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 レジのおばさんの後について事務所の二階に上がっていく間、やっぱり間違えましたとか適当に言い残して今日はその場を去ろうなんて考えている自分を必死になって、面接だけだから、落ち着こう。働くとかは一旦脇に置いといて、とりあえず話を聞くだけだから、と自分が面接を受ける側だということさえ忘れ、何とか自分を奮い立たせ休憩室らしき部屋に通されるまでは辛抱できた。

 ぼくの予想ではおっさんが出てきて、偉そうな態度と口の利き方で、値踏みするような視線でじろじろ観察されながら、おきまりのコースで質問攻めにされると思っていたら、案外若い人がぼくを手前のイスに座るよう促してきた。

「どうぞお掛け下さい。これから面接を行う店長の橋本です」

 そう言われたような気がする。店長の名札を見たら吉岡と書かれていた。ぼくは相手の言葉が頭に入ってこないくらい緊張の極致で、店長が思っていたよりも若かったことに若干安心を覚えつつ、でもこの面接は駄目そうだと感じたのは、いつもより質問の回数が少ないためだ。経験上面接時間が短い時は落ちるパターンだったから、ぼくの隙だらけの履歴書を見ても当たり障りのないことばかりを訊かれ、いつもなら空白の期間を容赦なく突っ込まれるのにそれもない。見た目で使えないと判断されたのだろうか。

「もし、うちで働いて貰うことになったらいつから来られますか?」

「明日から大丈夫です」

 つい心にもないことを言ってしまったと後悔する。ええかっこしいのぼくは時々そういう受け答えをして後々悔やむことが多かった。そんなことをする原因は薄々解っているのだ。反射的に口が動く、この反射を修正することがこれからのぼくの課題だと強く自覚する。

 とりあえずこの場は面接に意欲的な求職者を演じよう。どうせ落とされるんだから適当なことを言っても大丈夫だろう。受かる気配が全く感じられないし、この若い店長だってもうくだけた口の訊き方になってるから、ぼくも遠慮なく好き勝手答えてやろう。

 面接が終わり階段を下りるぼくは気が大きくなっていて、もしここで働くことになってもうまくやっていけそうで、ここなら働いてもいいかな、とさえ思えるようになっていた。

 店の外に出た途端、頭にかかっていた靄が晴れ、塞ぎ込む感覚も取れ、何も解決していないのに仕事の問題が片付いたような清々しい心地でいた。今日のところは古本屋によってまた自分の内面を見つめ直すきっかけをくれそうなものを探そうと考えた。仕事のことは今日はいいだろう。明日からまた仕事探しをがんばろう。でも、今週の求人誌には一通り目を通したし、もう他には働きたいと思えるところも見つからなかったから、また来週の求人誌が発売されるまでは、自由時間としよう。

 そう決めてぼくはふらふらと人通りの多い場所へ歩いて行くことにした。交通機関を使わなくても大丈夫、少しくらい歩かなくては不健康だ。体にも適度な負荷を掛けてあげないと。

 一人暮らしの部屋には四時頃には着いた。ペットボトルのお茶で一息入れながら携帯を開くと、見慣れない番号からの着信履歴があった。さっきのスーパーからのだ。ぼくの呼吸は苦しくなり、きっとこれは採用の連絡だ。断りの連絡なら早すぎる。いくらぼくのような人間にでもそんな礼を欠くような真似はしてこないだろうと思ったからだ。どうしよう。心の準備ができていない。まだ働く覚悟が足りないような気がする。このまま返信せずに、いっそ着信拒否にしておいてやり過ごそうか。困ったことになってきた。心臓が痛い。携帯を握るぼくの手が震えている。

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