小さい君と思い出させない君
「お兄ちゃん早く、早く!」
こちらを焦らせるように手を引きながら前を歩く少女、どこか見覚えがある住宅街を二人で走っている。そこは昔よく妹と一緒遊んでいた公園へ向かう道で春になると桜が咲き、綺麗だったのを覚えている。
「……お兄ちゃん?」
心配そうにいる少女は間違いなく死んだはずの金森梓……妹である。
こちらも何かを言わなければと口を開けるが……声が出てこない。何を言おうとしても口が開くだけで喉から音が出てこなかった。そして段々とある事に気づいた。
そう……これは夢なのだという事に。
その事に気づき始めてから俺は子供の頃の姿ではなく、今の高校生くらいの背まで戻っているのに気づいた。そして妹が先ほどまで自分の手を引いていたが、そこにはもう一人の小学生くらいの男の子が手を引かれながら一緒に走っていた。
「おい!あんまり急がなくても大丈夫だよ」
少年は少し困ったようでその口元は笑っていた。
これは昔の自分だった。まだ小学生くらいだったと思う。
笑顔の妹と少年はそのまま公園まで走っていく。それに続くように俺も少年たちの軌跡を辿る。
懐かしい……そう感じさせるほど時間が経ったのかと思わせるほど、現在の街並みとは異なっていた。例えば今横を通り過ぎた駄菓子屋や、少し古びた民家など今では取り壊されてマンションや小規模の商業施設などに変わり、昔とは似ても似つかぬ姿に変わってしまっていた。
「お兄ちゃん、こっちこっち!」
「ま、待ってよ!」
いつの間にか少年と妹は手を離して先に妹の方が公園の前についていた。それに続くように息を切らした少年が公園にたどり着き、疲れたように立ち止まった。
それに続くようにこちらも公園の前までたどり着く。公園の中はジャングルジムやターザンローブ、鉄棒や平均台などがある。そのほとんどが現在では無くなっており、あるのは滑り台と鉄棒くらいだったと思う。
そう懐かしんで周りを見渡していると妹と少年は平均台方に走って行った。
「お兄ちゃん、見てみて!」
そう言うと妹は平均台の上を全速力で走り始める。それに慌てたように少年はアタフタとしながらその後ろを追いかける。
「おい、危ないからやめるよ!」
そんな少年の制止も聞かずに妹は平均台の中央付近までかけていく。しかし、途中で足を踏み外して落っこちようになった。それに動揺するように俺も体が動いていた。妹が平均台から落ちる瞬間、落ちても大丈夫なように支えようと手を伸ばした。
しかし妹に触れることはなく、俺の手を透けて平均台の上から落ちてしまった。
「ア……イテテ、落っこちちゃった!アハハハ!」
俺を透けて平均台から落ちた妹は少し足を擦りむいたり手のひらを怪我したようだが、大事には至らなかったようでまた元気よく笑いながら走り出してしまった。
そして、先ほど妹が落ちた瞬間不安の表情でいっぱいだった少年は安堵したようにまた後を追い始めた。少年と妹はそれからいくつもの遊具で一緒に遊び、そして笑っていた。それを見ているとこちらも微笑ましくて、懐かしくて、そして何より今はもうそのどれもが得られないのだと思うと寂しさがどうしようもなく溢れ出てくる。
……何故今になってこんな夢を見ているのだろう?昔の夢を見ることは多くある。例えば自分が行った場所、出会った人、体験した事等、それがごちゃ混ぜになった夢をよく見ることがある。しかし、これは本当にあった出来事だ。
夢は記憶の整理や定着、感情のメンテナンスの為に行われる事象なのだと何かで聞いたことがある。夢が記憶の整理や定着の為に行うのはわかる。けれど……感情のメンテナンスの為に見ているというのは本当だろうか?だとするのなら、これは何かしら自分の中で引っ掛かる事があったから見ている夢なのだろう。それが何かはまだわからないけれど……そう思っていると段々、夢の中で考え事をするなんて少しおかしな状況に鼻で笑ってしまった。
「……ねぇ、あなたは誰?」
いきなり後ろから声をかけられ驚いて振り返る。そこには顔に靄がかかった一人の少女が立っていた。表情は見えないが明らかにこちらを凝視している。その事に驚いていると少女は訝しんだまま俺の横を走り抜けていった。
「あ!お兄ちゃん、――――ちゃんがきたよ!」
妹が元気よく、近づく少女に手を振った。少女もまた、妹と少年に手を振りながら近づいていく。少女が二人に合流すると妹は「何をしようか?」と言ってからかくれんぼや鬼ごっこ、それ以外の色々な遊びを提案しては強引に遊び始める。それを幾度と繰り返すうちに少女と少年は少し困った顔をしては妹を見て笑顔になっていた。そして数時間が経った頃、日が少しだけ傾き先ほどまで左側にいた影が、右側に移動し始めた頃、妹は遊び疲れて近くのベンチに座り込んでしまった。
「もうそろそろ、家に帰ろうか?」
少女は妹が疲れたのを見てそう声をかけた。しかし、妹はまだ遊び足りないと首を横に振った。
「梓、あんまり迷惑かけるなよ?今日はここまでだ」
少年は諭すように言葉をかけたが、妹は少し寂しように足をぶらぶらとさせながら首を振り続けた。少年は困ったように少女を見たが、少女は笑顔のまま妹の手を握って優しく語りかけた。
「梓ちゃん!今日はもうお別れで寂しいかもしれないけど、また明日ここで遊ぼうよ!その時はもっと面白い遊びをしようね!」
じっと見つめる少女の視線にそれが嘘ではないと思えたのだろう妹は段々と表情が明るくなり始め、すぐに先ほどの元気を取り戻して少年の手を引き走り始める。
「――ちゃん!また明日ね、やくよくだよ!」
そういうと手を振りながら妹と少年は公園を出ていく。残された少女は二人が見えなくなるまで手を振り続けていた。少女も二人が見えなくなると公園から出て行こうとする。
それを引き止めようと俺は手を伸ばして、少女に声をかけようとする。しかし、口は開くが喉の奥から音が出てこない。何度も口を開いては閉じ、何を言っても何を叫んでもこの夢の中では声を発する事ができない。
俺はこの少女を知っている。確かに昔……まだ妹が元気な頃によく遊んでいた。けれど、いつからだろう……この少女の事を忘れてしまったのは……いや、忘れようと思ったのは。楽しかった過去、思い出したい過去、妹が……いた過去、そのどれもを忘れてしまいたくて、心の奥底にしまった。それを思い出せないように、自分が傷つかないよう隠して偽って……本当に忘れてしまったのだ。今見ている夢も今まで忘れていた。けれど、今になってこの記憶を思い出したのは何か自分の中で思い出さなければいけない事があるのだと思った。そして多分その思い出さなければいけないことは、この少女の事なのだと思う。
そう思いながらも何度も少女の方に口を何度も動かして声をかける努力した。しかし、先ほどと同様にその声が発することも、少女に気づいてもらう事をできなかった。手を伸ばして少女の肩を掴もうともしたが、手がすり抜けて少女に触れることもできない。必死に少女を引き止めようと後を追うが、今度は足が段々と重くなり始めてきた。
そしていつの間にか俺は立ち止まっていた。重くなった足が上がることはなく、少女は段々遠く離れていく。そして少女の姿が見えなくなるまで俺は後ろ姿見ていた。少女が見えなくなる頃、まだ醒めない夢に少しの苛立ちを感じてため息をついてしまった。
何故……今になって少女の事を思い出したのだろう?ずっと忘れていた記憶を……思い出したくないはずなのに。
「過去のことなんて思い出したくないに」
いつの間にか口から言葉出していた……いや、出せていたのだ。先ほどまで声が出なかったはずなのに、今更になって出る声に驚きと失望をしていた。
「まだ思い出せないの?」
突然背後から声が聞こえた。その声に驚き、振り向くと先ほど歩き去ってしまった少女がこちら見ていた。
そして先ほどとは違い、顔にモヤが掛かることなく……はっきりとその輪郭を捉えていた。
それと同時に……俺はその少女のことを思い出した。
「……君は」
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