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過去の記憶

過去の記憶

「…に……ゃん?」

 遠くの方から声が聞こえる気がする。それは掠れていてうまく聞き取れないが、聞いたことのある声だった。

「お兄ちゃん、起きてよ!」

 その声がハッキリと聞こえ始めた時にそれが現実なのだと認識した。重い瞼を上げるとカーテンから差し込む陽光が朝なのだと認識させる。

「お兄ちゃん、もう9時過ぎだよ?休みだからってあんまり寝過ぎたらよくないよ!」

 不機嫌そうに声をかけてくるショートカットの少女は、勢いよくカーテンを開ける。開かれたカーテンから日の光が一気に部屋を包み込み、先程まで薄暗くなっていた隅の方まで照らし出す。

「勝手に部屋に入ってくるな……有紗」

 金森有紗、数年前に父が再婚してその時に義理の母なった金森加奈江の娘である。つまり、義理の妹にあたると言うことだ。容姿としては、義理の母同様に容姿端麗であり明るく……誰にでも平等に接することができる人物である。

「お兄ちゃんが起きないからでしょ、早く支度してよ」

「……」

「お父さんと行くんでしょ……お墓参り」

 ……今日は妹の墓参りの日だった。

 今から五年前の事、病気になった妹が約一年の闘病の末亡くなった。そして今日がその命日なのである。

 憂鬱になりながら眠い目を擦りる。

 ふと外を見ると草は枯れ、木々は葉を落として秋には見えなかった幾重にも別れた枝が顔を出している。

 そして冷たい風が冬であることを知らせるように吹いている。

 ため息をついてからべットを立ちあがろうと布団を剥ぐと先程まで布団で暖まった体温が一気に冷めるのを感じる。

 二月の下旬、これは俺が高校一年生の頃の記憶だ。当時はまだ夏森との面識もほとんどなく彼女……雪城とも出会う前である。

「お父さんもう準備できてるから早く支度してね!」

 有紗はそう言って部屋を出て行った。俺は一度背を伸ばしてからベットから立ち上がり、身支度を整える。

 5分くらいしてから階段を降りてリビングに向かう。

 リビングの扉を開けると正面にテーブル、奥にはテレビとソファーが置かれている。そしてそのソファに座りながらテレビを見ているのが俺の父親である金森義人(かなもりよしと)である。

「……起きたか」

 扉を開けた時に気付いたのか、こちらに振り返り声をかけてくる。

「早く朝飯を食え、終わったら出かけるぞ」

「……ああ」

 当時の俺と父親は余り仲が良くなかった。元々寡黙で余り会話をする人ではなかったが、再婚をきっかけにほとんど会話をしなくなった。偶に会話をしても先程のように淡々と話すだけでそれ以上の会話をしない。

 妹が亡くなる前くらいまでだろうか?それくらいまでは偶に妹と俺で父親とキャンプや釣りなどに一緒に行って楽しく会話もしていたと思う。けれど、妹が亡くなってからは会話も減り……そして再婚してからほとんど話さなくなった。

「そうだ……有紗と加奈江は二人で買い物に出かけたから夕方まで帰ってこないらしい」

 金森加奈江(かなもりかなえ)、父親の再婚相手である。有紗同様に容姿端麗で明るく……義理の息子である俺にも優しく接してくれる凄く良い人である。

「……」

 その後は無言のまま、朝ご飯を済ませて荷物をまとめてから家を出る。玄関を開けると冬独特の乾いた空気と肌を突き刺すような冷たい風を感じる。

「最近はどうなんだ」

 家のすぐ横にあるカーポートまで歩いている途中に父が話しかけてくる。

「……何がだよ」

 そう返すと停めてある車のランプが黄色く点灯して扉のロックが外れた音がする。その音の後に取手に手をかけて扉を開ける。

 車に乗り込むとすぐに父はエンジンをかける。エンジンがかかると車体が少し揺れてエアコンのファンが回り始める音がした。

 ゴーっという音と共に生温い空気が少しの間エアコンから出てくるが少しすると段々と暖かい空気に変わってくる。

 大体5分くらいだろうか?少し車内の空気が温まり始めた頃に父は車を走らせ始めた。

「学校は……楽しいか?」

「……別に普通だよ」

「……そうか」

 普段なら余り話しかけてこない父なのだが、妹の命日に限ってはいつも違う。普段なら言わないようなこと、しないような行動をしてくる。

 当時はそれが凄く気に食わなくて、余計に父親との距離を取りたいと思ってしまっていた。

 先程まで住宅街を走っていたが、30分ほど車を走らせると次第に建物が減っていき、逆に木々や田んぼなどが多くなっていた。

「墓参りの後に母さんの実家によるからな」

「……」

 ボーと外を見ながら父の話を聞き流す。毎年、妹の墓参りの後には本当の母、金森沙耶香(かなもりさやか)の実家に行くことになる。

 これは墓参りの帰りに祖母の家があるからと言う理由でもあるのだが、後は……まぁ、多分俺に気を遣っているのだろう。

 父親が再婚してから俺は余りあの家にいたくないと言う気持ちがあり、それは……まぁなんだ、当時の俺はまだ高校生で余り周りの気持ちを考えたりなどのことができていなかったんだと思う。

 だから裏切られた気持ちが強すぎて……父が再婚したことが許せなかったのだ。

「ついたぞ」

 外の光景を眺めているといつの間にか目的の場所についていた。車から降りるといくつもの墓跡が立っているのが見える。

 妹が死んでから毎年、この線香や枯れた花やまだ新しい花の入った花瓶などの混ざったような匂いを嗅ぐと嫌でも妹の墓参りに来たのだと思わせる。

 荷物を持ち、砂利道を歩く。いくつかの墓石の前を通り抜けると金森と書かれた墓石がある。

「おはよう……梓、それと母さん」

 金森梓(かなもりあずさ)……約五年前に病気で亡くした俺の本当の妹だ。性格は明るく無邪気でいつも俺や父を困らせてはいたが、大切な……大切な家族だった。

「今年も来たよ……」

 そう言って俺は手を合わせて静かに目を瞑る。十秒程手を合わせてから、持ってきていた布巾で墓石の周りを拭き始める。

 十分から十五分ほどで花瓶の花を変えたり、墓石周りの掃除などあらかたの作業を終えてから父親が線香に火をつけた。

 線香の束を半分ほどに分けて父はこちらに渡してくる。受け取ってから、線香皿の上にそれを置く。目を瞑りもう一度手を合わせて、今度は先程よりも長い間それを続けた。

「……」

 目を瞑ってる間、少し前のことを思い出した。

 それはまだ、母が生きていた頃の記憶だ。その当時はまだ、五歳くらいで妹も二歳になるかならないか位の年齢だったと思う。

 その時から母は病院に入院することが多くなっていた。幾度かの入退院を繰り返していたから、梓はよく母のことを覚えてはいなかった。

 俺はよく病院にお見舞いに行っていたので、母の事は記憶に残っているし、会う度に嬉しそうにする母の顔を今でも覚えている。

 その頃は父とも話していたし、今のように会話が少ないなんてこともなかった。

 けれど六歳になる頃には母の病状は悪化していき、ほとんど立てないような状態にまでなっており、病院でほとんどの時間をベットの上で過ごしていた。

 その頃くらいだろうか、母が会う度にある事を俺に言っていた。

「ごめんね、出雲……貴方や梓にはいつも迷惑をかけてしまって」

「そんな事ないよ!」

「出雲は……凄く優しい子だからそう言ってくれるけど……」

 そう言うと母は少し微笑みながら頭を撫でてくれた。そして抱きしめてから涙声でいつもこう言うのだ。

「本当に……ごめんなさい」

 申し訳なさそうに謝る母を見てオレはいつも元気づけるように笑顔で「大丈夫」と言っていた。そう言わないと母がどこかへ行ってしまうような気がして……凄く怖かったから。

「父さんも梓も俺がいるから大丈夫だよ!だから心配しないで良いし、母さんは……母さんは謝らなくて良いんだよ!」

「そうね……出雲がいるから大丈夫ね」

 母さんを笑顔にできて本当に嬉しかった。この時はそう思っていた。

 けど……今になって思う……本当は母さんの謝る姿なんて……見たくはなかったのに。

「そろそろ行くか」

 その声と同時に閉ざした瞼をゆっくりと上げる。

 線香皿から煙がゆらゆらとのぼっていくのを見ながら立ち上がる。

「ごめん、母さん……あの約束も……守れなかったよ」

 そう誰にも聞こえないような小さい声で呟き、俺と父は荷物をまとめて車まで戻る。

「……そろそろ行くか」

 そう言うと父は車に乗り込もうと扉を開ける。

「父さんは……婆ちゃんに会うのか?」

 少しの沈黙の後、父は口を開く。

「いや……お前を送ったらそのまま帰る」

 いつものことだ。父は墓参りの後に俺を祖母の家に置いてそのまま帰る。

 祖母や祖父に会いづらいのもあるのだろうが、……多分一番は母の記憶を思い出したくないからというのが理由だろう。

「……それなら俺はここから一人で行くよ」

 そう言うと父は少しの沈黙の後に財布から交通費を出してこちらに渡してくる。それを受け取り、自分の荷物を車から出すと父は車を走らせる。

「そんなに思い出したくないのなら……墓参りなんてするなよ」

 肌を突き刺す様な寒さが少しの不満と心の隅にある父への怒りと共に白い息となって出てしまった。

 

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