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前世でダメ男を引き当て続けた私は、転生してもダメ男の妻だった。今世は商才を活かしていい旦那を捕まえる!セントハート王国編

作者: ちあき
掲載日:2026/11/03


『第一章 目覚めたら、すでに結婚していました』





「……最悪」





目を覚まして最初に口から出た言葉が、それだった。


目の前には見知らぬ天井。見慣れない家具。窓から差し込む朝日。そして、隣では大きないびきをかいて眠る男が一人。


私はしばらく天井を見つめたあと、ゆっくりと自分の手を持ち上げた。



白く、細い指。手入れの行き届いた爪。肌にはシミ一つない。



「……え?」

どう見ても、私の知っている手ではない。



慌ててベッドから起き上がり、部屋の隅に置かれていた鏡を覗き込む。

そこには、見たこともない美しい女性が映っていた。

淡い栗色の髪に、澄んだ青い瞳。年齢は二十歳前後だろうか。



私は鏡に映る女性の頬をつついた。

当然、鏡の中の女性も同じように頬をつつく。



「嘘でしょ……」



思い出した。


私は荒川遥香。日本で美容商品の会社を経営していた。


大学を卒業してから投資の世界に飛び込み、資産を増やしながら美容業界にも進出した。自分の会社を立ち上げ、化粧品の開発から販売まで手掛けていた。


事業は順調だった。




だけど、男運だけは本当に最悪だった。



付き合った男性はことごとく働くことが苦手で、私のお金を頼りにする人ばかり。最初は優しくても、次第に私の収入を当たり前のように使うようになった。



それでも私は、いつか変わってくれると信じていた。


結局、みんな最後まで変わらなかった。




仕事に追われ、恋人に振り回され、気づけば自分のための時間すら失っていた。



そんな人生の最後を迎えたはずなのに、目を覚ましたら異世界の女性になっていた。



しかも、どうやら転生したらしい。




「……ここは、どこなの?」



そう呟いた瞬間、頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。


「うっ…」



セレン。

それが今の私の名前だった。


この国はセントハート王国。

私は貴族の家に生まれ、少し前に結婚したばかりらしい。



そして、私の夫の名前はオッドルド。


「……何でもう結婚してるのよ?」


思わず頭を抱えた。

前世では男運が悪かった。



そして今世でも、結婚相手に恵まれなかったらしい。


私は恐る恐るベッドを振り返った。

そこには、だらしなく口を開けて眠っている男性がいた。


彼がオッドルド。

私の夫だ。


記憶をたどると、彼は貴族の家の次男で、家の財産を食いつぶしている人物だった。


女性関係は派手で、賭博が好き。お金があればすぐに使ってしまい、いつも金欠。


結婚前は甘い言葉を囁いていたらしいが、結婚してからは私に家計の管理を任せきりにしていた。

そして、働く気配はない。




「はぁ……また、こういう男なの?」


私は深く息を吐いた。



せっかく新しい人生を手に入れたのに、どうして最初からこんな相手と結婚しているのだろう。




ただ、一つだけ救いがあった。




私には前世の知識が残っている。

投資の知識も、経営の経験も、美容商品の開発や販売についてのノウハウも。


それらは決して無駄にならない。

むしろ、この世界では大きな武器になるかもしれない。



「今度こそ、自分の人生を生きるわ」



私は鏡の中の自分に向かってそう宣言した。




まずは、この家の状況を把握しなければならない。

そして、オッドルドがどれほどの問題を抱えているのかを確認する必要がある。




前世の私は、男性に尽くしすぎた。


今度は違う。

自分の人生を、他人に預けたりはしない。




そう心に決めた。




〜〜〜〜〜




『第二章 夫はどうしようもない男でした』




結婚生活の実態を知るのに、それほど時間はかからなかった。

オッドルドは昼近くになってようやく起きてくる。


「セレン、朝食は?」


「もう用意してあるわ」


「そうか。なら、すぐに持ってきてくれ」


彼は椅子に座り、当然のように私に命じ、

私は何も言わず、食事をテーブルに並べた。



彼は食事をしながら、昨夜の賭博の話を始めた。

「昨日は惜しかったんだ。あと少しで大勝ちできたのに」


「また賭博をしたの?」


「仕方ないだろう。金を増やすには元手が必要なんだ」



私は呆れる。

賭博で金を増やすことを投資とは呼ばない。

勝つか負けるかの運任せで、資産を増やす計画性などない。


「あなた、今月の生活費が足りなくなるわよ」


「大丈夫だ。何とかなる」


「何とかなるじゃなくて、何とかしなきゃいけないのよ」


「細かいことを言うな。お前は金の管理だけしていればいい」


「はぁ……」

私はため息をつく。


この人は、根本的にお金というものを理解していない。収入と支出のバランスを考えず、手元にある金を使い切る。

それどころか、借金まで増やしている。


私は結婚してからの収支を確認した。


家の収入は少なく、支出は多い。衣服や食事にかかる費用だけではない。オッドルドが女性に贈った装飾品、賭博で失った金、酒場での飲食代。


どれも家計を圧迫していた。


「オッドルド、これからは毎月の予算を決めましょう」


「予算?」


「ええ。生活費、交際費、自由に使えるお金。それぞれ上限を決めるの」


「そんな窮屈な生活はごめんだ」


「でも、今のままでは家が破産するわ」


「ハハハ、それは大げさだな」

彼は笑っていた。



私は真剣だった。




このままでは、いずれ家の財産はなくなる。

私は家計簿を作り、支出を分類した。不要な支出を減らし、少しずつでも貯蓄を増やそうとした。


さらに、家にある使われていない調度品や衣服を整理し、売却できるものは売るよう提案した。



しかし、オッドルドは協力しなかった。


「そんな面倒なことをするくらいなら、賭けに勝った方が早い」


彼はそう言って、また街へ出かけていった。





その夜、彼は女性を連れて帰ってきた。


「セレン、今夜は彼女も一緒に食事をする」


「……誰?」


「知り合いだ。気にするな」


気にするなと言われても、私の家に夫が別の女性を連れて帰ってきたのだ。

普通なら怒るところだろう。



けれど、私は冷静だった。


「食事の用意はしていないわ」


「なら、今から作ればいいだろう」


「お金がないから食材も買っていないの。あなたが昨日、自由に使えるお金を全部使ったでしょう?」




彼は不機嫌そうに眉をひそめた。


「お前は妻だろう。夫の客をもてなすのは当然だ」


「妻だからこそ、家計を守っているのよ」


女性は気まずそうに私を見たあと、オッドルドの腕を引いた。


「もういいわ。別の店に行きましょうよ!」


二人はそのまま出ていく。

私は窓の外を眺めながら、小さく息を吐いた。




前世と同じだ。



相手のために努力しても、相手はそれを当然だと思う。


けれど、今世では違う。


私はもう、彼に期待することをやめよう。


ただし、すぐに離婚できるわけではない。


私の実家は厳格な貴族家で、結婚した以上、夫婦としての責任を果たすことを重んじる家だった。

離縁して戻ることは簡単ではない。

だからこそ、まずは自分が生きていける道を探す必要があった。




〜〜〜〜〜




『第三章 ベルンハルトという不思議な貴族』



オッドルドには、ベルンハルトという友人がいた。


アシュフォード公爵家の次男で、魔法の才能は王国でも指折りらしい。


しかし、本人は貴族らしい生活に興味がない。


街を歩き回り、商人や職人、酒場の店主、冒険者など、身分に関係なく友人を作っている。

そんな彼が、オッドルドとも付き合っていた。




ある日、ベルンハルトが我が家を訪れた。


「よう、オッドルド。いるか?」


「おお、ベルンハルト!」

オッドルドは嬉しそうに彼を迎えた。


ベルンハルトは、私を見ると軽く頭を下げた。


「セレンさん。いつもオッドルドが世話になっている」


「こちらこそ、いらっしゃいませ」


彼は気さくな男性だった。

貴族らしい威圧感はなく、服装も派手ではない。どこか気ままな雰囲気をまとっている。




ベルンハルトはオッドルドと話し始める。


「ところで、仕事の方はどうなった?」


「まあ、ぼちぼちだ」


「ぼちぼちって、何もしていないだろう」


「そんなことはない」


「お前、妻がいるんだぞ。いつまでも遊んでいてどうする。怠けていてはセレンさんが可哀想だぞ」


私は思わず彼を見た。


どうやらベルンハルトは、オッドルドに何度も同じ忠告をしているらしい。


「分かってるって」


「分かっている人間は、賭博場に入り浸ったりしないぞ!」


「今日は調子が良かったんだ」


「昨日も同じことを言っていただろう」

ベルンハルトは呆れたように肩をすくめた。



私は少しだけ彼に興味を持った。


この人は、オッドルドの悪いところを理解している。

それでも友人として付き合っているのだろう。



「セレンさんは苦労しているだろうな」


「いえ……」


「遠慮しなくていい。こいつは昔からこうなんだ」


ベルンハルトは苦笑した。


「オッドルド、お前も少しは妻の話を聞いた方がいい。セレンさんは家計を立て直そうとしているんだろう?」


「余計なことを言うなよ」


「余計なことじゃない。お前の家のことだ」


私はその会話を聞きながら、少しだけ安心した。


少なくとも、オッドルドの周囲にいる人間が全員彼と同じ考えではない。


ベルンハルトは、私が家計について話しているところも何度か見ていた。





ある日、彼は帰り際に私へ尋ねた。


「セレンさんは、ずいぶんお金に詳しいんだな」


「そうかしら?」


「支出を見直すだけじゃなく、余ったお金をどう使うかまで考えている。商人のような考え方だ」


「お金を増やすには、使い方も大切なのよ」


「なるほどな」

ベルンハルトは興味深そうに頷いた。



「オッドルドにはもったいないくらいだ」


その言葉に、私は苦笑するしかなかった。

彼は恋愛に興味がないらしい。


女性に対しても距離を保ち、必要以上に親しくなろうとはしない。


私に対しても、あくまで友人の妻として接していた。

それでも、気にかけてくれることはありがたかった。




〜〜〜〜〜




『第四章 友人を裏切った男』




オッドルドの生活は改善するどころか、ますます悪化していった。


賭博で負けるたびに借金が増え、女性関係にも金を使う。


私は何度も忠告した。

けれど、彼は聞かなかった。




そんなある日、オッドルドがベルンハルトから大金を借りたという話を聞いた。



「借りたのではない。少し預かっただけだ」


「何に使うの?」


「商売だ。大きな儲け話がある」


「あなたに商売なんてできるの?」


「失礼だな。今回は本当に確実なんだ」




私は嫌な予感がした。



ベルンハルトは魔法の才能だけでなく、交友関係も広い。商人や職人からも信頼されている。


その彼から大金を受け取るということは、何か理由があるはずだ。


「返す当てはあるの?」


「ふん、当然だ」


オッドルドはそう言って笑った。





しかし、数日後。


ベルンハルトが我が家にやって来ると

その表情は、いつもの気楽なものではなかった。


「オッドルド。話がある」


「どうしたんだ?」


「俺から預かった金はどうした?」



オッドルドは一瞬だけ視線をそらした。

「商売に使った」



「嘘をつくな」

ベルンハルトの声が低くなった。



私は二人の様子を見守った。


「お前が話していた商売の相手に確認した。そんな取引は存在しないそうだ」


「いや、それは……」


「俺から金を騙し取ったのか?」




オッドルドは黙り込んだ。


ベルンハルトは普段、滅多に怒らない。

街で子供にいたずらをされても笑って許すような人だ。

そんな彼が、今は明らかに怒っていた。



「俺はお前に何度も言ったはずだ。真面目に生きろと。妻を大切にしろと」



「少し待ってくれ。金は返す」


「返す当てがあるのか?」


「これから何とかする」


「何とかする? いつもそればかりだな」

ベルンハルトは深く息を吐いた。



「俺はお前を友人だと思っていた。だから金を貸した。お前が立ち直るきっかけになるならと思っていた」


「ベルンハルト……」


「だが、もう無理だ」



彼は立ち上がった。



「今回のことは許さない」


その後、ベルンハルトは正式に詐欺の件を公にした。

オッドルドの借金や賭博、これまでの金銭問題も明らかになった。

没落寸前だった家は、ついに貴族としての資格を失ったのだ。




オッドルドは爵位を失い、平民として暮らすことになった。私はその知らせを聞いて、驚きはしたものの、悲しくはなかった。


むしろ、ようやく終わったのだと思った。


貴族でなくなったオッドルドと、貴族の妻である私が夫婦でいる必要はない。


離縁の手続きは驚くほど早く進んだ。




「セレン、俺を見捨てるのか?」

最後にオッドルドがそう尋ねた。



私は静かに答えた。


「私はずっとあなたを支えようとしてきたわ。でも、あなたは私の言葉を聞かなかった」



「これから変わる」



「その言葉を何度聞いたかしら」



「……ッ」


彼は何も言えなかった。



「私はもう、自分の人生をあなたに使いたくないの」


私は彼に背を向けた。

こうして、私の結婚生活は終わった。




〜〜〜〜〜




『第五章 行き場を失った私』


離縁が成立した。

オッドルドとは夫婦ではなくなり、私は自由になった。


しかし、問題は残っていた。

実家に戻ることができないのだ。

私の実家は厳格な貴族家だった。

一度嫁いだ以上、夫の家で生きることが当然だと考えている。

夫が貴族でなくなったからといって、簡単に娘を受け入れるような家ではない。



私は手元に残ったわずかな財産を確認した。

生活できないほどではない。

けれど、事業を始めるには足りない。



そして、この世界の商売についても、まだ十分な知識がない。


「さて、どうしようかしら…」

私は宿の窓から街を眺めた。



そのとき、窓の外で聞き覚えのある声がした。


「セレンさん!」


声の方を見ると、ベルンハルトが立っていた。


「ベルンハルト様」


「様はいらない。いつも通りでいい」



彼はいつものように気楽な笑顔を浮かべていた。


「オッドルドの件は聞いた。大変だったな」


「いいえ。むしろ、ようやく終わったと思っています」


「そうか」


彼は私の表情を見て、少し考えるように腕を組んだ。




「ところで、これからどうするつもりだ?」


「まだ決めていません。実家には戻れませんし、仕事を探そうかと思っています」


「仕事か……」


ベルンハルトは少し考えたあと、口を開いた。

「一人、紹介したい友人がいる」


「友人?」


「ああ。ロッツという男だ。商人の家の長男で、家業を継ぐ立場にある」


「豪商の方ですか?」


「親の代でかなり大きくなった商会だ。主に衣服を扱っている」


私は興味を持った。


「でも、どうして私に?」


「お前がオッドルドに家計の助言をしていたのを見ていたからな」


ベルンハルトは笑った。


「お前は金の使い方をよく知っている。あいつに言っていたことも、理にかなっていた」


「でも、オッドルドは聞いてくれませんでした」


「だからこそだ。お前の話を聞く人間と組めば、きっと面白いことになる」


私は少し迷った。


「ロッツさんは、どんな方なの?」


「真面目で優しい男だ。少し空回りすることはあるが、やるべきことはきちんとやる。女癖も悪くない」


「それは大切ね!」


「だろう?」


ベルンハルトは楽しそうに笑った。


「ただ、商才が少し足りない」


私は思わず笑ってしまった。


「えーと、それを私に補えということ?」


「そういうことだ」


ベルンハルトは真剣な表情になった。


「セレン。お前はもっと自分の力を活かすべきだ。誰かの尻拭いをするために生きる必要はない」


その言葉は、胸に深く響いた。

私はこれまで、誰かを支えることばかり考えていた。



前世でも、今世でも。


けれど、今度は違う。


自分の能力を、自分のために使っていいのだ。


「会ってみたいわ」


「よし。じゃあ、明日にでも紹介しよう」


ベルンハルトは満足そうに頷いた。




〜〜〜〜〜




『第六章 新しい出会い』




翌日、私はベルンハルトに連れられて、街の商会を訪れた。建物は立派で、入口には大きな看板が掲げられている。衣服を扱う商会として、この街でも有名らしい。


「ここがロッツの家だ」


中へ入ると、数人の従業員が忙しそうに働いていた。

その奥から、一人の男性が慌てて駆け寄ってきた。


「ベルンハルト!来てくれたのか!」


「おう。元気そうだな」


「もちろんだ。……そちらの女性は?」


「セレンさんだ。ロッツに紹介したいと思って連れてきたんだ」


「初めまして。ロッツです…」

ロッツは丁寧に頭を下げた。



年齢は私とそれほど変わらないだろう。

優しそうな顔立ちで、身なりも整っている。

ただ、少し慌てた様子が気になった。


「実は今、ちょうど問題が起きていてね」

ロッツは困ったように笑った。


「商品の仕入れが予定より遅れてしまったんだ。職人との連絡がうまくいかなくて」



「またか」

ベルンハルトが呆れたように言った。


「またとは何だよ!」


「お前はいつも何かしら問題を起こしてるだろ?」


「今回は仕方ないだろ!相手の都合もあるんだよ」



私は二人のやり取りを見ながら、商会の中を観察した。商品は豊富だ。品質も悪くない。


しかし、陳列の仕方や販売方法には改善の余地がある。


「少し見てもいいかしら?」


「もちろんです」


私は衣服を手に取り、素材や縫製を確認した。

親の代で成功した商会だけあって、商品そのものには魅力がある。

けれど、顧客の好みに合わせた提案が足りない。


価格設定も、少し高すぎる商品と安すぎる商品が混在している。


「ロッツさん、この商品はどのようなお客様を想定しているの?」


「ええと、若い女性向けです」


「こちらは?」


「裕福なご婦人向けですね」




「なるほど…」

私は少し考えた。




「商品の種類ごとに、お客様の層をもっと明確に分けた方がいいと思うわ。価格だけでなく、どんな場面で着る服なのかも伝えた方がいいのではないかしら」


ロッツは目を丸くした。


「なるほど……確かに!」


「それから、商品の並べ方も変えましょう。色や用途ごとに分けると、お客様が選びやすくなるわ」


「そんな方法があるんですね!」


「ええ。買い物をする人の目線で考えるの」


私は簡単な改善案を説明したのだが、ロッツは熱心に聞いてくれた。


途中で何度も質問をしてくる。


分からないことを誤魔化さず、素直に尋ねる姿勢が好印象だった。



説明が終わると、彼は深く頭を下げた。


「ありがとうございます。とても参考になりました!」


「役に立ったならよかったわ」



ベルンハルトは満足そうに笑った。

「どうだ、ロッツ。面白いだろう?」



「うん。ぜひ、もっと話を聞きたい!」


ロッツは私を見つめた。


「セレンさん。もしよければ、商会のことで相談に乗っていただけませんか?」


私は少し考えた。


今までのように、相手のためだけに動くのではない。

自分の力を活かして、自分の人生を作る。

そのためなら、商売に関わるのも悪くない。


「私でよければ、協力するわ」


ロッツは嬉しそうに笑った。


その笑顔を見て、私は久しぶりに心が温かくなるのを感じた。




〜〜〜〜〜




『第七章 私の得意分野』




ロッツの商会を手伝うようになって、数週間が経った。


私は商品の販売方法や在庫管理、仕入れ先との交渉など、さまざまな改善案を提案した。


最初は小さな変化だった。


しかし、少しずつ売上が伸び始めた。

ロッツは私の意見を聞き、実行する。

そして、結果が出れば素直に喜んでくれる。


「セレンさんのおかげです!」


「いいえ。実行したのはロッツさんよ」


「でも、あなたの助言がなければ気づけませんでした」


私は笑った。

オッドルドとは大違いだ。

同じように助言をしても、受け取る人間が違えば結果も変わる。




ある日、ロッツが私に尋ねた。


「セレンさんは、どうしてそんなに商売に詳しいんですか?」


私は少し考えた。

前世のことを話すわけにはいかない。

けれど、嘘をつく必要もない。


「昔から、お金の流れを考えるのが好きだったの」


「それだけで、ここまで分かるものなんですか?」


「知識と経験を積めば、誰でもある程度は分かるようになるわ」


「僕も、もっと勉強しないといけませんね」


「ロッツさんは十分努力していると思うわ」


彼は照れくさそうに笑った。


私はこの世界の美容事情についても調べ始めていた。

衣服の商売は順調だが、親の代から続く商会には、まだ大きな成長の余地がある。

そして、私には前世で培った知識がある。




美容商品だ。



この世界の女性たちは、肌や髪を美しく保つことに関心がある。

しかし、現代日本のような化粧水や保湿クリーム、ヘアケア商品はほとんど存在しない。

香油や石鹸はあるが、品質も種類も限られている。



私はロッツに相談した。


「新しい事業を始めてみない?」


「新しい事業?」


「美容商品よ」


私は商品の構想を説明した。


まずは肌を保湿するクリーム。次に、肌を清潔に保つための石鹸。そして、髪を整えるための香油。


ただし、現代の製品をそのまま再現することはできない。


原材料も製造技術も違う。


この世界で手に入る素材を調べ、職人と協力して商品を作る必要がある。


ロッツは真剣に聞いていた。


「それは売れると思いますか?」


「売れる可能性は高いと思うわ。ただし、最初から大きな投資はしない。少量を作って試験販売するの」


「なるほど。失敗しても損失を抑えられるわけですね」


「そう。売れ行きを見ながら、少しずつ生産量を増やすの」


ロッツは目を輝かせた。

「やりましょう!」



私は笑った。


この人は、やる気がある。


そして、私の話をきちんと聞いてくれる。


それだけで、仕事はこんなにも楽しくなるのだ。




〜〜〜〜〜




『第八章 治療院で出会った友人』




美容商品の開発を進める中で、私は一つの場所を訪れることにした。


王都にある治療院だ。

身分を問わず、誰でも治療を受けられる場所として知られている。

治療院を開いたのは、ヘレンという女性だった。


彼女は特別な回復魔法の使い手で、王宮からも信頼されているらしい。


私は美容商品の素材として使える薬草について、治療院の人たちに話を聞こうと思っていたのだ。


受付で名前を伝えると、奥から一人の女性が出てきた。


「セレンさんですね。お待ちしていました!」


彼女は優しい笑顔を浮かべていた。


穏やかな瞳。

落ち着いた雰囲気の美しい女性だった。


「初めまして。ヘレンです!」


「セレンです。突然訪ねてしまってごめんなさい」


「いいえ。お話は伺っています。美容商品の開発をされているそうですね」


「ええ。薬草について少し教えていただければと思って」


ヘレンは快く応じてくれる。


私たちは治療院の奥にある部屋で話をした。


薬草の効能や、肌に使う際の注意点。傷の治療に使われる素材と、美容目的で使える素材の違い。


ヘレンはとても詳しかった。


「この薬草は肌を整えるためにも使えます。ただし、濃度には注意が必要です」


「なるほど。とても参考になるわ」


「美容商品というのは、どのようなものを作るのですか?」


私は考えている商品について説明した。


ヘレンは興味深そうに聞いてくれた。


「女性が自分を大切にするための商品ですね?」


「そうね。美しくなりたいと思う気持ちは、誰にでもあると思うの」


「素敵だと思います!」


ヘレンは柔らかく微笑んだ。

その笑顔を見ていると、初対面なのに不思議と話しやすい。


「セレンさんは、商売がお好きなんですか?」


「ええ。考えるのが好きなの。どうすれば商品が喜ばれるか、どうすれば多くの人に届けられるか」


「私も、治療院を始めたときは同じようなことを考えました!」


「そうなの?」


「はい。治療を受けられない人をなくしたいと思ったんです」


私は彼女の話に聞き入った。

ヘレンは、自分の力を誰かのために使っている。

それも、身分や財産に関係なく。

とても立派な女性だと思った。


「今度、またお話ししてもいいかしら?」


「もちろんです。私もセレンさんとお話ししたいです」


こうして、私たちは友人になった。



私は彼女のことを何も知らない。

彼女も私のことを、まさか異世界に転生してきたとは思ってないだろう。



それでいい。

私たちはただ、この世界で出会った友人なのだから。




〜〜〜〜〜




『第九章 美容商会の誕生』




美容商品の開発は、簡単ではなかった。


原材料の選定から始まり、製造方法の研究、品質の確認、容器の選定。

何度も試作品を作り直した。


そして、最初に完成したのは、肌を保湿するクリームだった。


植物から抽出した油分と、肌に優しい素材を組み合わせたものだ。

香りも強すぎないように調整した。



私は実際に使い、肌の状態を確認した。




数日後、肌の乾燥が和らいでいることを確認できた。


「これは、いけるわ」


ロッツも試作品を見て喜んだ。


「本当に商品になったんですね!」


「まだよ。まずは少量を販売して、反応を見ましょう」


私たちは商会の一角に美容商品の売り場を作った。


最初は、衣服を買いに来た女性客に試してもらった。


すると、予想以上に反応が良かった。


「肌がしっとりするわ」


「香りも上品ね」


「これなら毎日使いたいわ」


口コミは少しずつ広がっていった。



次に石鹸を開発し、その後は髪を整える香油も販売した。


商品が増えるたびに、売上も伸びていく。


ロッツは販売や仕入れを担当し、私は商品の企画や経営戦略を担当した。


彼は商才こそ少し足りないが、人に対する誠実さがある。職人との関係を大切にし、従業員の働きやすさにも気を配る。


私はその姿勢を高く評価していた。




ある夜、仕事を終えたロッツが私に言った。


「セレンさん。あなたが来てくれて、本当に良かった」


「私も、ここで仕事ができて嬉しいわ」


「これからも一緒にやってくれますか?」


「もちろんよ」


彼は少し照れたように笑った。


「それなら、これからもよろしくお願いします」


その言葉が、なぜか胸に残った。




〜〜〜〜〜




『第十章 私を大切にしてくれる人』




ロッツと一緒に仕事をするようになってから、私たちは自然と一緒に過ごす時間が増えていった。


朝は商会で打ち合わせをし、昼は職人や仕入れ先と話し合い、夕方には売上や在庫を確認する。


忙しい毎日だった。

けれど、不思議と疲れは感じなかった。



ロッツは私の意見を聞いてくれる。


時には意見が食い違うこともあるが、彼は決して私の話を頭ごなしに否定しない。


そして、自分の考えが間違っていたと分かれば、素直に認める。


そんな彼と過ごす時間は心地よかった。




ある日、ロッツが私を食事に誘ってくれた。


「仕事の話ではなく、少しゆっくり話したいんです」


「いいわよ」


食事をしながら、私たちはこれまでのことを話した。

彼は家業を継ぐことに悩んでいたらしい。


親の代で大きくなった商会を、自分がさらに発展させられるのか不安だったという。


「僕は父のように商売が上手ではありません」


「でも、ロッツさんにはロッツさんの良さがあるわ」


「そうでしょうか」


「ええ。あなたは人を大切にする。約束を守るし、責任から逃げない。それは商売を続けるうえで、とても大切なことよ」


彼は少し驚いたように私を見た。


「セレンさんにそう言ってもらえると、自信が持てます!」


「本当のことを言っただけよ」


彼はしばらく黙っていた。



そして、ゆっくりと口を開いた。


「僕は、あなたと一緒にいると安心するんです」


私は彼を見つめた。


「あなたの考えを聞くのが好きです。仕事をしているときのあなたは、とても輝いている」


「ロッツさん……」


「もし迷惑でなければ、これからも僕の隣にいてほしい。仕事のパートナーとしてだけではなく、一人の女性として」



胸が熱くなった。

私は前世でも今世でも、男性に尽くすことばかりだった。


相手のためにお金を使い、相手のために時間を使い、自分の気持ちを後回しにしてきた。


でも、ロッツは違う。

私の能力を認めてくれる。


私の意見を聞いてくれる。


そして、私自身を大切にしようとしてくれる。


「私も、ロッツさんと一緒にいたいわ」



彼の顔がぱっと明るくなった。

「本当ですか?」


「ええ。ただし、これからも商売のことでは遠慮なく意見を言うわよ」


「もちろんです!」


私たちは笑い合った。


その日、私は初めて心から思った。


今度こそ、幸せになれるかもしれない。




〜〜〜〜〜




『第十一章 最高の妻、最高の商人』




それから数年が経っち、ロッツと私は結婚した。

彼は商会の代表として表に立ち、私はその隣で経営を支えている。



親の代から続く衣服の商売は今も順調だった。

しかし、商会の中心となったのは美容商品だった。

最初は小さなクリームと石鹸だけだった商品は、今では多くの種類に増えている。


肌の保湿商品、香油、石鹸、髪の手入れ用品。

さらに、季節や年齢に合わせた商品も開発した。


私は前世の知識を活かし、商品の品質や販売戦略を考え続けた。


ロッツは各地の商人と交渉し、販路を広げていった。


彼は相変わらず少し空回りすることもある。


けれど、以前とは違う。


私の意見を聞き、必要なことを一つずつ実行していく。


そして、従業員たちからも信頼される商人になっていた。


ある日、ロッツが嬉しそうに帰ってきた。


「セレン!大きな知らせがある!」


「どうしたの?」


「隣国の商人から、商品の大量注文が入ったんだ!」


私は書類を受け取り、内容を確認した。

注文数はかなり多い。


しかし、製造体制を整えれば十分に対応できる。


「これは大きな取引になるわね」


「そうだろう?これが成功すれば、商会はさらに大きくなる」


「でも、無理な増産は駄目よ。品質を落とさないことが一番大切」


「分かっている。職人たちとも相談して、無理のない計画を立てるよ」


私は微笑んだ。

ロッツはもう、私の助言をただ聞くだけの人ではない。

自分で考え、判断し、行動できる商人になっている。



私たちは二人で成長してきたのだ。



やがてロッツの商会は、セントハート王国でも有数の豪商となった。


親の代は衣服で財を築いた。


そしてロッツの代では、美容商品によってその名をさらに高めた。


街には私たちの商品を扱う店が増え、遠くの国からも注文が届くようになった。


それでも、私は表に立つことを望まなかった。

商会の代表はロッツ。

私は彼を支え、商品を考え、商会全体の方向性を決める。


それが私たちにとって一番自然な形だった。




ある日、ベルンハルトが商会を訪ねてきた。


「久しぶりだな、セレンさん」


「ベルンハルト。お久しぶりです」


彼は店内を見回し、感心したように口笛を吹いた。


「凄いじゃないか。こんなに大きくなるとは思わなかった」


「ロッツが頑張ってくれたおかげよ」


「いやいや、お前がいなければここまでにはならなかっただろう」


ベルンハルトは笑った。


「ロッツもずいぶん立派になったな」


「ベルンハルトのおかげでもあります。あのとき紹介してくれなければ、僕はセレンと出会えませんでした」


「そうか。それなら紹介した甲斐があったな」


ベルンハルトはいつもの気楽な笑顔を浮かべた。


彼は今も独身で、恋愛には興味がないらしい。


街を歩き回り、身分に関係なく友人と付き合っている。


そんな彼らしさは、何年経っても変わらなかった。


「ところで、セレンさん」


「何かしら?」


「オッドルドのことは、もう気にしていないか?」


私は少し考えた。


「ええ。もう何とも思っていないわ」


「そうか」


「あなたがあのとき助けてくれたことには感謝している。でも、今の私が幸せなのは、私自身が選んだ道を歩いてきたからよ」


ベルンハルトは満足そうに頷いた。


「それなら良かったよ」


彼はロッツと少し話をしたあと、また街へ出かけていった。




〜〜〜〜〜




『最終章 私が選んだ幸せ』




その日の夜。


私は夫と一緒に、商会の帳簿を確認していた。


「今月の売上は過去最高だね」

ロッツが嬉しそうに言った。


「そうね。でも、来月は新商品の発売があるから、宣伝費を少し増やしましょう」


「分かった。販売店にも連絡しておくよ」


「お願いね」


私は書類を閉じた。




窓の外には、王都の美しい夜景が広がっている。




この世界に転生したとき、私は絶望していた。


またしても、どうしようもない男の妻になっていたからだ。


前世と同じように、男運が悪いのだと思った。


けれど、今は違う。


私は自分の人生を自分で選んだ。


オッドルドとの結婚を終わらせ、ベルンハルトの紹介でロッツと出会い、自分の能力を活かす場所を見つけた。



そして、私を大切にしてくれる人と家庭を築いた。


「セレン」


「なあに?」


「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」


「ふふっ」

私は笑った。

「もちろんよ。あなたが商会の代表で、私がその隣で支える。これからも二人で頑張りましょう」


「ありがとう」


ロッツは私の手を優しく握った。


私はその手を握り返す。




前世では、誰かに尽くすことが愛だと思っていた。


でも、今は分かる。


本当の愛は、どちらか一方が我慢することではない。




お互いを認め合い、支え合い、一緒に歩いていくことなのだ。



私はロッツの妻になれて、本当に幸せだと思う。

そして、これからも彼の隣で笑っていたい。


私たちの商会は、まだまだ大きくなるだろう。

美容商品を通して、もっと多くの女性に喜んでもらいたい。


ロッツが表に立ち、私がその背中を支える。


それが私たち夫婦の形だ。




男運だけはなかった私だけれど、最後には最高のパートナーに出会えた。


今度こそ、自分の人生を自分の手で幸せにできたのだから。


私は夫の肩に寄り添い、窓の外に広がる街の灯りを眺めた。




この世界での人生は、まだまだ続いていく。


そして、その未来はきっと幸せに満ちている。




私、セレンは、今の人生が大好きだ。




『完』

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