El libro rojo de la venganza (エル リブロ ロホ デ ラ ベンガンサ) 復讐の赤い本
テーマは「共通書き出し」
日本SF作家クラブが提案する下記の文章を書き出しの文として、
自由に執筆し10,000文字以内の短編小説にしてください。
今度の引越し先はどこだと思う?
という事で書いてみたもののまさかの機材トラブルで間に合わず。
供養のために公開します。なので文字数もオーバーしてます。
今度の引越し先はどこだと思う?
大海をふよふよ浮いている、年季の入った情けない木製の小舟の上で、僕の目の前にいる少女らしきものはずいぶん気楽に言ってくれた。カンカン照りの太陽が照りつけて僕の肌はジリジリ焼かれていた。
「引越しじゃなくて遭難だ!って!言ってんだろ!」
僕は、いっそのこと殴ってやろうか、というくらいの大声を出した。意味がわからない。
耳入る波の音は穏やかだ。だからこそ、今ここでそんなセリフは聞きたくない。本音から何も包み隠さず言うなれば、こっちはそれどころじゃない。
「でも島からどっかに行くんだから引越しでしょ?」
話が一切通じない少女は楽しそうにケタケタ笑っている。黒髪のロング、整えると言うよりただ切ってないだけ。瞳は同族の深緑色。汚れた白色の長袖のシャツと同色のスカート、いわゆる囚人服。そこから覗く肌は病的に白い。日焼けが日常の浅黒い自分とは違う。身体つきがガリガリで小柄。声が若いともお姉さんとも取れるので年上なのか年下なのかわからない。
「だーーーかーーーらあぁぁぁぁ!!」
僕は行き先のない怒りの宛先として頭を抱えた。引越しなら荷物もいるじゃねぇか、何にも持ってなくて引越しとはなんなんだと。漏れ出る生産性のない感想を抑え込んで、情け無いエンジン音を吹かし、小舟が太陽と平行になるように舵を切った。間違ってなければ隣の島は西にあるはずなんだ。自分で遭難と口にしてしまったからか、アクセルを握る手に力が入ってきて、穏やかな波音が少し乱暴で少し暖かい風切り音に変わった。
「ねーえー!まだ暑いんだけど!」
「当たり前だろ!ちっとは黙ってろ!」
狭い舟の中に大の字になりバッタンバッタン暴れる彼女を一喝する。気に障ること言ってコミュニケーションを取ろうとしてくるタイプだと今更気づくがどうにもならない。そう。どうにもならないのだ。
元いた島には敵国(同盟国)の基地があって、敵国の兵士に追われる彼女をとりあえず庇って小舟に投げ込んだまでは記憶があるが、気がついたら海の上にポツネンと浮いている状態だった。その時点で太陽は随分と斜め上にあった。それが数時間前。目指す予定の島陰は少しは大きくなった気がするが、この文字通り何もない小舟で過ごせる時間はとうに過ぎている。
「なんなんだよもう」
頭は痛いし、わからない話ばかりで困る。コイツはなんだ、僕は今なんでここにいる、なんで庇った、そもそも誰なんだこいつは。
「ねーえー!」
今度はなんだ。
「私って誰?」
何言ってんだコイツ。
「で、君は誰?」
あれ?
僕は誰だろう。
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「僕は僕で名前はえーっと」
「あれぇ!ひょっとして名前ないの!?」
「うるせぇ黙ってろ!思い出してやるから!無い訳ないだろ!」
いや、でも、ちっとも思い出せない。僕は誰でしょう?父さんの名前は▲▲▲で、母さんの名前は◯◯◯で。
だからえーっと。
あれ?僕は誰?
あれ?あれ?あれ?あれ?思い出せない。
呆然としてしまった僕を見て、ケタケタ笑っていた彼女は少し大人しくなる。ただ、それは僕に対する気遣いでなく何かに気づいたようで、それを見ようと目を細めながら僕の後ろを指差す。
「あれ。なに?」
今度はなんだと僕はうんざりした気持ちで振り返る。一瞬でそれを認識したが、理解が追いつかなかった。頬の周りから温度が消える、血の気が引いた。
敵国の船だった。こっちの情け無いオンボロ小舟じゃない。鋼鉄製で、ブリッジがあって…。
哨戒艇。
ちゃんとした船だ。デッキには物々しい装備をまとった兵隊が三人いる。ここは前線じゃない。わざわざデッキに立って周りを見回している。そんな理由はただ一つ。
目が合って、僕を指差した。そのあとたぶん、彼女を見つけた。仲間を呼びつけて騒いでいる。僕の首の後ろあたりがぞわぞわしてきた。怖いんだ。
逃げなきゃと思って僕はスロットルを開けた。小舟の速力があがり、急加速で彼女は、「わぁ」と言って転び、小舟の縁にしがみついた。
でも、こんな加速ではどうにもならない。
「逃げるの!?なんで!?」
「当たり前だろ!逃げなきゃ殺されるぞ!」
殺される。その単語を聞いて彼女の顔つきがなぜか緩んだ。
「でも!すぐ追いつかれるよ!」
「わかってる!わかってるけど!」
なにが楽しいのかわからないが、楽しいそうに言いやがって。スロットルを限界までぶん回し、この小舟にあるものを探した。銃はないのか?漁具はないのか?なんでこの小舟には何にもないんだ!
「じゃあ。私がなんとかすれば良い?」
縁に捕まっている彼女がこちらを向く、相変わらず笑顔で軽い物言いだったが、少し声色が低くなったのかしっかりと聞こえた。
「やれるもんならやってみろ!あの船の乗員全部叩き落として、僕たちがあの船を乗っ取れば最高だな!」
自暴自棄に適当なことを叫んだ。でも彼女は本気にしたようで少し雰囲気が変わった。
「乱暴でも良い?」
もう一段声が低くなった。舟の揺れ幅は変わってないはずなのに、彼女はスッと立ち上がって、目を細めて哨戒艇を見据える。
「いちいち聞くな!出来るもんならやってみろ!」
そう。とだけ彼女が呟いた。彼女の髪がふわりと浮かんだ。風じゃない、気配がおかしかった。
僕のなかから音が消えた。
彼女のスカートの下からぬらりと赤黒い物体が落ちる。白い吸盤がある見た事はあるが、記憶にあるものよりは数十倍は大きい。テカテカと濡れて、それに日差しが反射して気味悪く光っている。一本では終わらない。一本、また一本と落ちて、うねり、互いに絡み合い、ほぐす。蠢く。
彼女の人間の足は見えなくなって、小さな船の半分はその物体で埋め尽くされた。気持ち悪くモゾモゾと動く。塊の中から数本が小舟の縁を掴んだ。彼女と小舟の揺れが同期する。
「行くよ」
音として認識する必要がない。認識しない。瞬きもしない。この景色を目に焼き付ける。目が乾いているはずだが痛みも認識はしない。
「あぁ」
相槌を打ったはずだ、多分そう思う。
それを確定するものは何もない。ただ、彼女は動いたからそうなんだと思う。
モゾモゾが一瞬止まったその後、二本の足が真っ直ぐ船へ伸びて行く。伸びていく最中にどんどん太く、人一人分くらいの太さになっていった。追いかけるようにさらに数本が伸びていく。まっすぐ。文字通り糸を引くように伸びていった。
先に進んだ二本が船の両舷に添うように取り付いてから船を掴み持ち上げる。それが何かを理解する間もなく、揺れる船から敵兵の一人が落ち海に沈む。残り二人は船の縁を掴んで耐えた。だが、それを遅れた足が小石でも蹴飛ばすように吹き飛ばし海に落としていった。
一拍の余韻のあと、追撃の無数の足が、器用に船の扉を開けて船内へ雪崩れ込む。どういう理屈かわかんないが、その足の濁流を逆流して一人また一人と海に放り投げられていった。
そのうちの一人と目が合った、彼のサングラス越しに見えた瞳の色は、同族の深緑色だった。
この世の終わりの様な顔をしている。そりゃそうだ。同族の民が、子どもの頃から聞かされて、僕ら最も恐れる魔物。それが自分を襲っているのだから。
僕らを裏切り同盟国についた哀れな同族。
ーーー助けてくれ!とか
ーーー死にたくない!とか
おそらくそんなことを叫んでいるのだろうが、僕の耳には届かない。認識はしない。
僕は夢を見ているようだ。勇者の勝つ結末が気に入らない大好きなお伽話。万が一でも結果が変わって魔物の方が勝ちそうな話にならないか。何回も何回も読み直したあの物語。僕が魔物ならどうやって勝つか、そればかり考えてしまう大好きな物語。そんな物語がいまここにある。
「あと一人だね!行くよ!」
彼女の声で音が戻る。あぁそうだ。これは現実なんだ。と。
「ほら、乗って。引越しだよ」
満面の笑みで手を差し出す彼女。不意に頬が熱くなった。え?もしかして。いや。そんなことは。突然降って湧いた感情にあえて名前をつける気にはなれなかった。
「あ、あぁ」
とだけかろうじて吐き出し彼女の手をとった。
「逃げないのね」
と彼女も呟く。ただその顔はすごく嬉しそうだ。輝いて見えてしまった。
「嘘ついてたの」
「え?」
「私は誰?じゃなくて。私はリコっていうの。名前はね」
同族の瞳と顔立ちをした彼女は僕に満面の笑みを向けた。小舟と哨戒艇を繋げる自分の足を滑るように移動する。原理はさっぱりわからないが、その移動速度はずいぶんと早かった。
よくわからない二、三度の振動で軽く跳ねたが、安心感が違った。風切り音がとても大きく、顔に当たる風は少し冷たい気がした。
「あの魔物かぁ」
ポツリと出た自分の言葉に気づいてから、ハッとする。たぶん彼女には聞かれていないと思う。彼女は飛び移る先の船を見据えたままだった。
さぁ。彼女の名前はわかったけど、僕は誰なんだろう。まぁ良いか。大見得切った手間もあるし、とりあえず彼女を安全なところに連れて行かないと。と、変な使命感だけが湧いてきた。
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あんなに派手に足が暴れ回ったのに、敵国の船は綺麗だった。ぬらぬらとあの足にまとわりついていたものはこの船にはついていない。計器の異常も見当たらない。海に落ちた奴らの事は知らないが、この船をさっさと動かしてしまおう。全速前進。舵は僕らが乗っていた小舟。
エンジンが唸って身体がギュンと後ろに引っ張られる。小舟の土手っ腹に向かって波の上を跳ねながら一目散に進んでいく。
「ぶつかるよ!」
「ぶつけるんだよ」
だって舵の向く先は、僕らが乗っていた年季の入った情けない木製の小舟だ。彼の年季に理由も愛着もない。海に落ちた敵国の兵士にかける情けもない。
波の上で跳ねて、のしかかかった。船の先で小舟を砕く、乗り掛かって、前から後ろへと。僕たちの足裏から後ろへ抜けていく。木が割れる音と水が弾ける音が混じって振動ともに流れていった。
最後は唸るエンジン音とスクリューが小舟を砕く。
リコは転んでいる。あの足はもうない。今の姿は人にしか見えなかった。
そして哨戒艇は一度波の上で跳ねた。それで終わり。僕はアクセルを少し緩め跳ねない様に加えて計器をいじって舵を固定した。
まだまだ。一息ついている場合ではない。敵国の標準的な哨戒艇ならこの辺に銃が置いてあるはず。あった。拳銃を取り出して、弾倉を確認して再装填。プレスチェック。問題なし。
自分の名前は思い出せないのにこういう事は覚えている。
舵や速度計といった船を動かす計器の隣、通信設備に銃弾を叩き込む。三発だ。銃声にリコの小さな悲鳴が混じった。彼女は転んだまま頭を守る様に抱えていた。ごめん。驚かせてしまった。
でもやる必要があるんだ。壊れさえすれば良い。これで敵国はこの船を消失する。小さな舟をぶつかって、それから消失と認識するはず。
「もう、なんなのよ」
とリコが起き上がる。怪我はない様だ。あれを見た後だとするわけがないとも思う。僕はリコのところに歩みよって手を差し出した。
「リコ、怪我はない?」
「お陰様で」
手を掴んだ。温かい。違和感のない、人間の手だ。彼女を引き起こす。軽い。
「行くよ」と言って手を取ったさっきの景色と目の前にいる彼女との質量が一致しない。
「あ」
引っ張りすぎた、リコが前のめりになって倒れてきた。一致しない質量を確認するため手を離してから両手を広げ、リコを抱き止めた。
やっぱり温かくて柔らかい。違和感のない、人間の身体だ。
でも。
リコは少し震えていた。
でも僕は、あの魔物をいま手に入れた。胸からは達成感が湧き上がる。リコの顔をみて、頬からはまた別の感情が存在を主張するがそれは敢えて無視することにした。
ぎゅっと抱きしめてリコの身体の柔らかさを感じる、身体の沈めた手が少し跳ね返ってくるところで手を離した。満足感。よくわからない暖かさが胸の奥から上がってきた。
意識が、集中が、僕の身体の外に少し広がって、船の揺れを感じた。あぁそうか。やるべきをことを思い出した。進路だ。僕にはやるべきことがある。リコの両肩を掴んで押しのけて、リコの戸惑う顔を敢えて無視してデッキへ出た。目的地は船の前方、目指す島を探して視界の中に捉えた。
「待ってよ!」
リコが追いかけてくる。見えた距離から目算するつもりだったがやめた。振り返った、彼女の目は小さく戸惑いに揺れながら瞬きを重ねていた。
「雑じゃない!?」
まぁ確かにいろいろ雑ではあるが。なんなら僕もその言葉を返したい。
「あの」
リコは改まって声をかけてきた。服の裾をギュッと絞り俯き加減。明らかに怯えている様な様子だ。僕は返事をして続きを促した。
「何?」
「あの、改めて聞くけど、怖くないの?あの魔物のような姿なんだよ私?」
「......。」
予想通りのセリフだった、出会ってからちょっかいばかりかけられていたので、せっかくだから意趣返し的な意味も込めてしばらく黙っている、リコはこちらの真意を図りかねてもじもじしだす。ちょっと面白い。
「あの、だから……。」
スカートを握った手を離さないが、少し背筋を伸ばす。しかし視線は僕に合わない。意趣返しの続き、僕は首を傾げてとぼけた。
「さっき一緒に意気揚々と空も飛んだじゃん?なんなら私が掴んでてあげるから!ってね」
ほんとに今更でしかない、彼女の「行くよ」に僕は乗っかたんだ。なんで今更怖いとかそういう話になるのかわからない。生殺与奪も僕にあるわけではないのにね。
それでも彼女は震えている。もしかして、自分は勇者に殺されるんじゃないかってそう思っている。人を食べる魔物は殺されるのが物語の結末だ。可哀想に。肩まで小さく震えてきた。
面白くなってきた。ただ、このままほっておくと固定した舵が悪さをしそうだ。オートパイロットでは無いのだから。リコの中にある大きな誤解を解くためには、この沈黙に答えてあげた方が良い気がした。少し息を吸って整える。
「全然怖くないし」
少しハッキリと言ってみた。リコの肩の震えが止まって、彼女は目だけこちらを向ける。
「リコがなんとかしてくれなきゃ僕はとっくに死んでるし」
それもある、怖がる。忌避する時点で僕の命は終わっているんだから、そんな事に頓着している場合ではないのだ。
「そ、そうよね!私はアナタの命の恩人だから怖がってもらっちゃ困るわ!」
リコの少し顔が曇った。そうじゃないんだよなぁ。我慢してる訳ではなかった。怖いけど怖がっていられないとかそう言う強がりを言っているわけじゃないんだけど。どう伝えようか少し視線を動かす。まぁ端的に伝えてしまえばいいか。
聞き逃されては面倒なので、僕はしっかりとリコを見つめて、ゆっくりと。
「だって、リコは可愛いよ。怖がることなんかあるもんか」
リコは目を見開いて口をあわあわさせ、顔がみるみる赤くなる。
船のエンジンは快調なはずなのに、どこかで、ボン。と大きな音がした。
「茹でダコになっちゃうぅぅ」
リコはとても恥ずかしそうに文字通り赤面した。
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船の前部デッキで棒立ちのまま、ボンっとよくわからない音を立てて真っ赤っかになったリコ。その赤い色を見て僕は一つ思い出した。
一つと言ってもリコに教えるのはちょっとだけにしよう。にやける顔を無理くり抑えて、努めて普通を装って言葉をゆっくり絞り出す。その間にもなんでもかんでも思い出す。リコはたぶん純粋な子だ。うまくやったな。記憶のない自分。ゆっくり、演じる。無垢な少年を、気取られないように。
「ロホ」
改めて紡ぐ。現地の言葉で、僕のコードネームの一部を。
「赤?」
純真な目が僕を捉える。よし。かかった。
「そう。思い出したよ。それが僕の名前」
リコの目が輝く。我が事にように嬉しそうだ。良い事だと思った。
「ロホ・ルビオ(赤とブロンド)だけど、ロホ。で良いよ。改めてよろしくね。リコ」
「生まれた時に姿のようね(ブロンド髪の赤ん坊)、素敵だわ」
ロホ、ロホ。と小さくブツクサ繰り返すリコを尻目に操舵室に向かって歩く、リコはそれに気づきパタパタと追いかけてきた。
(ほんとはRubio(ブロンド)じゃなくてLibroなんだけど、人間に本って名前はつけないよね)
僕はは思い出した事実を整理する。僕ははナオルの民のゲリラ組織の工作員でコードネームEl libro rojo de la venganza (エル リブロ ロホ デ ラ ベンガンサ) 復讐の赤い本。
いや。安直だろ。
操舵室の扉をくぐり舵を握る、正面にぼんやり見えてきた島を左に抜けるイメージで少し舵を向け、船が少しだけ傾いてゆっくりと曲がっていった。目標となる島の端をとらえたので舵を戻す。一連の動きが収まって、僕はリコの話しかける。
「リコもナオルの民だよね?」
「そ、そうだけど、何にも覚えてないの」
「なんで魔物に?」
僕の言葉を受けて、リコの目には困惑という揺らぎが浮かんで唇が少し震えた。これはほんとにわかんないっていうリアクションだな。
リコは自分の身体を抱いて震えだす。
「わからない。で、でも!ロホも変じゃない!ナオルの民は悪魔のこと怖がるでしょ。じいちゃんばあちゃんからよく聞く話でしょ!小さいタコですら人間を海に引きずり込む悪魔の使徒だと」
片腕は自分を抱いたまま、もう片方の腕で僕を指差す。信じられないと。その後頭を抱えて続ける。
「気がついたら敵国の基地の中で、あ、私、悪魔になっちゃったって気がついて、怖くなって逃げ出した。力の使い方は勝手に分かってて、牢屋の壁を壊して、走って、ジャングルに入ったそん時に何故かあなたが庇ってくれて」
あぁー、なんか思い出してきた。
だからこの達成感なんだな。
なるほど。
「そん時にあぁー、同族だぁって、安心したらなんか暴走して足が出ちゃってあなたを殴っちゃって、あ、ああの、ごめんなさい。不可抗力だったのよ…その」
半分聞いてないセリフを無理矢理定義づけして理解する。言い切ったリコは俯いてスカートを両手で握りしめていた。僕はリコの頭を撫でた。
「まぁ過ぎたことだし大丈夫だよ」
ごめんなさいとリコは俯いたまま小さく答えた。
「僕は魔物が大好きなんだよね」
「え?どういう事?」
「お話はさ。勇者がさ、魔物を倒してお終いだったけどさ、僕はその魔物が好きなんだ。地面に化けたり、あらゆる隙間を縫ってきたり、最初に食べられた人だって悪者だった。勇者が簡単に倒せなかった」
あ。と、リコは何かに気がついたようだ。
「あ、あなた」
互いの目が合った。
「変な人ね」
「うん、まあね。僕は変なやつだけど、リコは可愛い女の子だよ」
顔を真っ赤にしたリコの足に、僕はまたまた殴られてしまったが今度は手加減してくれたようだ。
殴られた衝撃のせいなのだろう、また懐かしい景色を思い出した。
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「今度の引越し先はどこだと思う?」
数年前の夕暮れの、終わり間際の砂浜で聞いた、こんなしょうもないセリフが親子の今生の別れであったなんて思いたくないが、残念ながらそうなってしまった。
敵から追われる逃避行の中、子どもだった自分の不安を取り除こうとしたちょっとした優しさなんだっていうのは、握った手の震えから伝わっていた。母も怖がっているんだなと。
でも、それが最期だとはずいぶんと理不尽なものだった。
最期なら、反対の手で抱えている僕のお気に入りの絵本を読んでほしかった。魔物と勇者のお伽話。それぐらいのわがままが通ったって良いはずだった。勇者の勝つ結末が気に入らない大好きなお伽話。万が一でも結果が変わって魔物の方が勝ちそうな話にならないか。何回も何回も読み直したあの物語。僕が魔物ならどうやって勝つか、そればかり考えてしまう大好きな物語。
母と手が離れてと思ったら景色が赤くなった。その直後、生暖かい液体が顔にかかったのはよくわかった。不思議と嫌悪感もなかった。ただこれが意味するものを理解したくない。そんな些細な抵抗をしている間に何かに押しつぶされてしまう。それも一人分ではなくどんどん折笠なってどんどん重くなっていった。
感じたのは頬に当たるまだ熱い砂粒。聞こえるは穏やかな波の音と乾いた銃声と恐怖に染め上げられた断末魔。思い出すはお気に入りの本の話。握りしめることが出来たその本もどうやら自分と一緒で生暖かい液体に濡れていた。
見える景色はたぶん赤。情熱じゃない。それはとても悔しかった。
そんな思い出があるから僕のコードネームはEl libro rojo de la venganza (エル リブロ ロホ デ ラ ベンガンサ) 復讐の赤い本。僕の組織はずいぶんと安直な名付け親だった。
「後生大事にそんな汚れた本を持ってさ。なに?魔物の方が好きだって?大変結構。勇者じゃなくて魔物になって、奴らをみんな殺しちまえ。俺らからすれば魔物の方が勇者だよ」
魔物はどうやら僕の手の中にいるようだった。じゃあ利用するしか無いね。転がってきたチャンスは逃すわけにはいかないよね。
「リコ。もうすぐ着くよ。君を僕の組織の長に紹介するよ」
ずいぶんと日が傾いてきた。僕らの船は無事に目指す島に着きそうだ。
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ゲリラ組織の長の部屋と言ってもこのこじんまりとした部屋で、長のデスクと四人掛けの打ち合わせテーブルしかない。夕暮れの時間帯だが日が入らず、薄暗かった。部屋に居るのは長と副官、リコと僕。
「可愛い嬢ちゃんじゃないか。ロホも任務の途中で女ぁ拾う様になってずいぶんと立派になったじゃねぇかぁ」
なぁ!と隣に控える部下をバンバン叩いてわざとらしく男泣きの真似ごとをする大柄な女性。この彼女がナオルの民のゲリラ組織「ナオルの風」のリーダー、ビビアナだ。色黒でロングヘアを後ろで束ね、黒目で切れ長の目つき。
リコのような初対面が一番気にするのは、服装だ。今の同盟国の前身である旧軍の詰襟を着崩している。彼女の祖父のお下がりと聞いている。
大げさに泣き真似をして、僕の成長を喜んでいるのだろう、そして怯えるリコの緊張も解そうとしていた。
「嬢ちゃん、名前はなんていうんだい?」
リコは俯き加減でスカートを握りしめて小さく「リコ」とだけ答えた。古典的なナオルの漢を演じるビビアナに対して完全に萎縮してしまっていた。
そう、ナオルの民なら魔物は嫌いなはずだからだ、ビビアナを紹介するっていう時点で大丈夫だとは伝えたがやはり気になるようだ。
「おい、外せ」
ビビアナはリコの様子に気づいて、控えていた部下に目線を向け、席を外す様に言う。部下は頷いて僕たちの横を通り抜け外に出ていった。
彼は部屋の外の護衛にも声をかけて、複数人の足音が遠くまで行ってしまった。聞こえなくなったのを確認してビビアナが座りなよ、と声をかけてきた。僕らは並んで座る。ビビアナは僕らの後ろに回って僕の頭をガシガシ撫でながら喜んだ。
「改めて。よぉく帰ってきた。嬉しいよロホ」
「ありがとうございます」
僕の声は少し低くなった。ビビアナは僕を子どもを褒めるようにごしゃごしゃに撫で回す、ビビアナはいつもそうだ。いつまでも子ども扱いで気恥ずかしくなる。
「ほら、怖いお兄ちゃんはどっか行ったよ」
ビビアナは僕を撫で回す手を止めずに、相変わらず男の様な言い方で、ただ、少し優しくなった声色でリコに呼びかける。これだけでは足りない事はビビアナも僕もわかっていた。リコは相変わらずカチンコチンのままだった。
そんなリコに一瞬視線だけ向けて、また僕に目線を戻して、ガキが面白いおもちゃを見つけた様な物言いでビビアナは続けた。
「ロホ、お前らが乗ってきた船、敵国のだなぁ」
「そうですね」
僕は事務的に返したつもりだった、ビビアナはたぶん勘づいている。
「どやってやっつけた、大変だったろう?」
「そうですね、見張り三人、船員二名を海に叩き落としました」
「ほー。やるじゃない?」
よーしよしと言いながら相変わらずビビアナは僕を撫で回す。誤解のない様申し上げるが僕はビビアナの愛玩動物ではない。
「ありゃあ」
ビビアナのセリフがここで止まる。僕はその先のセリフの予想がつく。どうやらリコもその様だった。瞬きすらせず、揺れる瞳で視線の先の一点をただ見ていた。
「六人定員だったなぁ」
そう。確かに見たのはその五人。デッキに三人、中から二人。後の一人は見ていない。リコ掴まっている時に、ゴリゴリと二、三回跳ねただけ。
リコの方から、ドキン。と音がした様な気がした。彼女はまたスカートを握りしめているのだろう、少し前傾姿勢になっている。僕はそっと手を伸ばす。彼女の手に触れる。やはりそうだった。スカートの上で彼女の手は震えている。大丈夫とは伝えたけどやっぱり怖いよね。仕方ないよ。
「そうですね」
僕は声色を変えずに答える。ビビアナも僕がリコの手を取っている事は承知の上の様だ。「そうか」とだけ答えて続きを促した。
「魔物が、食べたんじゃないですかね」
物語の常識だ。魔物は人を食べて活動する。リコが跳ねた。それぐらいビクッと大きく動いた。
「ハハッ!!良いじゃないか!一人は“やった”んだな!数が逆でも構わんがな!!」
リコが跳ねたことはあえて無視してビビアナは僕をバンバン叩く。
「なんだって良いんだ」
ビビアナの大声と、リコの呟きが重なる。リコの呟きはビビアナには聞こえてなかった。
「お前でも嬢ちゃんでも、奴らを一人殺る事で、俺はとても!」
ここで止まる。リーダーは演説家の方がよく映える。
「幸せな気持ちになる」
ビビアナは僕を撫でるのをやめて、僕と肩を組む。そしてリコに向かって語りかけた。
「俺は使えるもんはなんでも使う、ここにいるロホもそうだし、リコが魔物だったらそれを利用するだけ。迂闊?不用心?知ったことか。手段なんか選んでらんないよ」
一拍の間が空いて、ビビアナは僕を解放して、ゆっくりとテーブルの向かい側に歩き、どかっと座る。リコは相変わらずカチンコチンのままだった。ビビアナはそれをじっと見つめながら、テーブルに肘をついて、腕を立て、指を組んで、そこにゆっくりと顎乗せて。小さくため息をついてから、呟いた。
「それがゲリラ組織の長ってやつよ」
そして可愛げにウインクをした。
演じる漢とのギャップはあるが、あまり可愛げがあるとは思えない。僕の反応は気にも止めずビビアナはリコに向かってもう一度ウィンクをする。残念ながらリコはまた震えている。目も合わせてくれなかった。
「あんた、その服は囚人服だろ、敵国に囚われていた同族をロホが拾って来た。それで充分、あんたはそういう事になる。行く宛もないならここに居な、服くらいは用意してやるよ」
何度も聞いたビビアナからのありきたりのセリフ、でも、必要とされていると思わせる何かがあった。何人もの人間がコロッとこれにやられるんだ。当然僕もその一人だった。
「あ、あ、あああの」
跳ねたり小刻みに揺れたり、震えたり。動揺という字に手足が生えた様な生物となっていたリコが、ようやく聞き取れる声量で言葉を発した。
ウインクの効果あったじゃないかと言わんばかりにドヤ顔をこちらに向けるビビアナ。それはあえて無視して僕はリコに目線を向ける。
「よよよ、よろしくお願いします!」
リコの目には涙が浮かんでいた。
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「寝たか?」
ビビアナはグラスに入った酒を煽る。長の部屋のテーブルの真ん中には蝋燭があって、僕はその向かい側にいる。外からの光はない、今宵は月も出ていないようだ。
「暗くなってからすぐ寝ましたよ」
僕は嬉しさを堪えて淡々と話す。いろいろ吹き出して話してしまいたい。でもまだだ。と理性が抑え込む。ビビアナも意外にも嬉しそうだ。
「軟体生物インベーダーの遺伝子を改造して投与された実験体、まさかそのまんま居るとはねぇ」
「魔物なんで殺しますか?ナオルの英雄はそうしますよ」
そんなわけないと確信しているが、ビビアナに答えさせるために、ふっかけた。
「俺は英雄じゃねぇ」
黙って頷ておく。ビビアナが酒を煽る。良いペースだ。やはり機嫌がいいらしい。
「じゃあなんで聞いた」
「覚悟の。確認ですかね」
「ほう」
そう言って彼女は、覚悟。という言葉に反応している。グラスを片手に僕を睨みつけてきた。蝋燭の灯りしかないのに、彼女の顔はハッキリ見える。闇と蝋燭の灯りが照らす境界がちょうど彼女の輪郭だという様に、彼女の顔はしっかり照らされていた。
そう。
彼女にもまた背負ってもらう。
「彼女は僕が“使って”も良いですか」
「お前が“連れて”きた。だからお前が“一緒にいる”権利を持っている」
なんだそんな事か、とでも言いたげに言葉を訂正された。ビビアナの中ではもう、リコはナオルの風の一員らしい。「ただ」そう言って彼女は席を立ってから蝋燭の灯りの外へ行ってしまった。
「ほらよ」
そう言って彼女は乱雑に本を僕に投げつけてきた。薄暗い空間でもハッキリとそれは見えた。あの本だった。血まみれで汚い。でも、僕にとっては大事だった。この任務に出る前に燃やしたはずの。大事な本。
「最初から」
ビビアナは席につく、彼女のセリフ、動作にあたりがつく。彼女は肘をついて指を組んで顎を乗せる、似つかわしくないウィンクをする時の定番だ。
「俺らからすれば魔物の方が勇者だよ。やろうじゃないか。その本の、伝説の塗り替えを」
本を見る、偽物でもない、染みついた血痕は変わらない。
手にとってみる、重い。
「ありがとう。ございます」
僕はそれしか出なかった。
「良し!引越しだ!」
ビビアナが大きな声で叫んだ。意味がわからない。
「やろうじゃないか、地獄の消耗戦ってやつをさ、お前だけには背負わせない」
リーダーというのは、演出家の方が良く似合う。改めてそんな感想しか出てこなかった。
「あとあれだろ?惚れてんだろ?さっすがだよな。魔物に恋するっていうのは」
僕は声にならない抗議の声を上げたが取り合ってはもらえなかった。
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暗く薄汚い路地裏。深夜のスコールが僕の身体を打ち付ける。ここを照らすべき月明かりも、雲に覆われて光は入ってこない。光も音も掻き消された。最高の環境だ。
男が一人、文字通り転がり込んでくる。同盟国の制服は泥に塗れるが、そんなのに構う余裕はないようだ。四つん這いになってバタバタと足掻く。手が滑り、足が滑る。転がってでも地を張ってでも逃げようとする。生きようとする。そうやって僕らを裏切ったのだろう。いい気味だ。
「ああぁぁあぁあ」
その男は情けない声を上げている、その男の瞳は同族の深緑色だった。男が僕に気づいた。
「助けてくれ!魔物だ!魔物なんだ!」
激しい雨音に紛れ、どうにか聞き取れた。彼は出鱈目に立ち上がって、僕に掴み掛かってきた。
「魔物?」
あえてぼんやりとした言い方をした。彼には噛み締めてもらいたいから。
「そうだよ、あの魔物だよ!」
同族なら知っているんだろう!と、彼は僕を激しく揺さぶった。
「はぁ?そんなのいるわけないじゃん」
呆れた顔で吐き捨てる。でもうまくいかなかったようだ。彼は腕を止めて、僕をみる。彼のの瞳は揺れている。僕が嘲笑っていることに気づいてしまった。ダメだな、もっと練習しないと。
「お前がっ!」
彼は僕は何者であるかに気づいた訳ではない。ただ、この状況を仕組んだのは僕だと気づいたようだ。
息を切らし唸りながら、腰にぶら下げている銃を抜こうとするが、緊張なのか、このスコールで濡れたホスルターはいうことを聞かない。
もう良いよ。とリコに合図を送る。リコの足が彼の身体を捉えた。ウナウネしたリコの足が、彼の腰に巻きついて、音も無く彼を持ち上げ、足が地面から離れ、空を切った。彼の断末魔が路地にこだました。僕にはぼんやり聞こえるが、スコールが打ち付ける雨音にかき消される。
肉が裂ける音も。
骨が砕ける音も。
同じように雨音にかき消される。
上出来だ。
「ご馳走様」
彼女の声がする。雨が上がり、雲が晴れる。月光が彼女を姿を映し出す。彼女は相変わらず僕の目を奪う。
浮かび上がるのは、月明かりにてされて白っぽく見える黒い髪。同族の瞳は怪しく光り、雲が明けるたびに徐々に照らされるのは人間の上半身。その下の姿はまだ影だ。
影の奥に浮かぶは、ぬらぬらと蠢く魔物の一部。絡まり解け、また絡まりあう。濃淡が分かれた黒色の中で、リコの下半身は蠢いている。
彼女が歩みを進めるたびにそれも徐々に月明かりに照らされて、キラキラと艶めかしく光る。
魔物だというから、もっと醜い姿だと思っていた。でもそうじゃなかった。いや、どんな姿でも僕はこうなったんだろう。
勇者の勝つ結末が気に入らない大好きなお伽話。万が一でも結果が変わって魔物の方が勝ちそうな話にならないか。何回も何回も読み直したあの物語。
僕が魔物ならどうやって勝つか、そればかり考えてしまう大好きな物語。そんな物語がいまここにある。
全てが照らされたリコの姿はやはり綺麗だった。
「僕は、君に恋したんだ」
物語に足りないピースはたぶん、これだ。
(終わり)




