽しかったわぁ!!」
亜花音が楽しそうに話すが、内容は楽しいものとはかけ離れている。
とても残酷でグロテスクなものだった。
「どう…し…て…?」
直木の口は勝手に動いていた。
刹那、亜花音の狂った目が、直規を映した。
その目は虚ろで、焦点が定まっていなかった。
同じ人間なのかと、疑うほどであった。
「どうして?…あぁ、どうして殺すのかって話し?」
亜花音は理解したように、聞き返す。
直規は言葉でもなく行動でもなく、目で答えた。
それしか方法がなかったともいえる。
「直規君には分かる?この気持ち。虐められると、凄く凄く淋しいの。闇、闇、何処まで行っても闇。そんな闇の中を何年間も彷徨ってたら、狂うのも当たり前。今みたいにね。毎日毎日自分の血を見て、凄く悲しかったのが、他人の血を見ると興奮するの。まぁ結果的には、復讐だね。」
亜花音が汚れた硝子玉のような目を細め、口の端を吊り上げて笑った。
なんとも不気味な笑顔だった。
直規の背中に、何かが走った。
刹那、直規の身体に鳥肌が立った。
「怖がらなくても大丈夫。直規君には感謝してるから、一発で逝かせてあげる。」
亜花音は大丈夫というが、どの道直規は殺されるということだ。
トコ…
亜花音が徐々に近づいてきた。
直規の足は、まるでロックが外れたかのように、走り出した。
「あはははは!逃げても無駄無駄ぁ!!直規君の居場所、ぜ〜んぶ分かるんだからぁ〜!」
亜花音は歩いている為に、走っている直規にとってその声は、徐々に小さくなっていった。
校門を出て真っ直ぐに行き、公園が見えたら左に曲がる。
次に駄菓子屋の所を右に曲がり、郵便局が見えたら右に曲がる。
最後に青い屋根の家を左に曲がる。
自分が何故この道を走っているのか、自分が何処へ行こうとしているのか、直規には全く分からなかった。
ただ闇雲に走っていた――――――――つもりだった。
そう、つもりだったんだ。
それでも行き着いた場所は、
“赤桜小学校”。
直規の母校であった。
「小学…校……?」
直規は自分の行きついた場所を見て、ただ唖然としていた。
よく考えれば、先程走ってきた道は、小学校の頃の通学路であった。
「桜……。」
直規は操られているかのように、一本の桜の木に近付いた。
それはあの、枯れかかっている桜の木だった。
夕日に照らされて、最後に残った1つの花は赤く染まっていた。
「いらっしゃい、直規君。」
隣で満開に咲いている桜の木の枝に、亜花音が包丁を持って座っていた。
「咲…音……!」
直規は驚いたように目を見開き、咲音の名前を呼んだ。
「違うよ。私は、亜花音。」
亜花音はそう言って枝から降り、そのまま上から直規を刺した。
直規は刺される寸前、決して流れることのない、亜花音の涙を見た気がした。
それは亜花音の中にいる、咲音の涙だったのかもしれない。
ザワッと春風が吹き、最後の桜の花が、先程出来た赤い水溜りに、儚く散っていった。
「直規君。あの歌ね、続きがあるの。」
そう言って亜花音は、あの歌の続きを歌いだした。
♪〜
夕日 沈みゆく時
照らされた桜の木は
真っ赤に染めあがる
まるでそれは炎のように
赤く紅く燃え上がる
ひらひらと舞う花びらは
血しぶきのように散ってゆく
〜♪
「ありがとね、直規君。そして、さようなら。」
歌い終わると亜花音は、そう言って一瞬微笑み、直規を刺した包丁で、自分を刺した。
倒れたあとの亜花音は、咲音の顔に戻っていた。
次の年から赤桜小学校のあの桜は、桃色の花びらから、赤い花びらに変わっていた。
そしてあの悲劇は、またどこかで繰り返される。
この世から、虐めが無くならない限り―――――――――――
完
後書き(という名の謝罪と謝礼と裏話や解説。)
このたびは私のような者の小説を読んでいただき、誠にありがとうございました。
感謝です!
誤字・脱字パラダイスだと思いますが、ご了承ください。(遅ぇよ!)
それでわ裏話、解説などに移らせていただきます。
枯れかかった桜の木の花が散っていったのは、直木の同級生が死んでいった時です。
政明、麻里、笑哉、眷介がいたとき、直規が感じた寒気は、もちろん亜花音が原因です。
あの寒気は、亜花音がターゲットを決めた時。とでも解釈しておいてください。(オイ!)
最後の赤い桜の花びらは、桜は死体を食らうって言いますよね?それです。
裏話は、実は咲音(亜花音)の家は代々人殺しをしてきた家系、的な設定があったんですけど、話がややこしくなる(=面倒くさい)という理由から止めさせて頂きました。(それでいいのか?)
あとは、咲音が転校してた間、学校行かずに人殺しの勉強してたって噂もあるんですけどね。(噂かよ!)
まぁ裏話は、たぶん全部咲音(亜花音)だと思います。
そんなわけで、(どんなわけで?)本当に呼んでいただいて、ありがとうございました。