君と出会い、そして語る
上下左右に揺られながら窓の外に目を向ける。
電車の中で見る光景は瞬く間に変化していく。先程まで見えていた建物は次々に見えなくなり、また新しい建物が現れる。
ガラス張りのビル、広告がデカデカと映し出される電光掲示板、ごちゃごちゃと色々な店が連なる建物など都会といって差し支えない光景を目にしていると何だか疲れてきてしまう。
電車内に視線を戻すとスーツを着た会社員、これから出かけるのであろう学生達、どこに行くのかわからないヘッドホンをかけて目を瞑る青年、どこにでもある光景であり見慣れた光景でもある。
電車に揺られて向かっている先はとある駅である。人との待ち合わせがあり、現在朝の9時をすぎたところだが、もう少しで到着する予定だ。
「……久しぶりだな」
ついそう呟いてしまった。
思い返せば、地元に帰ってくるのは何年振りだろうか?二年……いや、三年近くになるのだろうか?あれから少し建物や外観も変化しているかもしれないが、多分その変化に気づけるほど変わりもしていないのだろうと思う。
思い出せるのは、都会と言うと言葉に余りある街並みとそれにしては人がごった返すあの通勤ラッシュ、後……高校生の頃によく彼女達と理由もなく歩いた駅近くのデパートなどだろうか?
そんな事を考えていると到着のアナウンスが流れる。到着するとすぐに扉が開き数人が席を立ち降りていく。それに続くように降りるとすぐに改札の方に向かって歩いていく。
改札を出ると待ち合わせ場所がある西口の方に歩く。
駅構内は学生や社会人、家族連れなど多くの人で入り乱れ喧騒が周囲を包み込む。この喧騒が久しぶりに地元に帰ってきたのだとそう思わせてくれる。
二階西口を出るとそこには商業施設が多く立ち並び、賑わいを見せている。多くすれ違うのはスーツを着たサラリーマンたちで後は多分遊びにきているのであろう学生達であり、チラホラ子連れや老夫婦なども見受けられる。
あたりを見渡し、待ち合わせ場所の方に歩みを進める。少し歩いて、あるデパートの中に入るとすぐに甘い香りが漂ってくる。そちらに目を向けるとドーナツ専門店のカフェがある。
その中を見渡して待ち合わせの人物を探す。
と言っても、集合時間まで後40分ほどはあるためその人物がいる事はないだろうが、念のため確認している。
店内を見渡し、いないのを確認してからレジに行って飲み物を買おうと振り向く。その時、いつの間にか後ろに立っていた女性にぶつかってしまった。
「ッ……ごめんなさい」
女性が謝ってくるのと同時にこちらも同じように謝った。
しかし、女性が顔を上げてこちらを見ると驚いた顔をしていた。
「……て、アンタ出雲じゃない!」
そう言うとぶつかった女性は謝って損したと言わんばかりにあからさまな態度をとってきた。
「何でもういるんだよ……夏森」
夏森茉莉、今日待ち合わせをしていた人物である。
「あら、私がいるのがそんなに意外?それとも……まだ会いたくなかったの?」
冗談混じりの悪い笑みを浮かべてからかってくる。これは高校の時から変わっていない彼女の癖である。
「いや、昔はよくギリギリにならないと来なかった奴がもういた事に驚いただけだよ」
こちらも冗談混じりの皮肉を返す。少し不満げに見つめてくる彼女を他所にレジへと歩みを進める。どうせこのまま立って会話をする気もなければすぐに帰るようなこともないのだからと言う判断のもと彼女との会話を無理やり終わらせた。
「……出雲ってさ、なんか雰囲気変わったよね?」
突然と彼女はそんな事を言ってくる。しかし、意外にもその言葉に驚きはしなかった。
自分でも少し思っていたことだからだ。……高校の時に比べれば自分の意見を言えるようなったし、冗談に軽口を返せるくらいには変化はあった。
「まぁ、あれから三年も立ってるからな……少しくらい変わるだろ」
そう言って笑みを作る……やはり変わったのかもしれない。昔の自分なら笑みを作るなんてできなかった。それが良いことなのか、それに関しては自分でもわからないけど。
「出雲は……大人になったね」
そう言って彼女も笑みを作る。
けれどその笑みには……まるで自分は取り残されたかのような淋しさと何かを懐かしむような感情が込められているかのようだった。
「……ねぇ、昔は向こうのマックでよく三人で話してたよね」
彼女の瞳はいつの間にか外の方を向いていた。
自分もつられるように彼女と同じ方を向く。そこには見覚えのある制服を着た男女三人組が楽しそうに歩いていた。
「あの頃は……楽しかったよね?」
「…………」
その問いに答える事は出来なかった。少しの沈黙の後彼女はまた淋しそうな笑みを浮かべてから何でもなかったようにレジに並び注文を始める。
「出雲は、一緒のでいい?」
レジでこちらに振り返り、確認してくる彼女に相槌を返す。
こちらは彼女がレジで頼んでくれている内に空いている席がないか確認する。周囲を見渡すと窓際の席が空いているのを見つけたので先に座って待っておく事にした。
席に座るとすぐに彼女も後ろから歩いてきて向かい側の席に腰を下ろす。
「……おい、コレは?」
視線を下に向けると彼女が運んできたトレーに二つの飲み物が置いてあった。一つは彼女の、もう一つは自分のであるのはわかっているが……確かに彼女は注文する時に同じので良いのかと確認はしていた。
けれども…………。
「私言ったよね、私と同じタ ピ オ カでいいのかって?」
いや、言っていない。その一言を言いたかったが、何故だか言ったら負けなような気がして口をつぐんだ。
そう思っていると彼女は凄く馬鹿にするようなだけど嬉しそうに笑っていた。
「あ、そう言えば有紗ちゃんとは連絡取ってるの?」
「……オマエ、それ分かってて言ってるだろ」
有紗……金森有紗は義理の妹である。父の再婚相手の子供で中学生時に初めて出会った。
夏森と有紗は中学の部活が一緒で、高校も同じなため面識は十分にある。それに多分だが、現在なら俺よりも彼女の方が関わる事が多いだろう。
「俺は有紗に嫌われてるし……それにそもそも家族とも連絡を取ってないんだから関わってるわけないだろ」
三年前、地元から少し離れた東京の私立大学に進学するため現在は実家から出て一人暮らしをしている。
当時は親と義理の妹からかなり反対されていたが、それを押し切り無理やり東京の大学に進学した。そのため親も義理の妹からも多分嫌われている。
「へ〜……私にはそうは見えないけどね」
そう言ってから彼女は、カップを持って一口だけ飲んだ。それに続くように俺もカップを持って一口、タピオカを口に含む。
「……そんな事どうでもいいだろ、それよりも今日ここに呼んだ理由は何だよ?」
俺は話を変えようと彼女に呼ばれた理由を聞く。
彼女はまた笑顔を作る。先ほどとは違い、そこにはもう分かっているでしょと言う意味を含んだ笑顔だと言う事が見てとれた。
「……」
ほんの1、2分くらいだろうか少しの沈黙が二人を包む。また、彼女がストローに口をつけ、一口飲んだ後口を開いた。
「ねぇ、この後暇でしょ?少し付き合ってよ」
何故彼女がそのような問いをしたのか……理由は何となくわかっている。そして、何より先ほどの俺の問いに答えない理由も俺が彼女の「楽しかったよね?」の問いに答えられなかった理由も本当はわかっている。
だから、先程の彼女の問いに拒否権などない事は分かりきっていたのだ。
それから20分ほどして店を出た。
「じゃあ、行きますか!」
そう言うと元気よく彼女は歩き出す。それに続くようにこちらも歩を進める。
デパートから出ると冷たい風が肌を突き刺すように吹いている。二月の下旬ということもあり、建物から外に出ると温まった体温がすぐに下がってしまい、身震いしてしまう。
しかし、前を歩く彼女はミディアムくらいの髪を揺らしながら寒さなど気にする素振りもない。
ただ淡々と歩く中、周りを見ると駅前は先程とは違い、人通りが増えてきた。それに伴い、スーツを着た会社員よりも買い物をするために来たであろう子連れや学生などの割合が増えている。
少し歩くと彼女はバス停の前で止まった。
「これに乗るわよ」
そう言うと程なくしてバスが止まる。
扉が開いてから彼女と俺はバスに乗り込み、空いていた席に腰を下ろす。
バスが動き出し少ししてから窓の外を見るとそこには高校生の時に見慣れた光景が広がっており、その光景は懐かしさを感じさせる。
二、三個ほどのバス停を過ぎてから彼女と俺はバスを降りた。
「久しぶりね」
彼女がそう言うと俺もそれに頷く。
バスを降りると、とある高校が目の前にある。ここは三年前まで俺や夏森が通っていた高校であり、彼女との出会いの場でもあった。
「ね、久しぶりに来たんだし、ちょっと歩こうよ」
そう言うと彼女はこちらが頷く前に歩き始める。
「ねぇ出雲?アンタさ……今どうなの?」
「どうっていうのは?」
「卒業式以来さ……」
そこで彼女は口をつぐんだ。そして続きの言葉を悩む素振りをして、やっぱり辞めたと言わんばかりの笑顔を作った。
「いや、何でもない!そんな事よりも聞いたよ!?アンタ小説家になったんだって!?」
「……オマエ、それをどこで知ったんだ?」
「ナイショ……?」
何故疑問系なんだよと思ったが、それ以上の質問を受け付けてないと言わんばかりに彼女は別の話に話題をすり替える。
「まさかアンタが小説家とはね?どれくらい稼いでるの?」
「……ナイショ?」
「アンタ、ウザいわ」
同じように答えたくない質問に疑問系で答えると、彼女は眉間にシワを寄せて不満の声を漏らす。しかし、そんな事お構いなしな態度をとっていると余計に彼女は機嫌を損ね始める。
「……マタアタラシイユメヲミル、ソノヤルセナサニ」
そこまで言われて気づく。彼女が俺の書いた小説の一文を読み始めた事に。そして、その一文の最後を言わせないために彼女の口を塞ごうと一歩近づく。
「オマッ、やめろ!」
そう言ってもう一歩彼女に近づくと彼女は掴まれないようにスルリと身を捻りかわしてくる。こちらも身を捻り、捕まえようとするが、またかわされる。
何度かそれを繰り返す内にこちらが何かに躓いて転んでしまった。
それを見ていた彼女はアハハと指を指しながら腹を抱えて笑っている。
「アンタ、昔から鈍臭かったものね!ちょっとは運動した方がいいわよ」
「……うるさい」
誰のせいで転んでると思ってるんだと内心ムカムカしていたが、彼女に行ったところで更に笑われるだけだと思い、立ちあがろうと地面に手をついた。
先程までアハハと笑っていた彼女がいつの間にか、手を差し伸べていた。
「あ、ありがとう」
そう言って彼女の手を掴もうとする。
しかし、彼女は何を思ったのか差し出した手を掴もうとした瞬間引っ込めた。空中でスカしたこちらの手だけがその場に残り……そして彼女はまた笑い始める。
「アハハ!昔のアンタなら引っ掛からなかったでしょうね!」
本当に性格が悪いと思った……ホントに。
「…………」
その後俺は何事もなかったように立ち上がり、彼女を無視して歩き始める。それに続くように彼女も追いかけてきた。
それから少しの沈黙が続く。流石に彼女も悪いと思ったのか、謝る素振りを見せる。
「あの〜……出雲さん?先程は……ちょっとやり過ぎたと言うか、悪いなとは思ってるんですけど?」
手を合わせて何かごちゃごちゃと言い訳がましく謝ってくる彼女を横目に高校生の時にもこんな事があった気がすると昔のことを少し思い出した。
でも、あの時は俺に手を差し出したのは夏森ではなく……そしてあの時はその手を無視して自分で立ち上がった。
だから、先程夏森が「昔のアンタなら引っ掛からなかった」と言ったのだろう。
そんなことを考えているといつの間にか、見慣れた場所に出ていた。
「まだ……やってたんだな」
そこには一件のカフェがあった。高校生の頃よく通っていたカフェで、勉強や家にいたくない時はよくここに来ていた。
「何言ってんの、まだ3年しか経ってないのよ?」
そう言うと彼女は店の扉を開けて入って行く。続けて扉を潜るといらっしゃいませと言う声と昔と変わらない光景が広がっている。
「こっちこっち!」
先に入っていた彼女は窓際の一番端の席に座っていた。
続くように彼女の前の席に座り、注文をとりに来た店員にアイスコーヒーと告げて彼女の方に向き直す。
「出雲さ……あの時のこと覚えてる?」
「……あの時ってどの時だよ?」
唐突にそう呟く彼女に何の事かわからないと問い返すと一瞬躊躇うように口をつぐんだが、決心したように次の言葉を発した。
「卒業式の日に……あの子が来なかったこと」
「……雪城の事か」
雪城鏡花……高校生の時の同級生であり、あの頃よく夏森と一緒にいた友人であり、そして俺が傷付けてしまった人でもある。
「あれから三年も「しかだよ」……」
こちらが言い終わる前に彼女は訂正する。
彼女の中では高校から今までがあっという間に感じたのかもしれない……でも、俺は……俺の中ではあれから三年もたったのだ。
「出雲は……あの時の出雲は鏡花と何かあったの?」
「……何もなかったよ」
彼女は訝しむようにこちらを見てくる。
けれど、本当に……本当に彼女が疑っているようなことは何もなかったのだ。卒業式の一週間前から俺は……雪城にあっていないのだから。
「私さ……よく思い出すんだ、三人でいたこととか遊んだ時のこととか、そう言う楽しかったこと」
彼女は俺から視線を外すように窓の方を見る。
窓の外はいつの間にか、ポツリポツリと雨が降り始めて少しずつアスファルトを濡らし始めていた。
「私は二人といられてよかったと思うし、今日だってアンタと会えて嬉しかった」
「…………」
「ねぇ、出雲?もう一度聞くけど……あの頃は楽しかった?」
彼女は、視線を戻して真っ直ぐとこちらの瞳を見つめてくる。
そんな彼女の瞳にはきっと過去の三人でいる光景が今も鮮明に映し出されているのかもしれない。
けれど、逆に俺の瞳には何が映し出されているのだろう?彼女から見た俺の瞳は……俺自身はどう映っているのだろうか。
……そんなものはわかりきっている。
何も……何も映っていない。
だから、そんな俺に先程の質問を答えることなんてできるわけもない。
だから俺は……笑みを作って彼女の質問から逃げるように答えをぼやかすのだ。
「……あの頃の俺はどうだったんだろうな?」
「……そう」
そう一言言うと彼女は先程まで瞳に映し出されていたであろう過去の光景を少し懐かしむように悲しげに笑った。
彼女はきっと楽しかったのだと……一緒にいて良かったのだと、俺や雪城にも思っていて欲しいのだ。三人で遊んだことを、色々な場所に行ったことを、そして何より……三人が出会えたことを……決して悪いことだったとは思ってほしくないのだ。
だって彼女は……優しいひとだから。
俺や雪城と深く……関わってくれる人物はきっと夏森くらいで、今だって俺と会って嬉しいと……そう言ってくれる人なのだから。
「……」
無言が少しの間続いた。
外ではザーザーと窓を叩くように雨粒が音を立てている。先程まで人通りのあった道は静まり返り、アスファルトと店の窓を叩く雨音だけが耳に聞こえてくる。
静寂が続き、二人ともいつの間にか外を眺めていた。特に意味もなく、ボーと外を眺めていると三人の学生たちが傘をささずに走り抜けていった。
前を走る少女達は笑いながら走り、その後ろを走る少年はそれを見て半笑いで急ぐように二人の少女に声をかける。
その光景はどこか……昔を思い出させるようで、何だか……何だか少しだけ口を緩ませた。
「あの頃の俺は……何もかも一杯いっぱいだったんだ」
言い訳がましく、そう呟いてしまった。
それは地元に帰ってきたからなのか、夏森にあったからなのか、馴染みのカフェに来たからなのか……きっとそのどれもがそう呟かせたのだと思う。
だから、俺は知っている。彼女の質問に答えられない理由を……そしてそれを否定できない理由も。
答えを口にするのは簡単だ。けれど、一度口にしてしまえば、その感情に気づいてしまったら……あの頃に三人でいるのが楽しかったなんてそれに気づいていたらきっとこんな後悔をすることなんてなかった。
「……」
ジッとこちらの瞳を見て無言のまま彼女は何かを待っていた。
だから、その次の言葉は決まっていた。
「後悔……してるんだと思う、多分俺は……」
後悔……それは夏森の先程の問いに答えられなかった理由で、過去の自分がしてきた行いで、何より……雪城を傷付けてしまったという事実全てに……俺は後悔しているのだ。
「……ねぇ出雲?少し思い出話でもしようよ」
彼女はそっと口を開いた。
「あの頃の私達が思ったこととか……言えなかったこととか、ちゃんと全部……全部言わないと私達はこれからもずっと後悔したままだから」
彼女はこちらをまっすぐに向いてそう言い放った。それは決して過去の後悔がなくなるわけでも、解決するわけでもないのに。
それでも彼女は……夏森は知りたいのだろう。俺が、雪城が、夏森自身が、何を思って、何を感じて、何を……後悔したのかを。
「……雨が止むまで、それまでなら」
だから、これから話す事はなんて事ない卑怯者の少年とそれに巻き込まれた少女達のそんなつまらない後悔の思い出だ。
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