第5章 ― はみ出し者たちの集結
廊下は静まり返っていた。
屋上や星空のような神聖な静けさではなく、冷たく、実用的な静けさ。
磨き上げられたスチールの床、マットな白のパネル、縁に沿って脈打つ微かな光。まるで血管のように。
戦闘員区画の東棟は、見た目で感動させるつもりはなかった。
ただ、機能するために存在していた。
セリアはゆっくりと歩いていた。
ブーツがタイルの上に小さな音を残す。
制服は新品で、完璧に整っていて、彼女の好みに比べると少しタイトだった。
動くたびに微かに擦れる音がした。
廊下はL字に曲がり、やがて部屋へと開けた。
――ミッションブリーフィング室。
彼女は入り口で立ち止まった。
そこは……まるで教室のようだった。
超先進的な設備ではあるが、それでも――教室だ。
黒く滑らかな座席が円形に並び、それぞれがホログラムディスプレイの起動を待っている。
正面の壁は、一枚のシームレスな超高透過ガラスで構成されており、外側のドームとその先に広がる無限の空を見せていた。
中央には、発光するデスクが配置され、バーチャルホワイトボードがかすかに光を放っていた。
データのオーバーレイとコマンドアクセスポイントが組み込まれた、シャープで高級感のある構造。
それは、「所属しているか、していないか」を問う空間だった。
セリアは……両方に感じていた。
部屋に足を踏み入れる。
すでに誰かがいた。
前方のデスクのそばに立っていたのは、小柄で華奢な少年――見た目はせいぜい十二歳ほど。
雪のように白い巻き毛が磁器のような顔を縁取り、目は磨かれたクリスタルのような澄んだ青。
彼は長く流れるような白いマントを羽織り、銀の刺繍が施されていた。
その佇まいには王のような威厳があった。
顎を上げ、腕を組み、背筋を伸ばした姿は、まるで玉座に生まれた者のようだった。
セリアは一瞬、息を呑んだ。
彼に会うのは久しぶりだった――普段はレオニダスが直接任務を伝えてくる。
それは、おそらく――アベルが新人に対して冷たいから。
彼の周囲には緊張感が漂っていた。
物理的でも、魔力的でもない、もっと別の何か。
まるで空気さえも、彼の許可なく触れることを拒んでいるような感覚。
セリアは喉を鳴らした。
「……こんにちは、アベル」
彼はすぐには動かなかった。
だが、やがて目だけがゆっくりとこちらに滑るように向いた。
ゆっくりと。故意に。
間。
「……こんにちは」
その声は高く、透き通っていたが、冷たく傲然としていた。
「早いな」
その言い方には、温かさも興味もなかった。
ただの観察――まるで、入室時にファンファーレがなかったことを問題視しているように。
「その、えっと……なんとなく……インスピレーションが湧いたんです」
セリアは耳の後ろにかかる髪をそっとかき上げた。
アベルは瞬きを一度だけして、首をかしげた。
その瞳はわざとらしく細められ、あざけるような好奇心を帯びていた。
「インスピレーション?」
まるでその言葉が彼のプライドを侮辱したかのような口調だった。
「ふむ……」
間。
そして――
「可愛いな」
セリアは瞬きをした。「……えっ?」
アベルはようやく身体ごとこちらを向いた。片手を机の上に置き、まるで舞台に立つ俳優のように。
「可愛いって言ったんだよ」
「靴を履いた犬みたいなものだ」
「情熱的で、見当違いで……でも、ある意味で愛らしい」
セリアの顔が赤く染まった。
褒められたのか、侮辱されたのか、両方なのか分からない。
「……ありがとう?」と小さな声で言いながら、中段の席へと退いた。
「礼など言うな」アベルは浮かぶ画面を操作しながら答えた。「僕はただ、データを観察しているだけだ」
セリアは座った。
ぎこちなく。
空席に視線を向けながら、両手を膝の上にきちんと重ねる。
前方の彼の存在は、依然として強く感じられた。声を出してはいないのに、重力のような存在感。
注目を集めることが当たり前で、それを当然とする人物。
――それがアベル。
そして正直に言うと――少し、怖かった。
その強さのせいではない。
彼が「失望を忘れないタイプの人間」に見えたからだ。
セリアはそっと視線を前に戻す。
アベルはまだ浮かぶディスプレイから目を離していなかった。
空気をなぞるような指の動きで、チャートを回転させ、グリフを拡張させ、内側にあるデータを展開していく。
まるで空中を操る画家のような手つき。
それを行う姿勢には、天才の静けさと、自覚ある天才の傲慢さがあった。
セリアの視線は、少し長く彼に留まった。
彼の下で働くというのは、どういう気持ちなのだろう?
その知性だけでなく、態度、見た目――
「恐ろしく可愛い」という、絶妙な均衡を保つ重圧の中で。
彼らのキャプテンが誰であったかは分からないが……
――きっと、大変だったに違いない。
でも。
彼にも、優しい一面があるのかもしれない。
……きっと。
彼女は息を吸った。
「ねえ、アベル?」と、優しく声をかけた。
すぐには返事がなかった。ただ雪のような眉が一つ、ぴくりと動くだけで、視線は上がらない。
「何だ?」
彼女はためらった。
「ハンドラーって…どんな感じ?」
その言葉に彼は動きを止めた。ホログラムが一瞬だけ静止する。
「ふむ。随分と重い質問だな」
セリアが瞬きをした。
「そうなの?」
アベルは大げさな溜息を吐いた。まるで彼女が量子力学を赤ん坊に説明しろとでも言ったかのような反応だった。
「そうだな…」彼は空中でいくつか操作し、コードの糸をひとつ、ひと撫でするように消した。
「保育士みたいなもんだ。赤ん坊が武装してて、ホルモンに振り回されてて、情緒不安定だったら、な」
セリアは手で口元を隠しながら小さく笑った。
「つまり…ストレスがすごいってこと?」
「ストレスってのはな、爪が割れてヤスリが近くにないときのことを言うんだ」アベルは無表情に言った。
「これは…存在そのものが削られるレベルだ」
セリアは思わず微笑んだ。
「でも、上手くこなしてるように見えるよ」
「僕は生き延びてるんじゃない、生き抜いてるんだ、マリソル」彼は初めて振り返り、肩越しに青い氷のような瞳をちらりと向けた。
「そして、演技を平穏と勘違いしないでくれ。僕は完璧だけど、平気ではない」
セリアはくすっと笑った。今度は心からの笑いだった。
ほんの一瞬のこと。でも、確かな繋がり。
少女と少年皇帝の間に生まれた小さな人間味の糸。
そして——
ヒュゥウウウッ——カチャン。
メインドアが開いた。
セリアが振り返り、息を呑んだ。
二人の姿がそこにあった。
一人は間違いようがない。
ギャレス・アマドール。
彼は…巨大だった。
長身で筋骨隆々、焼けた肌に炎のような赤髪が荒々しく逆立っていた。
頭の上にはネコ科の耳がぴくりと動き、濃いオレンジの毛先は深紅へと変わっていた。
その背後には、しなやかで力強い狐のような尻尾が揺れていた。
そしてその目は——燃えていた。
深い、煌めくオレンジ。
溶けた琥珀のような色で、常に挑戦をたたえているかのような視線。
その身体はまさに武器だった。
あらゆる筋肉が彫刻のように浮き出ていて、動きの一つ一つが自信に満ちていた。
白虎の紋章が入った武闘用ショーツに、袖なしの道着ジャケットを羽織り、鍛え抜かれた胸板をさらけ出している。
包帯で巻かれた拳、鋭い顎のライン、すべてが語っていた。
——「かかってこい、負ける気はない」
その隣にいたのは、まったく正反対の存在だった。
カネモト・アカリ。
もし「混沌」にマスコットがいたら、間違いなく彼だ。
赤パンダ…あるいはそれに似た何かで、炎のようなオレンジの毛並みに、目の周りには派手な黒のマーキング。
背は低いが、エネルギーに満ちあふれ、左目は鮮やかなサイバーブルー、右目は自然の鋭い赤。
半開きのテックスーツには、アーマープレートや発光ワイヤー、必要なさそうなベルトがごちゃごちゃとついている。
片腕は完全な義手で、メタリックな光沢と露出したサーボが煌めいていた。
そしてもう一方の手には——
…酒瓶。やはり。
「よぉー!」アカリが叫んだ。彼女を見つけた瞬間に。
「セリア・“ハッピーアワー”・マリソルじゃねぇか!」
酒を一口。
セリアはつい笑ってしまった。
「やっほ、アカリ。ギャレス」
ギャレスは分厚い腕を上げ、牙を見せて笑った。
「へへ。元気そうで何よりだ、セリア」
その声は荒っぽいが、底には温もりがある。
アカリは尻尾を揺らしながら軽快に隣の席に飛び込んだ。
「早いじゃん?」ニヤリと笑いながらまた一口。
「氷の王子にいいとこ見せたかったとか?」
アベルは目も上げずに言った。
「聞こえてるぞ」
アカリは鼻で笑った。
「聞かせるつもりだった」
ギャレスはその後ろの列にどっかり腰を下ろし、すでにストレッチを始めていた。
「前の任務、逃しちまったけどな…今回は燃える予感しかしねぇ。ロボットか、モンスターか、あるいはロボットモンスターか? どれでもこいってんだ」
セリアは二人の嵐のような存在に囲まれながら、少しだけ緊張が和らいでいくのを感じていた。
一度だけ、このメンバーで任務をこなしたことがあった。たった一度。でも、忘れられない経験だった。
そして今、またこうして揃っている。
チームは——
ゆっくりと。
確実に。
再び集まりつつあった。
そして、三人の間に小さな会話が自然に始まり——
「——でさ、あの時の俺!」
ギャレスが前の席に片足を乗せ、両拳を空中でぶんぶん振り回しながら、雷鳴のような熱量で話を続けていた。
「目の前にいたんだよ、あの化け物。見た目はマジでキモくてさ、身長4メートル以上!皮膚はドロドロの黒いタールみたいで、しかも…頭?バナナの皮を逆さにかぶせたみたいな形で、中には牙だらけの口があんだよ!」
アカリが飲み物を吹きかけそうになる。
「…何だって?」
「マジなんだって、兄弟!」ギャレスが吠えるように返す。尻尾が背後で勢いよく揺れていた。
「そいつ、口から酸吐きやがってさ——酸だぜ!? 俺が触る前に、爆風ドアを三重に溶かしてやがったんだ!」
セリアが瞬きをした。
「…それは、怖すぎる」
「だろ?」ギャレスは満足げに胸を張った。
「俺は二階からドロップキックでぶちかまして倒したぜ。肋骨三本いったけどな。超、満足」
アカリが眉を上げながら椅子にふんぞり返る。
「それ、お前の肋骨?それとも化け物の?」
「……イエス」
アカリが爆笑し、酒瓶を空中に投げてノールックでキャッチする。
「俺もいたかったなー。サンプルとして超良かっただろ、あれ。捕獲して研究とか、考えたことないのか?」
「気絶させようと殴ったら、爆発した」ギャレスが肩をすくめる。
セリアは不安げに笑った。
彼らのことは好きだった——それぞれカオスに満ちた、でも憎めない存在。
でも、会話のスピードについていくのがしんどかった。
カフェインと狂気の間で挟まれてる感じ。
教室の前方では、アベルが脚を組んでホログラムを操作していた。明らかにイライラしていた。
机の小さなタイマーをタップする。
到着時間は、とっくに過ぎている。
彼の顎がぴくりと動いた。
「遅刻だな」と、誰にともなく呟く。「まったく、当然って感じだな…」
その時——
ヒュンッ——カチャンッ!
ドアが派手に開く。空気が唸るように流れ込む。
「ごめんごめんごめーん!」顔より先に声が飛び込んできた。
「ちょっと気が散っちゃって!ハチドリがいたんだよ。いや、ドローンだったかも。とにかく超可愛くて追っかけてたら遅れちゃったの。責任は私にある。全部ドローンのせい」
セリアが振り返ると、エネルギーの塊みたいな少女が部屋に飛び込んできた。
彼女は…見たこともないタイプだった。
高く結い上げた黒髪は、紫のハイライトが差し込まれていて、動くたびに刃のように舞った。
黒と深紫の忍装束のようなボディスーツは、危険と優雅さの舞踏——忍者とモデルの中間みたいな装いだった。
その瞳は、遊び心と鋭さを同時に宿していた。明るいアメジスト色。
まるで紫嵐を駆ける手裏剣のように、キラキラと渦を巻いていた。
そして何より、彼女の“存在感”。
爆音レベル。
アベルの表情が引き締まる。
「ミユ。2分遅刻だ」
少女はぴたりと止まり、両手を降参のポーズで挙げると、困ったような笑みを浮かべた。
「うん、知ってる。悲劇だよね?」
「芝居がかった態度はやめろ」
「無理。私、芝居そのものだから」
「座れ」
「はーいっす。過去6人の校長にも同じこと言われたよ」
冗談っぽく敬礼しながら返す。「でもあの人たち、泣いてたなー。アベルくんは泣いてないね、偉い偉い」
アカリが吹き出す。
「ミユ!お前、相変わらずだなぁ!」
ギャレスもニヤリと笑う。
「まだドローン追いかけてんのか?」
「もちろん!」ミユがウインクを飛ばすと、室内を見渡し——セリアを発見。
「おっ!」と、彼女はスキップ気味に近づいてきた。
「新入りさん?見かけない顔だね!ミユって言うの!」
セリアは慌てて立ち直し気味に応える。
「えっと…セリア。セリア・マリソル」
ミユがぱちんと手を合わせる。
「うわー、超可愛い!」
セリアは照れながら微笑んだ。
「ありがと…ミユさんも、すごく綺麗だよ」
「でしょ?でも何回言われても嬉しい〜!」ミユは満面の笑み。
「女の子がチームに増えるなんて、ほんっっっっとうに嬉しい!こっちはね、ずっとテストステロンと無謀のかたまりと、機械アライグマに囲まれてたの!もうね——」
「ミユ」アベルの鋭い声が飛ぶ。
彼女はピタッと止まる。
「…はい?」
「座れ」
間。
そして、演劇的に一礼する。
「ただ今、着席いたします。雑談、終了します。約束しまーす」
ふにゃっとセリアの隣に座り込むその姿は、まるで落ちる枕のようだった。
セリアは少し照れくさそうに、それでも本物の笑みを浮かべていた。
——そして、部屋は「揃った」。
アベルの視線がチームに向かい、指先がホログラフのパネルを静かに滑る。
空中に浮かぶ名簿が、淡い青でひとつずつチェックされていく。
「ギャレス・アマドール」
「おう」ギャレスが腕を組みながら答える。まるで任務ではなく、殴り合いの準備のようだった。
「カネモト・アカリ」
「はいはーい」アカリが軽く頭を下げながら、また一口飲む。義手が光を反射する。
「セリア・マリソル」
「はいっ!」セリアが背筋を伸ばして答える。
「ミユ」
「はぁ〜い♪」ミユが片足でくるっと回転し、適当すぎる敬礼をかます。
チェックは全て完了。
アベルの表情が僅かに引き締まる。
人形のような顔立ちに、指先で流れるように操作された情報パネル。
小さな体のくせに、漂わせる“指揮の気配”は絹と炎のようだった。
——無駄な動きなし。
——迷いもなし。
——ただ、純粋な小さきプロフェッショナル。
そして——
コンッ。
ノックの音が、静かに響いた。
ドアに、コツ…コツ…コツと三度、鋭いノック音が響いた。
アベルの表情が即座に曇る。
「……何の用だ」
ドアの向こうから、低く落ち着いた声が返ってくる。
「レオニダスだ」
その瞬間、アベルの肩がぴんと張る。
そしてすぐに、姿勢を正して一礼した。
「失礼いたしました、司令。お入りください」
シュウウッ——
ドアが滑らかに開く。
部屋に入ってきたのは、二つの影。
一人目は、高く、堂々とした体格。
黄金に輝く鎧を身にまとい、その全身がまるで沈みゆく太陽の光を纏ったかのように輝いていた。
その鎧は、精緻な彫刻が施され、鋼のような人工照明の中でほのかに輝く。
胸元には菱形の紋章が刻まれており、その中心には青白く脈打つコアが埋め込まれている。
肩には王冠のような意匠の翼型ポールドロン——まさに“指揮”そのものを体現していた。
腰には刀が差されている。黒と金の柄に、菱形の巻き紐。
鍔は炎が巻かれたようなデザイン。
兜は被っていない。
だが、彫刻のように整った顔立ち以上に——その男が放つ重厚な“気配”が、人々の視線を引きつけて離さなかった。
彼は「歩く」のではない。
「現れる」のだ。
多元宇宙の最悪を前にしても、眉一つ動かさなかった者の貫禄で——
その後ろに続く影は、まったく異なる。
外見的な威圧感や荘厳さはない。だが、存在の重要性においては、決して引けを取らなかった。
黒と灰の陰影をまとったタクティカルボディスーツ。
無駄のないスムーズな装甲が、肩から腕、胸部をしっかりと包んでいる。
両腕にはシンメトリーに並ぶパッド。軽量かつ機動性を重視した造り。
胴にぴったりと密着したコンバットベストには、ポーチと補強縫製が走り、すべての装備が静かに目的を語っていた。
その上、首元には暗く柔らかいスカーフのような巻き布。
目立たないが、全体の輪郭を柔らかく仕上げる“差し色”のように感じられた。
——彼は、現場のために造られた男。
だが、他の戦士たちとはどこか違う。
すべてが計算され、選び抜かれた装備。そしてそれを着る“所作”まで、どこか洗練されていた。
セリアの視線が、無意識のうちに彼に吸い寄せられていた。
白い照明の下で、その顔立ちがはっきりと見える。
少し整っていて、どこか可愛げもある。
若さの中に、穏やかさと…言葉にしにくい“何か”が潜んでいた。
安定。静けさ。
けれど、それだけではない何か。
——間違いない。
彼だった。
昨夜の、あの人。
セリアの心が囁く。
(ハル……あの新入り?)
レオニダスがアベルに一つ、うなずく。
アベルは小さく背筋を伸ばした。
「ハル・タダシマ。即日、現役復帰とする」
アベルが鼻からゆっくりと息を吐く。
「……やはり、そうですか」
ハルが片眉を上げながら、ラフに前へ進む。
「なんだよ、嬉しそうな顔してないな、アベル。子供って“おままごと”好きだろ?」
アベルが睨むように視線を向ける。
「騒ぐ余裕はない。お菓子も持ってきてないしな」
セリアが瞬きをする。
(これが普通なの?)
ハルが口元を緩める。コートのポケットに手を入れたまま、にやりと笑う。
「残念。オレンジジュースと皮肉のセット、期待してたのに」
「それを“成熟”って呼ぶんだよ」とアベルがぴしゃりと返す。
「いつか手に入れられるといいな、その精神年齢」
——その瞬間。
馴染みのある三人の声が、空気を弾くように割って入った。
「おーおー、見てみなよ。死人が歩いてる!」
アカリがにやっと笑いながら、半分残ったボトルを振って言った。
「おかえり、キャプテン・インセル。サーカスへようこそ!」
「ははっ、久しぶりだな、兄弟」
ガレスが腕を組んで胸を張る。
「もうビビって逃げたのかと思ってたぜ」
「ふん、時間かかりすぎ」
ミユが腰に手を当てて言う。
「でもまあ…その登場、演出点は9点ってとこかな。許してあげる」
「……あの、久しぶりです」
セリアが小さく手を振った。
「また会えて嬉しいです。こうして同じチームになれて…って、え?」
彼女はふと部屋を見渡した。
「皆さん…彼のこと、すでに知ってるんですか?」
一瞬、空気が変わった。
アカリがまばたきをする。
ガレスが後頭部をぽりぽりとかく。
ミユが小首をかしげる。
セリアは気まずそうに固まった。
「……え? 変なこと言いました?」
ハルが苦笑を浮かべながら、首の後ろをかいた。
ちょっとばかり申し訳なさそうに、でもどこか優しげに。
「うん、そのことなんだけどさ…」
今度は、まっすぐに彼女を見つめた。
柔らかく、どこか後悔を含んだ目で。
「昨夜、全部を正直に話してたわけじゃないんだ」
セリアは目を瞬いた。
ハルは一呼吸置いて、静かに告げた。
「実は、俺……」
セリアが息をのむ。
「Cチームの正式なキャプテンなんだ」
セリアの顎は……落ちるというより、“外れた”。
思考が追いつかない。
キャプテン……?
は?
え、彼が?
キャプテン?
彼女の表情は、頭の中で何かが音を立てて崩壊しているのを完璧に物語っていた。
その様子を見たレオニダスは、ほんのわずかに口角を上げた。
「どうやら、チームはキャプテンを取り戻したようだな」
アベルはため息混じりに目をそらす。あまり愉快そうではない。
レオニダスは一礼して踵を返す。
「健闘を祈る。……願わくば、運に頼らずに済むことを」
——シュウウウッ。
ドアが静かに閉まった。
アベルは画面から目を離さずに手を軽く振る。
「タダシマ、座れ。今すぐだ」
ハルは気楽な足取りで前へ進み、指定された席に腰を下ろす。
そして後ろを振り返り、片方の口角だけを上げてセリアに微笑みかけた。
「あとで説明するよ」
セリアはこくんと頷くが、まだ頭の中が整理しきれていないようだった。
アベルが眉をぴくりと上げた。
「おしゃべりは終わったか?」
全員が小さく頷いた。
アカリでさえ、ややふざけた敬礼とともに。
「よろしい」
アベルは無機質に言って、コンソールに指を走らせる。
「それでは、ミッションについて話そうか」