2.願い事は必要ない
お題(キーワード三つ)
・風鈴
・迷い猫
・嘘の願い事
ChatGPTより
今年も嫌な季節が来た。
「優渚、短冊書いちゃってくれる?」
母が私に折り紙で作った長方形の紙を渡してくる。
うちの家は商店街の通りに面していて、毎年七夕飾りを飾る。
私は毎年同じ願い事を天の川にする。
『弟が元気になりますように。』
1年のほとんどを病院で過ごす弟がおうちに帰ってこられるように。
ほんとはちがう。
もっと別のことをお願いしたい。
背の順で2番目より後ろになりますように。
かけっこが早くなりますように。
――青木勇人くんが私のことを好きになってくれますように。
チリリと涼しげな音を響かせていた風鈴が、急にけたたましくなりだした。
慌てて庭に面した窓の方に目をやると、見たことのない猫が身長の何倍もジャンプして、風鈴の短冊にじゃれついていた。
ヂャリヂャリと風鈴が悲鳴を上げる。
「あらまぁどこのねこちゃんかしら」
よく見れば首輪がついている。黒と白の毛皮に良く似合う赤色の首輪。
窓辺に近づくと行儀よくウッドデッキに座ってにゃーんと人鳴きした。
網戸を開けて、ウッドデッキに座ると猫が寄ってくる。
手を差し出すと指先のにおいを嗅ぎ、なでろと顎下を擦り付けてきた。
「かわいいね」
ふわふわとした毛にホカホカの体温が心地よく、落ち込んだ気持ちがほどけた気がした。
なで方に満足したのか、ずうずうしくも膝の上に上がり、どしりと座ってきた。
首輪にはM.Aとイニシャルが掘ってあるのが見えた。
「優渚のこと気に入ったのね。近くの子ならそこにいれば通りから見えると思うし、走って逃げちゃわないように見ていてあげて」
膝にぬくもりを感じながら、揺れる笹と生垣と青い空を眺めていた。
自分より少し高めの体温に汗ばみ始めたころ、家のインターホンが鳴った。
戻ってきた母は、私の好きな子を連れていた。
なんで?どうして家にいるの?
顔に熱が上がるのを感じながら、彼の目を見れないでいた。
「クラスメイトの青木君が来たわよ。その猫ちゃん青木君のおうちの子なんだって。」
「こんにちは」
ぱくぱくと音のする心臓を抱えて挨拶を返す。
「こんにちは」
「スイカあるから食べていきなー」
母の一言で2人並んでスイカを食べることになった。
「暑いね」
「うん、暑いね」
「スイカおいしいね」
「おいしいね」
「みーこ、捕まえてくれてありがとう」
「かってにうちに来ただけだよ」
「そっか」
「うん」
カラリと鳴った麦茶の氷は、勇人が帰るまで溶けなかった。
お読みいただきありがとうございました。