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第6章 ― 作戦概要説明

部屋の灯りが落ちた。

アベルは完璧な姿勢で腰かけたまま、指をひと振りした。

その手の動きに応じて、机の上に空中映像が浮かび上がる。

──監視映像。

ラベルにはこうあった:『セータ9 拘束セル3B』

タイムスタンプ付き。鮮明。異常なし。


再生が始まる。


そこに映った「それ」は、常識の枠を超えていた。

痩せこけ、細長く──

人間よりも背が高く、しかしその手足は不自然なまでに長く引き伸ばされていた。

濡れているような皮膚。黒いクロームと骨が絡まり合ったような身体。細く、壊れそうな体躯に、張り付くように引き伸ばされた皮膚。

肋骨は黒曜石の彫刻のように鋭く突き出し、顔は白く滑らかな陶器の仮面──何の表情もない。ただ、真っ黒な深淵のような瞳がふたつ。


すでに、暴れていた。


その周囲に張られたフォースフィールドが、バチバチと火花を散らす。

「それ」は空中に向かって飛びかかり、何もない空間を引き裂こうとする。

その動きはめちゃくちゃに見えて、しかしどこか計算されていた。

どの動きも「間違っている」。早すぎて、滑らかすぎて、まるで糸の切れた操り人形のようだ。


そして──口は、なかった。


それでも、叫びは聞こえた。


人間の耳に向けられていない、そんな音。

ノイズの層と金属音が重なり合う。ガラスを水中で引き裂くような悲鳴。


部屋の空気が、一気に緊張する。

アカリでさえ、手にしていたドリンクを静かに下ろした。

セリアは息を詰めたまま、声を出せない。


「……何、あれ……?」ミユがかすれた声で言った。


ハルの机の上で、何かが静かに動いた。──目には見えない。


アズラエルの声が、低く、固く響いた。

「……冒涜の産物だ」


ハルは反論しなかった。ただ小さく頷き、目を細める。


そして──アベルの声が部屋を貫いた。


「五日前のことだ」

その口調は変わらず冷静。

「ルイス・アウレリウス──君たちCチームの仲間のひとりが、単独偵察任務中に、これと遭遇し襲撃された」


ハルの目がぱちりと瞬く。


「彼は標的を排除した。だが、重傷を負った」

アベルの言葉は続く。

「現在はステイシス状態にある。回復には、約三週間を要する見込みだ」


沈黙。


ハルはじっと、映像を見つめた。

──仲間が、やられた?


「ウソだろ……」ガレスが席で背筋を伸ばし、思わず声を上げた。「ルイスが?マジかよ?」


アベルはまったく動じない。

「事実だ」


セリアはガレスをちらりと見てから、再び画面へ。

彼女の思考はすでに走っていた。


ルイスほどの実力者が、そこまでの重傷を……?

じゃあ──こいつら、一体どれだけ強いの……?


アベルがスクリーンを再びタップする。


映像が切り替わる。──試験記録。

ゆっくりと再生された、拘束状態でのクリーチャーの映像。


ひとつ目の映像では、それが自らの身体をねじ曲げ、縮ませている。

そのサイズは、わずか1メートル強まで小さくなっていた。


次の映像では、今度は逆に身体を引き伸ばし、腕が床を引きずるほどに巨大化していく。


だがアベルはすぐに話し出さなかった。

一瞬だけ、部屋を横目で見渡し──静かに口を開く。


「我々がこれをここまで詳細に調べた理由……」

「それは、襲撃の内容が──どう考えても、おかしかったからだ」


一拍置く。


「ルイスの任務は単独だった。極秘。知っていたのは、最上位レベルのウォッチャーだけ」


その言葉の意味が、空気に滲む。


「つまり、偶然見つかったのではない。──奴は待ち伏せしていた。ルイスがそこに来ることを、知っていたかのように」

「……まるで、送り込まれてきたようにな」


空気が変わる。緊張が、確信に近づく。


アベルは平然と、話を続けた。

「この対象は、任意で姿を変えられる。大きさ、体型、姿勢──すべて可変だ。『基本形態』は存在しない。好みだけがある」


別の映像が流れる。

クリーチャーが衝撃波に撃たれ、弾かれる。だが、次の瞬間──

身体が震え始め、胸元から衝撃を吸収し、それをそのまま放射するように放出した。


「衝撃を吸収し、跳ね返すことが可能だ」

アベルの声に変化はない。

「模倣ではない。反射でもない。──圧力弁のような再分配だ」


アカリが低く口笛を吹いた。

「おいおい……やりたい放題かよ」


アベルは、それを無視した。


「対象は戦闘中にも関わらず、相手の技術に応じて攻撃リズムや反応速度を適応させていた」

アベルはその言葉を残し、静かに場を見渡した。


ハルの眉がわずかに寄る。

──嫌な予感がした。


「だが」

アベルが続けた。

「限界もある」


皆の視線がスクリーンに戻る。

アベルがリストを呼び出した。


「知性は基本的なレベルに留まっている。動作は機能的だが、進化型ではない。一度に適応できるのは一つの変数のみ。新しい能力を獲得することはできない。変形中にダメージを吸収することもできない。さらに、吸収・蓄積できる量にも上限がある。それを超えると、自己崩壊が始まる」


部屋の緊張感が、わずかに緩んだ。


「じゃあ、無敵ってわけじゃないのね」

セリアが静かに言った。


「違う」アベルは即答する。

「だが、学習速度が異常に速い。それだけで、脅威になる」


別のウィンドウが開いた。

エネルギー波形の時間推移グラフ。


「テスト中、ある傾向が見られた」アベルが言う。

「日中を模した環境下では、対象の動きは鈍かった。だが──夜間サイクルに切り替えた瞬間、反応速度が跳ね上がった」


ガレスが眉をひそめる。

「夜って言ってもよ、ここにゃ本物の太陽も月もねぇぞ?」


「その通りだ」アベルが頷く。

「つまり、対象は“光”に反応しているのではない」


彼はグラフを操作し、補正を加える。


「──霊的なものだ」


部屋が、再び静まり返った。


アズラエルがハルの隣で目に見えぬまま緊張する。

その尻尾がわずかにピクリと揺れた。


セリアが口を開く。

「じゃあ……生きてるってこと。機械でも、合成生命でもなく……」


「正解だ」アベルが答える。

「有機体。──DNAを持っている」


空気が、凍った。


それは決定的な違いだった。


「まだある」アベルが続ける。

「起源の追跡を行った。かなり最近の分析だ。そして……見つけた」


スクリーンが分子マップへズームインする。

そして、座標データが浮かび上がった。


「ユニバース5667」


ハルの頭が、勢いよく上がる。


「……え?」

その声は、かすれるほどに小さかった。


「そこから来た」アベルが言った。

「だが、ルイスを襲撃したのはユニバース3223」


アベルがスクリーンから視線を外す。


「つまり、これは──ブリーチ(多元越境)だ」


全員が一斉に反応した。


アカリが飲みかけのボトルを落とす。

ミユの目が見開かれる。

「……は? 今、なんて?」


ガレスが背筋を伸ばし、眉間にしわを寄せる。

「つまり──ってことは……!」


ハルの鼓動も、無意識に早まる。


セリアが混乱したように瞬きをする。

「それって……どういう意味? ブリーチって何?」


答えたのはアカリだった。

相変わらずもたれかかった姿勢のままだったが、その声は珍しく真剣だった。


「多元宇宙の侵入マルチバース・インカージョンが起きたってことだ」

彼は指をひとつ立てる。

「何かが、ある宇宙から別の宇宙へ──すり抜けた。そして誰にも察知されなかった」


アベルの方へ視線を向ける。

「ウォッチャーでさえ、気づかなかった」


セリアが息を飲む。

「……でも、それって不可能じゃないの?」


「どうやら、そうでもないようだ」アベルが静かに答える。

「むしろ、初めてではない可能性もある」


部屋を冷気が走る。


アカリが再び口笛を吹く。

だが、今度は低くて重い音だった。

「おいおい……めっちゃ怖ぇじゃねぇか、それ」


アベルは表情を変えず、

「この事件は現在も機密扱いだ。データにアクセスできるウォッチャーは、ごく一部に限られている」


腕を組み、静かに続ける。


「この件が示唆する問いに、我々はまだ答える準備ができていない」


彼は再びスクリーンへ向き直る。


「そして、起源をさらに深くたどった結果──我々は特定した」


ホログラムが回転し、中心点を合わせる。

その焦点が、惑星に着地する。


──地球。


「ユニバース5667の地球だ」

アベルの声は冷たかった。

「──ブリーチは、そこから発生した」


彼は一度だけ言葉を止めた。

ホログラムが空中に浮かぶ。

誰も口を開かない。まだ、誰も。


アベルの口調は一切揺れなかった。


「ウォッチャーたちは即座に動いた」

「トップレベルのクリアランスチームがユニバース5667の地球を解析し始め、起源、原因、または隠蔽の痕跡を探した」


ホログラムが地球にズームインし、各地に赤くフラグが立てられた異常値がオーバーレイされる。


「──そして、奴を見つけた」


映像が切り替わる。

画面に映ったのは、一人の男。


長身。マットブラックのスリーピーススーツに身を包み、ポケットに手を入れたまま、完璧な姿勢で立っている。

無機質な照明の下で光るスキンヘッド、感情の読めないサングラス。

その佇まいは──洗練された“力”そのものだった。


清潔。プロフェッショナル。そして、危険。


「グレッグ・ストーン」アベルが名を告げる。

「年齢:三十八歳。

国籍:イギリス。

公の肩書きは“自力で成り上がった兆候の富豪”。

世界的には──『イングランドを再び偉大にした男』として知られている」


皮肉は、オイルのようにぬめりながら言葉に落ちた。


「ロボティクス、サイバネティクス、大規模メディア基盤の天才。

ストーン・ダイナミクスの創設者でありCEO。

ユニバース5667における最大の企業であり──

武器、民間軍事技術、消費者向けAI、グローバル通信、交通、エネルギー、そしてエンタメにまで手を出している」


「……つまり、神になったジェフ・ベゾスってことか」

ハルが低く呻いた。


「もっと悪い」

アベルは即答だった。


映像が切り替わる。

英国全土に張り巡らされたインフラのデジタルマップが光る。


「たった十年で、ストーンは英国を衰退国家から世界最大の技術帝国に変えた。

米国、中国、ロシアを追い越し、サイバー戦争と自動化分野で世界の頂点に立った」


「それって、かなりすごいことですよね……」

セリアが目を瞬かせる。


「確かに」アベルは同意したが、それ以上語らない。


代わりに映し出されたのは、群衆、ニュース、工場の設計図──監視記録の静止画だった。


「表向きは、クリーンでカリスマ的。

愛国心に満ち、多くの民衆に支持されている」


だが、アベルはそこで指を動かす。

ホログラムが赤く塗り潰された報告書に切り替わる。

隠されたヘッドライン。歪んだ数字。


「……だが、裏には“ささやき”がある」


アベルはわずかに顔を向け、チームを見渡す。

その目が、言葉を重くする。


「過激派グループへの密かな資金援助。

特定国への干渉工作への支援。

そして──未確認ながら、ペンギンの兵器化実験の疑惑もある」


間。


──そして。


「ペ、ペンギン……?」

ミユが吹き出した。


全員の視線が彼女に向けられる。


「ちょ、無理……ペンギンって、冗談でしょ?!」


「その件については未確認だ」

アベルは一切動じない。


「……ごめん、ほんと無理。笑うつもりなかったんだけど……さすがにオチ強すぎ」

ミユが手で扇ぎながら、まだ笑っている。


アベルは笑いが収まるまで待ってから、淡々と続けた。


「仮に、あの存在たちにグレッグ・ストーンが関与しているとすれば……

彼以外に、実現可能な知性、資源、影響力を持つ人間は存在しない」


ホログラムに切り替わった最後のスライド。

黒い背景に白文字が点滅していた。


LINK?


「最初は、何の証拠もなかった」アベルの声が低くなる。

「──だが、ある情報が浮上した」


部屋が静まり返る。


ホログラムが動き出し、デジタル地球を掘り下げていく。

ネオンと煙に包まれた都市が、中心に浮かび上がる。


ニュー・ロンドン・シティ。


それは──

ハルの知るロンドンではなかった。


黒ガラスとクロームで構築された高層ビル群に、ホログラフィック広告と途切れぬプロパガンダが流れる。

沿岸には巨大な港が並び、歯のように湾曲している。

赤い二階建てバスが、電流のように道路を走り抜け、

雨に濡れる街のあちこちに光る標識──「HOTEL」「PUB」「CITY」「DRUGS」「POWER」。


時計塔は、まだ立っていた。


だがそこにあるのは、旧きロンドンではない。


もっと奇妙で、

もっと派手で、

もっと鋭い世界。


──サイバーパンク。


それが、ハルの頭に浮かんだ言葉だった。

──都市の突然変異。

ネオンの肉に包まれた、かつての王国の骨。


その幻想を、アベルの声が切り裂いた。


「ニュー・ロンドン・シティ」

静かな口調で、だが確実に。

「ブリティッシュ・サイバー連合の首都。そして──グレッグ・ストーンの本拠地だ」


地図がさらにズームインされる。

路地、港、地下区域……詳細な構造まで映し出された。


「過去二ヶ月間、この都市で行方不明者が相次いでいる。対象は全て民間人──人間だ」

アベルの声が、部屋の空気を冷たく染めていく。

「だが、現地政府はすべてを秘密裏に処理している。報道もない。記録もない。真相もない」


一拍、間を置いて──


「だが、パターンは嘘をつかない」

ホログラムの動きが止まる。

「移動経路、位置、時間の整合性を見れば……ここが発生源である可能性が高い」


ハルの膝上に置かれた手の指先が、わずかに震えた。

──あの化け物が、まだいる?

いや、あれは一体だけじゃなかった?

……始まりにすぎなかったのか?


視線を隣のセリアに向ける。

その表情は鋼のように硬い。


アズラエルが、肩の上で低く唸った。

その声は、人の耳には届かない。


「だからこそ、危険を放置できなかった」

アベルが話を続ける。

「三日前──アイアン・センチネルを投入した」


ハルの背筋が伸びる。

ホログラムに目を奪われながら、前のめりになる。


ガレスも静かに頭を傾け、腕を組んだまま尻尾を揺らしている。

アカリは飲みかけのボトルを完全に忘れ、

ミユの指先も、太ももに添えたまま動かなくなった。


全員が同じ考えを抱いた。


──もし、ルーシーが先に送り込まれていたのなら。

──そして、今ここにいないのなら。


何かが……起きた。


アベルは余計な演出をせず、事実だけを告げる。


「ルーシーはニュー・ロンドン・シティに着地した。その数時間後、情報を掴み始めた」

画面が切り替わり、モザイク処理された書類、映像、メタデータが流れ始める。


「行方不明者たち。彼らは“ただの民間人”ではなかった」


次のスライドにはタイムラインやヒートマップ、交通記録が重ねられる。


「彼らは“記録のない人々”だった。──非公式移民。違法滞在者。政府の庇護外にある者たち」


もう一度スワイプ。

情報が整理されていく。


「公式発表は『国外退去』。手続き通り。クリーンな処理」


だが、その目がチームに向けられた瞬間──アベルの声に鋭さが宿る。


「……だが、退去など行われていなかった」


一瞬の沈黙。

その意味が染み込む。


「彼らは、“連れて行かれていた”」


別種の沈黙が、部屋を包み込んだ。


アベルは続ける。

「この連れ去りの裏に存在する犯罪組織。それが……"The Antアント"だ」


赤く染まった象徴がホログラムに浮かび上がる。

──アリのシルエット。ミニマルで、しかし不吉なロゴ。


「本名、不明。顔、確認されず。だが、その手下たち──通称“Antsアントたち”は悪名高い」

「一つの国どころか、世界中にその爪痕を残している。ヨーロッパ、南米、アジア──」

「密輸。サイバー・トラフィッキング。闇臓器の流通。武器研究」


アベルが素早くスワイプする。

ぼかされたインテリジェンス情報、黒塗りされた報告書、時間が刻まれたニュース記事が次々と映し出される。


「そして噂がある。“アント”とグレッグ・ストーンは繋がっている──ビジネスパートナー。あるいは友人。それ以上の関係かもしれない」


アベルは、ついにチーム全員を真っ直ぐに見た。


「だが……それを暴こうとした者たちは──」


スクリーンが切り替わる。


写真が並ぶ。

人々の顔。

その下に並ぶ見出し。


──急死。

──遺書発見。

──調査員、アパートで死亡。


「……誰一人として、生き残っていない」


アカリが眉を上げた。

「……なるほど。“自殺”ね。信じろってほうが無理がある」


誰も、笑わなかった。



彼らは、理解した。


アベルは再びミッションログへと視線を戻す。


「接点を掴んだ後、アイアン・センチネルは攻撃の準備を整えた。標的と見なした“アント”の拠点──ニュー・ロンドン東部の港湾施設の一つ、カーゴルート7Bを特定」


ホログラムの都市マップ上に、赤い点が脈打つように光る。


「……だが、彼女たちは配置にすら着けなかった」


声は静かなまま。


「三分後。接続が断たれた」


ハルが瞬きをする。

──そんな簡単に?


「報告はなかった。この側からの通信異常も確認されていない。妨害の痕跡もゼロ。直前まで完全にシンクしていたのに……次の瞬間にはオフラインだった」


アベルは一切動じない。


「何が起きたのかは、分からない。潜伏中かもしれない。捕まったのかもしれない。あるいは……」

彼はそこで言葉を止め、


「──裏切った可能性もある」


誰も口には出さなかった。

だが、その言葉は重く、確かにそこにあった。


それでも、アベルは止まらない。


「このチームには、たった一つの使命がある」


彼が指を一度叩くと、背後に青い文字が次々と浮かび上がる。


1. アントを排除する。



2. アントとグレッグ・ストーンの関係を確認する。



3. グレッグ・ストーンを抹消する。



4. あの“存在たち”の拡散を阻止する。



5. ウォッチャーの検知をすり抜けたブリーチの原因を突き止める。




そのリストは空中に浮かんだまま、静かに明滅する。


「ルーシーの捜索は副任務だ。必須ではあるが、優先事項ではない」


アベルはホログラムから背を向ける。声は低く、目は鋭い。


「この事態は、局地的なものではない。ユニバース5667で起きていることが広がれば──まだ我々が知らない何かがあるのだとすれば──」


彼の視線が、まっすぐにハルへと向けられる。


「……俺たちの世界まで、崩壊させかねない」


一呼吸分の静寂。


アベルはリストを一瞥し、指を鋭く振り払う。

投影は霧散し、部屋の光が中立色に戻る。


「日没までに準備を済ませろ」

それだけ言って、背を向ける。両手は背中で組まれたまま。


「ミスは許されない。迷いもだ。お前たちは完全なステルスプロトコルの下でユニバース5667に送られる。俺はできる限り支援するが──アイアン・センチネルに起きたことを踏まえると、長くはもたないかもしれない」


その背中が、かすかに固まる。


「だから、着地の瞬間から……お前たちは実質、単独行動となると考えろ」


静寂が、チームの間に広がる。


──そして。


「了解しました」

セリアが、背筋を伸ばしたまま静かに応える。


「りょーかい」

アカリが首を鳴らしながら、ニヤッと笑う。


ミユは指先でクナイを回しながら口元を吊り上げた。

「さあ、ショータイムよ」


「虫けら共をぶっ潰してやる」

ガレスが拳を手のひらに打ちつけて唸る。

「一匹残らず、俺が叩きのめす!」


ハルは静かに微笑んだ。

視線はすでに暗転したスクリーンに向いたまま。


椅子に背を預け、低く呟く。


「長い休暇の後に戻ってきた任務がこれかよ……マジでやばいな」


その肩に、見えないまま乗っているアズラエルが、低く喉を鳴らす。


「最悪ってほどでもないさ。少なくとも──退屈はしないだろう」


ハルは苦笑しながら肩をすくめる。


アベルが一度だけ頷いた。


「Cチーム、解散」


──その言葉とともに、ブリーフィングルームは静かに空になった。


本当のカウントダウンが、始まった。





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