第五話 強欲にまみれた詐欺師
数時間に及ぶ、神の領域からの、徹底的なスキャニング。
ついに、ノクトの魔力モニターが、一つの、異質な光点を、捉えた。
『…見つけたぞ』
灰色の光の海の中で、一点だけ。
商業地区の一角に、まるで地獄の業火のように、禍々しいまでの、金色のオーラを、ギラギラと燃え上がらせている光点があった。
ノクトは、その一点に、解析の焦点を絞った。
『…この、どうしようもなく汚く、そして、美しい輝きは…』
モニターには、王都商業地区の一角が、ズームで映し出されていた。
モニターの中の景色は、異様だった。
やる気を失い、道端に座り込む人々。半分だけシャッターが下ろされ、ゴーストタウンのようになった商店街。
その、時が止まったかのような灰色の世界で、一人だけ、まるでコマ送りの映像の中に紛れ込んだ早送りの映像のように、エネルギッシュに動き回る男がいた。
不徳の神官、テオ。
テオの魔力オーラは、他の人々のような生気のない灰色ではなく、まるで溶かした黄金のように、ギラギラと、禍々しいまでの輝きを放っていた。
『…面白い。こいつだけ、全く影響を受けていないな』
ノクトは、テオという存在に、解析の焦点を絞った。
悪魔アウディトールの契約魔術は、魂が持つ「目的意識」「向上心」「達成感」といった、前向きな精神エネルギーをターゲットとし、その数値を強制的にゼロにする、一種の状態異常魔術だ。
聖女であるアイリスでさえ、その影響に抗いきれず、虚無感に苛まれている。
だが、なぜ、この不徳の神官だけが、平然としているのか。
いや、平然としているどころか、むしろ、以前よりも、活き活きとしているようにさえ見える。
『…なるほど。そういうことか』
ノクトは、テオの魂の構造を、神の視点からスキャンし、そのカラクリを、一瞬にして見抜いた。
『あの契約魔術は、魂の「やる気」というパラメータを参照し、その数値をゼロにする。だが、テオの魂には、そもそも「やる気」というパラメータが存在しない。…いや、違うな。奴の魂を駆動させている精神エネルギーは、「やる気」という、前向きで、健全なものではない。…奴を動かしているのは、もっと、混沌として、粘着質で、そして、どこまでも利己的な…』
ノクトは、その精神エネルギーの正体を特定し、まるで面白いバグでも発見したかのように、口の端を吊り上げた。
『…「金儲けへの欲望」。…そうか。奴の魂のOSは、「勤労意欲」ではなく、「強欲」で動いているのか。契約のプログラムが、参照すべき変数を見つけられずに、エラーを起こしているというわけだ。…面白い。奴の、そのどうしようもなく汚れた魂が、結果的に、悪魔の契約に対する、完璧なワクチンになっているとはな』
モニターの向こう側で、テオは、まさしく、その「強欲」を、最大限に発揮していた。
彼は、やる気を失って道端に座り込んでいる商人たちを集め、演説台代わりの木箱の上に立ち、熱弁をふるっている。
「おい、お前ら! いつまで、そうやって、死んだ魚みてえな目をしてやがるんだ! やる気が出ねえ? 結構じゃねえか!」
その声は、この灰色の世界で、唯一、力強く響き渡っていた。
「そのやる気のなさを、俺に売れ! 俺が、お前らの代わりに、働いてやる! お前らの代わりに、店を開けてやる! お前らの代わりに、大儲けしてやる! もちろん、利益の九割は、経営コンサルタント料として、俺様がいただくがな!」
彼は、人々の「無気力」すらも、新たなビジネスの種にしようとしていたのだ。
その、悪魔アウディトールでさえもドン引きしそうな、強欲なエネルギー。
人々が怠惰に沈む中、テオだけは全く影響を受けず、むしろ「ライバルが減った」とばかりに商売に精を出していた。
ノクトは、その光景を、感心したように、しかし、どこか侮蔑を込めて、眺めていた。
(…なるほどな。悪魔の「契約」に対抗できるのは、それ以上に、業の深い、人間の「欲望」というわけか。…フン、どちらも、俺のゲーム環境を汚染する、害虫であることに、変わりはないがな)
だが、今は、その害虫を利用するしかない。
ノクトは、確信した。
悪魔アウディトールの、ルールに縛られた、官僚的な思考。
その、ルールの穴を突き、裏をかき、そして、平気で、それを踏みにじることのできる才能。
それは、王国広しといえども、この不徳の神官、テオをおいて、他にいないだろう、と。
『…面白い。実に、面白い』
ノクトは、まるで面白いバグでも発見したかのように、口の端を吊り上げた。
その、どうしようもなく汚れた魂が、結果的に、悪魔の契約に対する、完璧なワクチンになっているとは。
彼は、ついに、このクソゲーの、攻略法を、発見したのだ。
彼の脳内には、すでに、王国で最も不徳な神官を、地獄の法廷へと送り込むための、壮大な(そして、あまりに悪趣味な)計画が、組み立てられ始めていた。