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第2章 ― キャプテンと司令官

三人は歩調を合わせて歩いていた――正確には、二人が普通に歩き、一人が世界中が自分に特別な歩道を用意すべきだとでも言わんばかりに悠然と歩いていた。

夕暮れの光が通りを染め、太陽の最後の琥珀色の糸が屋根や電線に触れ、長い影を作り出していた。

空気にはかすかなセミの鳴き声が響き、遠くからは自転車のベルの音や、自動販売機が誰もいないのに飲み物を吐き出す音が聞こえてきた。

アズラエルが先頭を行った――彼自身がそう主張したからだ。

彼の尻尾は高く上がり、頭は王が自分の支配下にある王国を冷ややかに見下ろすかのようだった。通行人は無意識に彼を避け、中には彼が通り過ぎると震える者や、何をしていたか忘れてしまったように瞬きをする者もいた。

気づく者がいても、すぐに忘れてしまう。

その後ろでハルはポケットに手を入れ、視線を少し下に落とした――物思いに沈むわけでもなく、ただ避けるように。

ミユへの視線は時折ちらりと向けられたが、それはいつも短く、さりげなく、決して長くは留まらなかった。

もちろん彼女はそれに気づいていた。

彼女は軽く弾むような歩調で彼の横を歩き、ポニーテールが独自のリズムで揺れていた。

数歩ごとに、彼の鎧に亀裂がないか確かめるように視線を向けてきた。

そして笑顔で言った。

「髪、伸びたね」

ハルは瞬きした。手が無意識に白い前髪に触れた。

「……うん」

「それに染めてる」

彼女は頭を傾け、楽しげに責めるような目で見つめた。「ほんのちょっとだけど分かるよ。銅色の編み込み?一体誰よ?」

ハルは肩をすくめ、口元を少し動かした。「ちょっと……違うことを試してみたかっただけ」

「ふーん」彼女はからかうように彼の肩をつついた。「レオニダスが喜ぶわね」

ハルは鼻から息を吐き出した。「ああ、知ってる」

「許可なく外見を変えるのを嫌がるからね」と彼女は声をわざと低くして付け加えた。「『統一性が団結を生む』って。覚えてる?」

「休暇中は忘れてたかった」ハルは呟いた。

「長い休暇だったわね」とミユが返し、軽く彼の腰に体をぶつけた。

「考えることがたくさんあったんだ」

彼女の歩調が少し遅くなった。

「……うん」しばらくして彼女は言った。「いつもそうだよね」

再び歩き出した。

「ハルが何か考え事をしてる間」彼女は再び明るい声で続けた。「私たちはミッションで必死だったんだから」

ハルがちらりと彼女を見た。「誰が指揮を?」

ミユは苦笑いを浮かべた。「ミッションによるかな。時々はレオニダスが直接指揮を執ったり、その場でなんとかしたり。私も一度リーダーやったよ」

彼は眉を上げた。「それで?」

彼女は大げさに前髪を払いながらため息をついた。

「もうめちゃくちゃだった」

先を行くアズラエルが尻尾を軽く振った。「控えめな表現だな」

ミユは目を回した。「はいはい、猫のパパは黙ってて。ミッションは失敗しなかったよ」

「ギリギリだがな」アズラエルが呟いた。

彼女はハルに向き直った。「とにかく成功したの。アベルのおかげ。彼が途中で戦略を変えて助かった。私はただ……悪化させないように頑張っただけ」

「そこまで悪くないよ」ハルは小声で、少しからかうように言った。

彼女の笑顔が柔らかくなった。「リーダーには向いてないけど、必要不可欠って感じ?混沌の接着剤っていうか、物事を動かして、変わった方向に引っ張っていく感じかな」

彼は頷いた。「それは間違いない」

再び沈黙が訪れた――でも気まずくはなかった。

ただ、何かを待っているような充実した沈黙だった。

光が徐々に弱まり、空が青と紫に染まる頃、三人は駅に着いた。雲は指で伸ばした絵の具のようだった。

駅のホームは建物に囲まれ、小さく高く、開放的だった。頭上の蛍光灯は静かに唸り、メンテナンスが必要なことを思い出させるように時折点滅していた。床のタイルは無数の静かな夕暮れに磨かれて滑らかになっていた。

アズラエルは安全線のそばの柵の上に座り、線路を信用できないように細い目で見つめていた。

機械的なチャイムが鳴り響き、冷静で感情のない声が続いた。

まもなく列車が参ります。

ミユはハルのそばに近づき、彼の隣で手すりにもたれかかり、光る時刻表を眺めていたが、その注意は明らかに他の場所にあった。

「……戻ってくるつもりはあった?」

その問いは軽かった。しかしその後の沈黙はそうではなかった。

ハルは答えなかった。

言葉ではなく、行動で示した。

列車が到着すると、彼は一歩踏み出した。ヘッドライトが夕暮れを切り裂き、低く滑らかな音を立てながら列車はゆっくりとホームに近づいた。金属同士が擦れる音が規則正しく響き渡り、扉は冷たい空気を伴って静かに開いた。

銀色の長い列車は、少しだけ色の付いた窓を持ち、内部の明かりは無機質な白だった。壁沿いにプラスチック製の座席が並び、上部には約束を果たさないかのように手すりが軽く揺れていた。

乗客はまばらで静かだった。下を向き、イヤホンを付け、靴を丁寧に揃えて座っていた。

ハルは無言で列車に乗り込んだ。

冷たく無機質で電気の匂いがかすかに漂う空気の中、彼は一番近い席に向かい、窓際に座った。

ミユはしばらく外で彼を見ていた。

そして彼女も後に続いた。静かに靴音を響かせて乗り込み、ハルの向かい側の席にどさりと座った。

アズラエルは最後に乗り込み、公共交通機関を利用するという考え自体に不満げに尻尾を揺らした。

彼はため息をつきながらハルの隣の席に飛び乗り、影のように丸くなったが、片方の輝く目は開いたままだった。

列車のドアが閉まり、プラットフォームが遠ざかっていった。

静かな走行音が始まった。

ミユは伸びをして、腕を頭上に挙げ、ジャケットが少し上がりながら大げさなあくびをした。

そして前に身を乗り出し、顎を手に乗せて真っ直ぐハルを見つめた。

「……まだ答えてないよ」彼女は首を傾げた。

ハルは窓の外を見た。

光が通り過ぎ、反射が揺れ、自分の顔がガラスに現れては消えた。

誰も口を開かなかった。

アズラエルですらも。

しかし彼の心の中では――誰もからかえず、尋ねず、推測もできない静かな場所で、その問いが響いていた。

戻るつもりはあったのか?

彼には分からなかった。

今でも分からないかもしれない。

しかし今、彼はここにいる。

それには何か意味があるはずだった。

列車は静かに進み続けた。

列車はゆっくりと揺れ、線路のリズミカルな音が二人の間の沈黙を埋めた。外の街並みは夕闇にぼんやりと溶け、遠くの星のように明かりが点滅していたが、もう誰も窓の外を見ていなかった。

ハルは静かに息を吐き、指で軽く太腿を叩いた。

「……分からない」彼は低く呟いた。それはまるで自分自身に初めて認めるようだった。「戻るつもりがあったのかどうか」

ミユの視線は逸れなかった。

彼はちらりと彼女を見て、すぐに視線を戻した。

「でも、お前が迎えに来た」彼はさらに小さく言った。「だからもう無視できない。向き合わなきゃいけない」

彼女は微笑んだ――大げさでも、からかうでもなく、ただ柔らかく。

「だと思った」

その瞬間、彼女はハルが予想したよりずっと近づいた――彼が心の準備をする間もなく。膝が軽く触れ、小さく温かな手が彼の手にそっと重なった。

「大変だったよね」彼女は柔らかな声で慎重に言った。「でも……チームは本気でハルがいなくなることを望んでないよ」

彼女の吐息が彼の肌に触れた――温かく、甘く、いたずらっぽい。

「少なくとも……ほとんどはね」彼女は再び微笑んだ。

ハルは唾を飲み込んだ。頬が微かに赤く染まった。

彼女が近すぎた。

鮮やかすぎた。

リアルすぎた。

彼は手を動かさず、引きもせず、ただ視線だけをそらした。

アズラエルが隣の席で丸まったままゆっくりと頭を上げ、半開きの金色の目で二人を見つめた。

「この感動的なホルモンのやりとりを邪魔するのは忍びないが」彼は冷たく言った。「間もなく列車が停車するぞ」

ミユは動じなかった。ただハルが息をできるだけの距離を取り、彼女の手はまだ彼の手の上にあった。

「分かってるよ……」ハルは小さく呟き、ゆっくりと左手を裏返した。

その手には、治ることのない傷跡のように数字が刻まれていた。

87。

数字は淡い緑色の光を脈打つように放ち、まるでこれから鼓動を早めようと待ち構えているかのようだった。

ミユは彼に向かって右手を差し出し、手のひらを上に向けた。

23。

その数字は紫色の淡い光を放っていた。

二人は視線を交わし、数字を見つめ、再び互いを見た。

からかいも、冗談もなく、ただ静かな理解があった。

ハルが頷いた。

彼は自分が行くべき場所を理解していた。

「エイティセブン」

ミユが彼の目を見つめ、小さく息を吐いて言った。

「トゥエンティスリー」

その言葉を口にした瞬間、両方の数字が強く輝いた。

彼女の数字は鋭く、弾けるような紫。

彼の数字は深く落ち着いたエメラルドグリーン。

列車は一瞬だけ唸りを高め――

次の瞬間、静寂。

自然なものではなく、不自然な静けさ。

全てを飲み込むような。

ハルは瞬きをし、ミユは背筋を伸ばした。

全ての乗客が消えていた。

移動したのではなく、消滅していた。

列車も、座席も、明かりも、頭上で揺れる手すりもそのままだった。

しかし、人の姿は一人もなかった。

運転士も、囁き声もなかった。

ただ、アズラエルだけが丸まったまま、毎日こんなことが起きているかのように伸びをしていた。

「目的地に着いたようだな」彼は尻尾を軽く揺らしながら言った。

ハルはゆっくりと窓の外に目を向け、動きを止めた。

そこには街ではなく――

宇宙が広がっていた。

無限で、生々しく。

黒くはなく――色彩に満ちていた。

紫の筋が輝く星雲の間を渦巻き、黄金の球体が彷徨う思考のように浮かんでいた。

銀色の光の糸が虚空を交差し、天使たちの道のように広がっていた。

美しく、恐ろしく、どこか懐かしい。

ミユは隣で静かに息を吐き、目を見開き、数字と同じ紫色の光が微かにその瞳を彩っていた。

「いつも通りね」彼女は囁いた。

ハルは黙って星々を見つめた。

次の瞬間、周囲の空間が動き始めた。

列車は星々を通り過ぎ、窓の外には光が糸のように流れ、タペストリーのように周囲を包んでいった。

ここでは重力は意味をなさず、上下はただの提案に過ぎなかった。

次元を超えるごとに現実はプリズムのように折りたたまれ、展開された。

そして――まるでベールをくぐり抜けるかのように――

それが現れた。

列車は雲の間をカーブしながら飛び、その下に広がる世界は現実とは思えないほど息を呑む美しさだった。

空から見下ろすと、都市はまるで神々が描いた絵のように広大で輝き、古代の伝統と想像を超える未来が調和していた。摩天楼が天を目指して伸び、それはただ高いだけでなく、天上の雲を優雅に貫くほど巨大で壮麗だった。

プラチナ色や眩しいほどの白に輝き、エネルギーの血管のように鼓動する光の筋が刻まれていた。

滑らかな曲線を描く塔もあれば、垂直庭園やゆっくりと衛星のように回転する光のリングが装飾された塔もあった。

それぞれの建造物は、サイズや形状だけでなく、その精神においても独特であった。それらは単に調和しているのではなく、美しい旋律を奏でるように存在していた。

数十、数百、それ以上。

数え切れないほどだった。

そのすべての下には水が広がっていた。

輝く静かな運河が無限に続き、非現実的なスカイラインをまるで二重に映した夢のように反射していた。

都市はあらゆる方向に広がり、浮遊する公園や空中道路、螺旋状の鉄道、そして塔と塔を蜘蛛の糸のように結ぶクリスタルの橋が複雑に絡み合っていた。

湾曲した屋根を持つ寺院が光り輝くドームや無音で浮かぶ飛行船のためのプラットフォームの隣に誇らしげに立っていた。緑豊かな島から伝統的な尖塔がそびえ立ち、古代の幾何学と星間設計が融合していた。

これはただの都市ではなかった。

それは要塞だった。

宇宙の中心。

力と芸術、知性が息づく、目的に満ちた聖域だった。

列車は塔の間を自在に飛び、軌道もワイヤーもなく、ただ意志と動きだけで進んでいた。

ハルは席を立ち、ブレザーを整えた。

「レオニダスのオフィスで降りる」彼の声は落ち着いていたが、普段より少し硬かった。

ミユは日差しを浴びる猫のように席に伸びていたが、顔を上げて彼を見た。

「もう?戻ってきたばかりなのに」

「彼に会うべきだろう」ハルは言った。「報告したほうがいい」

ミユはわざとらしいため息をつき、身体を横に転がして彼を見た。

「頑張ってね。彼、あんまり『おかえり』ってタイプじゃないし」

ハルはかすかに微笑んだ。「彼は僕には少し甘いよ」

彼女はわざとらしく眉を寄せ、拗ねた表情をした。

「あー、ずるいなぁ。私なんか二分遅れただけで怒鳴られるのに」

「君はいつも二分遅れるからだよ」ハルは返した。

「細かいこと言わないでよ」彼女は呟いた。

列車が降下を始め、窓の外の都市の輝きが少しずつ薄れていった。星やスカイラインに満ちていた窓は黒く不透明になり、駅に近づいたことを知らせていた。

速度が落ちる。

頭上で柔らかなチャイムが鳴った。

アズラエルは再び頭を上げ、個人的な恨みでもあるかのようにドアを見つめた。

「消滅しないようにな」彼は小さく呟いた。

ハルは彼を横目で見た。「信頼ありがとう」

ミユは身体を起こし、髪を耳の後ろにかき上げ、その紫色の瞳に都市の最後の輝きを映していた。

「将軍によろしくね」

「君が謝ってたって伝えておくよ」

「ハルが必死に戻りたいって言ってたって伝えてね」

ドアが音を立てて開いた。

列車が停車した。

ハルは降り立った――不可能な光景の真ん中へ。

ハルが列車を降りると、そこはターミナルではなかった。

そこはオフィスだった。

足元は列車の磨かれた金属の床から滑らかに変化し、暗く艶やかな黒曜石の床になり、金色の精密なフィリグリー模様が流れるように回路のようなパターンで刻まれていた。

壁は大きく弧を描いて天井へと続き、床から天井までの窓から柔らかな光が室内に注いでいた――だが、それはハルの知る太陽ではなかった。 ここの光は、もっと明るく、白く、澄みきっていた――まるで古代のクリスタルを通した星の純粋な輝きのように。 透明な壁の向こうでは、浮遊するモノリスが静かに漂い、そこには時を超えた言語が刻まれていた。 空中にはデジタルディスプレイが浮かび、まるで宙に舞う羊皮紙のように、レポートや図面、変化する次元間マップを静かに映し出していた。 しかしその混沌は静かで、完璧に整理され、優雅に設計されていた。


ここはただのオフィスではなかった。 司令室であり、聖域であり、 無数の世界の運命を左右する決断が下される、要塞上層の玉座の間だった。


その中心で、まるでこの部屋がラウンジで、マルチバースの運命など後回しにできると言わんばかりにデスクにもたれかかっていたのが、レオニダス・キングストンだった。 彼は高身長――まず誰もがそう思う。だが、それだけではない。まるで神々とレスリングして遊び、最後に握手したような体格だった。 肩幅が広く、開いた襟のシャツがよく似合い、袖は前腕まできれいにまくってある。その腕には鍛えられた筋と日焼けの痕が浮かび上がっていた。 肌は温かみのあるオリーブブラウンで、どこか遠い太陽に焼かれたような黄金色の輝きがあった。 顎には短いヒゲがきれいに整えられているが、きっちりしすぎない絶妙な無骨さがあった。髪はゆるく後ろに流れ、無造作なのにどこか整って見えた。 そしてその瞳――鋭く、琥珀色とヘーゼルの入り混じった光を帯び、ハルが入室した瞬間にロックオンされた。


すでに口元には得意げな笑みが浮かんでいた。


「やれやれ」とレオニダスは言った。その声は豊かで温かく、すべてお見通しだと言いたげな茶化した響きを含んでいた。 「うちの坊やも結局は戻ってくるって分かってたさ。」


彼は少し身体を伸ばしつつ、まだ机の上に手を置いたまま支えていた。 「どうせ……ミユがちょっと目を輝かせただけで、お前の“精神的放浪”の大計画は五秒で崩れ去ったんだろ?」


ハルは一度だけまばたきし、無表情に言い返す。 「……それがレオニダス・キングストンの偉大なる計画だったのか?」


レオニダスは笑った――気取らず、余裕があって、部屋中に響くが威圧感のない指揮官の笑いだった。 彼は前に一歩踏み出し、ハルが避ける前に力強くしっかりとハグした。


ハルは抱き返さなかったが、拒むこともなかった。ただほんの一瞬だけ硬直して……そして息をついた。


レオニダスは背中を力強く叩き、ゆっくり離れた。 「久しぶりだな、ハル。」 「……うん」ハルは少し視線をそらしながら小さく答えた。「久しぶりだ」


少しの間があった――重くはないが、密度のある沈黙だった。

レオニダスはハルを上から下までざっと見て、今度は腕を軽く胸の前で組んだ。

「雰囲気変わったな」と彼は言った。「ちょっと大人びて、ちょっと鋭くなった。髪は正直あんまり好きじゃないけど、その『静かに長く考えすぎてた』って雰囲気は気に入ったよ。」

ハルは片眉を上げた。「それって忠島家のブランドじゃないの?」

レオニダスはニヤリと笑い、デスクの上から小さな銀色のコインを放り投げて、軽やかにキャッチした。

「いや、それはお前だけのやつだ。」もう一度コインを指先で回す。

「でも、戻ってきてくれて嬉しいよ。」

ほんの一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、皮肉っぽさがその目から消え、

残ったのは…温かさだった。

レオニダスは最後にコインをキャッチし、手のひらに乗せて静かに休めた。そのまま少し首を傾け、沈黙をまるでよく知っている言語のように読み取るように、ハルをじっと見つめた。

「それで…」声は静かに落ち着いたものになった――重くはないが、集中している。

「次のミッションを受ける準備ができたってことか?」

その言葉は空気の中にしばらく残った。

ハルはすぐには答えなかった。

ゆっくりと、深く息を吸い込む――長い間揺れ続けていたものを静めようとしているようだった。

部屋の隅――クリスタルの光が届かない影の中で、アズラエルがじっと静かに座っていた。レオニダスには見えないが、確かにその場にいた。目を細め、尻尾をきつく巻き付け、まるで何か避けられないものに備えるかのように。

ハルは息を吐いた。

「辞めに来た」

その言葉は大きくなかったが、雷のように響いた。

レオニダスは動かなかった。最初は。

だが、その瞳の奥で何かが動き――驚きが一瞬だけ走り、それもすぐに冷静で読み取れない静けさへと変わった。

眉がほんの少しだけ下がる。

そして姿勢が変わった――肩をまっすぐにし、腕をほどいて机から体を起こした。もう笑ってはいなかった。

ハルも同じだった。

二人の視線がぶつかる――甥と叔父、キャプテンと司令官。説明は不要なほど互いを知り尽くした者同士。

怒りもなければ、責める気配もない。

ただ、長い歴史が積み重なった静かな対峙。

それ以外には何もなかった。

部屋が静まり返る。

そして、その視線が交わされたまま、時が止まった。

少しの間があった――重くはないが、密度のある沈黙だった。

レオニダスはハルを上から下までざっと見て、今度は腕を軽く胸の前で組んだ。

「雰囲気変わったな」と彼は言った。「ちょっと大人びて、ちょっと鋭くなった。髪は正直あんまり好きじゃないけど、その『静かに長く考えすぎてた』って雰囲気は気に入ったよ。」

ハルは片眉を上げた。「それって忠島家のブランドじゃないの?」

レオニダスはニヤリと笑い、デスクの上から小さな銀色のコインを放り投げて、軽やかにキャッチした。

「いや、それはお前だけのやつだ。」もう一度コインを指先で回す。

「でも、戻ってきてくれて嬉しいよ。」

ほんの一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、皮肉っぽさがその目から消え、

残ったのは…温かさだった。

レオニダスは最後にコインをキャッチし、手のひらに乗せて静かに休めた。そのまま少し首を傾け、沈黙をまるでよく知っている言語のように読み取るように、ハルをじっと見つめた。

「それで…」声は静かに落ち着いたものになった――重くはないが、集中している。

「次のミッションを受ける準備ができたってことか?」

その言葉は空気の中にしばらく残った。

ハルはすぐには答えなかった。

ゆっくりと、深く息を吸い込む――長い間揺れ続けていたものを静めようとしているようだった。

部屋の隅――クリスタルの光が届かない影の中で、アズラエルがじっと静かに座っていた。レオニダスには見えないが、確かにその場にいた。目を細め、尻尾をきつく巻き付け、まるで何か避けられないものに備えるかのように。

ハルは息を吐いた。

「辞めに来た」

その言葉は大きくなかったが、雷のように響いた。

レオニダスは動かなかった。最初は。

だが、その瞳の奥で何かが動き――驚きが一瞬だけ走り、それもすぐに冷静で読み取れない静けさへと変わった。

眉がほんの少しだけ下がる。

そして姿勢が変わった――肩をまっすぐにし、腕をほどいて机から体を起こした。もう笑ってはいなかった。

ハルも同じだった。

二人の視線がぶつかる――甥と叔父、キャプテンと司令官。説明は不要なほど互いを知り尽くした者同士。

怒りもなければ、責める気配もない。

ただ、長い歴史が積み重なった静かな対峙。

それ以外には何もなかった。

部屋が静まり返る。

そして、その視線が交わされたまま、時が止まった。



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