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ぼくの部屋には求人誌が何冊も積み上げられ、それらはテレビ台代わりになっていて、ぼくがあぐらをかいたときに目線の高さがちょうどいいようになっている。お昼の再放送のドラマを他にやることがないから観ている間中、仕事のことが頭から離れない。こんなことならあのままバイトを続けていた方が良かったくらいだと後悔している自分を呆れた顔でみているもう一人の自分を画面に映す。
もう何回繰り返したのか分からないくらいの過ちなのに我慢できない自分が嫌になる。たった一日で仕事の何が分かるというのだ。世間でよく言う、せめて三ヶ月くらいの我慢すら出来ないぼくは社会に適合できない不能者に違いない。ぼくは働くために生まれてきてない、劣性の人間なんだ。
世の中の大勢の人達が楽しく働いているわけではないということはぼくでも分かる。問題なのはそれでも同じ仕事を長く続けられているという事実だ。どうしてぼくにはそれが出来ないのか、その自分と他人との違いをぼくは知りたかった。
求人誌を眺めるのも目が疲れてくるくらい何度も目を通し、それで二、三めぼしいところが見つかれば上出来だ。大半は先週と同じ求人が並んでいるだけで、もう二ヶ月以上も載せているものもある。
きっとそこはとんでもなく出入りが激しく待遇も悪い、最悪の職場なのだろう。以前そういうところで働いたことがあったから、なんとなく想像がついた。
職場の人間はどうしようもないくらいクズな連中ばかりだった。男は風俗かパチンコの話で一日を費やし、女は下卑た話が大好きで、恥じらいなんてとっくに捨ててしまったようなのばかり。
そんな職場に当時のぼくのような世間知らずが一人入ってきたら格好の的になるのは当然のことだと今なら分かる。
けど、その当時のぼくは連中の他愛のない会話に馴染めず、いちいち馬鹿正直に反応して、ムキになって反論して、連中にめんどくさい奴と思われ遠ざけられ、正論ばかりを口にしてほんと今考えると付き合いづらい人間の代表みたいな奴だったと恥ずかしくなる。
世間が正論通りに動くのならば争いなんかは生まれない。このたった一つの事実だけで全てが結論付けられるのに、ぼくは自分の思い通りにならないことに腹を立ててばかりで、いつも不愉快な顔をして生きていたように思う。
あの職場の連中をクズと言うのなら、彼らのことを嫌い、そう形容していたぼくも同類だとは気づけなかったのは、やっぱりぼくが未熟な人間だったからだろう。他人を否定して自分の問題を解決しようとはせずに過ごしていたぼくは、自分のことを考えたくなくて、他人の言動に執着して非難ばかりしていたようだ。
そのままにしておいたぼくの問題は今もぼくの胸の内にある。解消されないまま残っているこの問題は、ぼくが本気になって解決しようとしない限り一生このままなのだろう。よく大人になっても子供のような態度をとる人がいるが、あれがまさしく近い将来のぼくになる。
そう考えると恐ろしくなり、以前よりも生き方について真剣に考えるようになれた。よく本も読んだ。そう、今のぼくに足りないのは経験だと思う。なんでもいいから行動することだけが今一番必要なことだと分かっていたのに、たった一日でバイトを辞めた自分に嫌気がさす。
夕方になりぼくはページの端を折っていた箇所の求人を見て、もう遅いかなと思いながら電話を入れて、明日面接をしてもらえることになった。早くこんな一日を過ごさなくてもいいようになりたい。今度こそ一から出直しだ。