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〖 Overflow 〗  作者: 夜鷹
2/2

01.Spotted

機械化革命から20年後の世界では...

ある男がロンドンに着いたその日、


クレシェンテ・サエッタは観光名所ではなく裏路地を歩いていた。


石造りの壁。湿った空気。積まれたゴミ袋。

どの街でも、本当の顔はこういう場所に出る。

「悪くない」


白いスーツの襟を整えながら、彼は小さく呟いた。

その時だった。


「今週分だ。払えねぇなら店たためぇ!」

怒鳴り声が路地を震わせる。


奥の小さな雑貨店の前で、若い男が二人、店主を囲んでいた。


一人がレジを指で叩き、もう一人が胸ぐらを掴んでいる。


「ま、待ってくれ……今週は本当に厳しくて……」


「そいつは大変だが関係ねぇな」


拳が振り上がる。

その前に、低い声が割り込んだ。


「どこにでも居るもんだな」


三人が振り向く。


白いスーツの老人が立っていた。

場違いなほど整った姿。


「なんだジジイ、関係ねぇだろ」

「あるとも」


クレシェンテは路地のゴミ山から古びた置き時計を拾い上げる。


「私は金を払う側の人間だ」


男たちが一瞬戸惑う。


「だがな、払えない者から無理に取るやり方は嫌いでね」


次の瞬間、時計が振り抜かれた。

鈍い音。

一人が壁に叩きつけられ崩れ落ちる。

もう一人が殴りかかる。


クレシェンテは腕を掴み、体勢を崩し、金属製のゴミ箱へ顔面から押し付けた。


蓋がひしゃげる音と同時に男は沈黙した。

「若いのに礼儀がなってねぇ」

淡々とした声。

最後の一人がナイフを抜く。


クレシェンテはため息をつき、落ちていた箒の柄を拾った。


一歩踏み込み、手首を打ち、膝を払う。


ナイフが転がり、男も転がる。


襟首を掴み、壁に押し付ける。


「次にこの店に来るなら、ちゃんと請求書を持って来い」


低く、静かな声。


「それが出来んのなら、仕事を変えろ」


手を放す。

男が倒れ込んだところへ、クレシェンテは靴底をふわりと後頭部に乗せ、地面に押し付けた。

静寂。

店主が震えながら近づく。


「あ、あの……助かりました……でも、あいつらこの辺の……」

「犬に噛まれただけだ」


帽子の角度を直す。


「ロンドンは初めてでね。挨拶がわりだ」

「え……?」


「この辺で、まともに酒が飲める場所は?」


店主は呆然としながらも、バーの場所を教えた。

― バー ―

煙、酒、低い笑い声。

クレシェンテはカウンターに腰掛ける。


「スコッチを」


グラスが置かれる。

一口飲んだ、その時。


「派手な挨拶をしたみたいだね」


隣に座っていた人物が言った。

黒いトレンチコート、端正なスーツ、フェルト帽。

そして――その顔は、機械で出来ていた。

クレシェンテは横目で見る。


「お前があのサイボーグってやつか」

「まあ、だいぶ広まってるねぇ」


軽い口調。だが目は笑っていない。


「酒を奢ってくれるのか?」

「いいえ? 貴方に話があるの、“サンダー”さん」


グラスを持つ手が、わずかに止まる。

忘れ去られたはずの名前。

だが裏社会の網は、記憶よりもしつこい。


「貴方さっき、チンピラを三人懲らしめたよね?

彼らはあれでもファミリーの末端なの」


「どうせ捨て駒だろうに……」

「そう。でも貴方はそれを“許可もなく壊した”」


スコッチの表面が揺れる。


「……ところでファミリーってなんだ?」


一瞬の沈黙。


「へ?」

サイボーグは吹き出す。


「あっははっ! そっか旅行者だったね、ほんと可哀想」


笑いながらも、目は冷たいまま。


「ファミリーはこの国最大手のマフィアの呼び名。

幹部が同じ血筋の一家でね、結束が異様に強いのよ」


「……はぁぁ」


自分の立場の重さを、ようやく理解する。


「それで、なんでお前さんは俺を追ってきたんだ?」


「助けに来たの。私もファミリーの幹部だから」


「助けると言って駒にする気だろうに……」

「察しが早いね」


羽のように軽い口調。


「私が執行猶予を与える。監視役は私。

そうやって“信頼”を取り戻すの」


それが隷属であることは、言葉にしなくても分かる。


「断ったら?」


「そうね……少なくとも」


彼女はグラスの縁を指でなぞる。


「君の居場所がどこにも無くなると思う」


その瞬間、クレシェンテは気付く。


店内の客の何人かが、不自然な角度でこちらを見ている。

出入口付近の男。奥のテーブルの二人組。


全員、酒に酔っているふりが下手すぎる。


――囲まれている。


ロンドンの夜は静かだった。


だがその中心で、

白いスーツの老人は、初日から街の支配者に値踏みされていた。

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