56:私は……。
◇◇◇◇◇
ユリウスの執務室を去ろうとしていたら、呼び止められた。珍しく命令形じゃない言葉で。
「っ――――待ってくれ」
「なんで?」
振り向かずに聞くと、今度は「すまなかった」と。ユリウスが謝った。人のことは言えないけど、謝ったら負けを体現して生きているタイプのユリウスなのに、謝ったのだ。しかも、ちょっと頼りないような弱々しい声で。
「話を、聞いてくれないか?」
「いいけど?」
振り向くと、見たことのない不安そうな顔。ユリウスにそんな感情ってあったのね。
あ、乙女ゲームの中ではちょっとあったか。クリスティーナが暴漢に襲われそうになった時とか。剣を構えて乗り込んでたっけね。
ああいう風に助けられると、吊り橋効果なのか恋の炎がめちゃくちゃ燃え上がるっぽいのよね。
「お前は誰なんだ?」
「へ? いや、イザベルだけど?」
この前、そう話したよね? ちょいと前世が強く出ぎみだけど、イザベルはイザベルなのよね。
それを証明しろと言われると、ちょっと難しいけれど。
「イザベルは、クランツのような低い爵位に興味は持たない。ラウルにしてもそうだ。あいつがお前に恋心を抱いているのを知っていても、優しくなどしなかった」
「ん? 優しくしてるっけ?」
「以前のイザベルに比べれば、格段に」
ふむ。分からん。分からないから、対処のしようもない。ということで、この件は無視でいいはず。
「だとしたら? 何? ユリウスに関係ある?」
「っ…………そもそも、お前が持ちかけてきた話だろうが」
――――あ、そういえばそうなんだっけ。
ここの記憶が、びっくりするくらいにないのよね。
あと、考えると頭が重くなる感じがする。だから、深く追求しないようにしていた。ちゃんと思い出そうとしたほうがいいのかなぁ。
「あー。ごめんね、そこのところ、本当に覚えてないの」
「っ……私は、どうしたらいい?」
ユリウスがまた執務机に肘をついて、両手で顔を覆った。
「好きな者がいるのなら、言ってくれ。受け入れるから」
「ん? ユリウスって本当に私のことが好きだったの?」
「………………悪いか」
重たい一言。
重たい空気。
顔が、熱い。
心臓が痛い。
――――えっ? あれっ?
ずっと、計算とか計画なんだと思ってた。ユリウスの反応って。ツンツンツンツンなデレは、友人としての反応なんだとばっかり。
えっ? あれっ? 私…………私は、ユリウスのことどう思ってるんだっけ?





