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前のバイトを辞めてから五ヶ月引き篭もって、もう季節が夏に変わっていて、練炭自殺は暑くて無理だからとか、自分に死なない理由付けまでしてどうにか生きようと望んでいることを認めたくなくて、それでも毎週の求人誌だけはかかさず購入しているから、仕事しなきゃという苦痛は消えないまま、ぼくは先週面接希望の電話をした。

 これから1時に家を出て、歩いて二十分もかからない場所へ行けば勝手に口が面接用に動いて、表情なんかも、いかにも真面目って顔して真剣にここで働きたいんですって演技をやって、そこを出た後に自分に嘘をついた罪悪感に苛まれ、また部屋に閉じこもって鬱になって後の時間は過ぎていくのも、何度も繰り返してきたことだから、怖くなんかないはずなのに、ぼくはまだ面接に行こうか、断わりの電話を入れようかで迷い中だった。

 あと七分くらいは大丈夫。八分過ぎたら家を出ないと面接の時間にぎりぎりだ。でも走ったら八分でも間に合う。けど、こんな暑い中走りたくない。汗をかきたくない。いっそ連絡もなしにぶっちぎってやろうか。どうせたいしたバイトじゃないんだし、これくらいのだったら求人誌の他のページに似たようなのがあったはず。

 先週の、電話をした時あった勢いが信じられないくらい、ぼくは怯えている。電話をした直後は働いている自分が想像できたのに、今じゃまた寝逃げしたほうがましだなんて考えている。この不安から逃れられるのなら、金なんかなくてもいいとさえ思える。またひもじい食生活になっても耐えられる。外に出て働くことの苦痛に比べたら空腹なんて楽なもんだ。この間なんて食パンを買いに行くかどうかで悩んだ挙句、結局いちごジャムをスプーンで二匙すくって昼と夜を済ませたんだから。

 またぼくは行かなくていい理由ばかりを考え始めている。最近分かってきたことだけど、やらなければいけないことから逃げたい時のぼくはそうやって理論武装して自分にやらなくていいのだと言い聞かせている働きに、今まで行わなかった抵抗をしてやろうという気持ちが起きてきた。

 似たような状況で何度も同じ”逃げる”という選択をしてきて、同じような結果しか得られないでいたこれまでを省みて、少しは違う人生の展開というものを見たい、そうしないとこんなくだらないぼくの人生がこれ以上惨めになるような焦りから、ようやくぼくは自立について真剣に考え出していた。

 誰かに頼らず行ける所まで生きていこう。そんな背水の陣で望んだはずの昨日までの決意は、あっさりと破られつつあった。こんな中途半端な気持ちで面接したって落とされるに決まってるけど、行くだけ行こうかな、と投げやりな前向きさ?でぼくは部屋をでることにした。


 ぼく以外の人間は皆ぼくを見ている。ぼくはつねに観察されていて、その為ぼくは下手な行動がとれず常に窮屈な思いをしながら生きていかなければならない。何で他人のことがそんなに気になるのか、ぼく以外の人間は周りを気にしすぎなんだよ。そんなにぼくのあら探しをして、ぼくを追いつめたいのか理解に苦しむ。

 と、ぼくは本気でそう感じていたし、考えていた。少しだけ本を読んだ分賢くなったはずの現在のぼくは、過去の自分がいかに歪んだ思考で苦しんでいたのか客観視することが可能になり、それによってこんな考えには矯正をしなければならないことが分かるので、そのための訓練として自分の中で、自分をよりよく生かす為の、自分ルールみたいなものを築き上げることにした。

 それは思想とか宗教とかの生きる指針を示すようなものには違いないが、唯一つその思想も宗教も自分を幸せにする為だけにつくられるべき、自分にしか適用しない、自分の手によってしか完成をみないものでなければならないということだ。したがってぼくには信仰というものは必要のないものだ。ぼくが縋っていいのは自分で経験し築き上げたものだけで、ぼくは自分で自分をしつけるのだ。ぼくはもう死にたいなんて思わない。幸せを望むことを止めない精神力を持った、自分の理想を実現させる人間になる為の努力を惜しまない日々を送るのだ。

 と意気込んでみたものの、面接場所のスーパーに早めについているのに、店の外で酷くなってきた動悸を堪えるのが精一杯で、やっぱり今日は面接をする日和ではないから、ここから店に断わりの電話を入れて、せっかく来たんだから、食料を買って今日のところはおとなしく引き篭もろうという結論に至っていた。

 でも、それでは何も変わらないではないか、とりあえず入店しよう。まずは客を装いつつ店の雰囲気を観察して働いている人たちが良さ気だったら、優しそうな人を見つけて声をかけよう。

 よし、まずはそこまでを目標にがんばろう。少しづつ成長をしていこう。これだって立派な成長だろう。前向きに生きてるよぼくは。

 そこからさらに面接の時間を過ぎてからぼくはレジのおばさんに声をかけることに成功した。安売りの食パンをカゴにのせた状態ではあったけど。

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