1.古井戸のゆらめき
お題(キーワード三つ)
•赤い糸
•忘れられた井戸
•溶ける氷菓子
ChatGPTより
蝉の声が聞こえだした。
この季節は、センチメンタルになる。
30年も前のことなのに――。
古い邸宅の庭には、石を積んだ金魚鉢があった。
正確には金魚鉢というには大きいが、池というにはあまりにも小さい。
子供の背では中を十分には覗けないくらい、石は高く積まれていた。
でも、縁側でくつろいでいると中の水が軒下の垂木に反射する。
キラキラと不思議な模様を描く。
寝転びながらぼんやり眺めるといつまでだって見ていられた。
それに気が付くのは決まって蝉が鳴きだすころだった。
その日も少しひんやりする板張りの床に頭を預けて、揺らめく天井を眺めていた。
ぶわりと風が吹き抜け、穏やかだった揺らめきが激しく移り変わりぎらぎらと反射した。
「もし…。」
金魚鉢の方から涼しげな声がする。寝ころんだまま目線をやると、現れたのは浴衣姿の女性だった。
黒い髪とまつ毛は長く、濡れたように艶やかで、頬と唇は朱がさしている。浴衣の胸元は緩まり、裾が開いて見える脚は白く、そしてはだしだった。
起き上がり、答えようと口を開く。
「どちらさまでしょうか?」
のどがひり付いて、出た声は自分のものとは思えないほどかすれていた。
どこか儚い印象だが、かち合った目の鋭さに心臓が早鐘を打つ。
「いえ…お父様にこれをお渡しになって。坊やにはこれを。」
一瞬目を伏せて、上げた瞳は穏やかだった。
差し出されたのは、左手に握られた口の開いた封筒と右手の氷菓子。
受け取ろうと手を出して、まじまじと女性の左手の中を見ると、黒い糸を赤い糸で束ねたもの。
髪の毛だった。
ぎょっと女性の顔を見ると、右頬の髪が短くなっているようだった。
「それと、坊やにはこれをあげよう」
右手がぐっしょりと濡れており、出てきたのは乳白色の塊、アイスクリンだ。
「え……。」
心にいくつもの疑問、右手に黒い髪の毛、左手にあいすくりんを握らされたまま立ち竦む。
ゆらり…と女性が金魚鉢の方に進んでいく。
細身で長身な彼女なら、石積みの中を覗けるだろう。
黒い髪に反射する水面のゆらめきが女性の存在をあやふやにしていく。
やけに暑く感じて手の中の冷たいそれらに目を落とす。
やっぱり返そうと顔を上げるとそこにはもう女性はいなかった。
アイスクリンが溶けてべたつく手は、洗っても洗ってもきれいにならなかった。
お読みいただきありがとうございます。
初手からホラーテイストになってしまいました。
これじゃ、○子ですね…。