オフィーリアは負けない ~逆境に落ちた元令嬢の使用人は悪に鉄槌をくらわせて幸せになります~
最愛の両親が突然亡くなった。
オフィーリアは叔父にあたる男爵家に引き取られることになったが、そこで待っていたのは、お世辞にも温かい居場所……などというものではなかった。
「いいかオフィーリア、他に引き取り手がいないから仕方なく保護してやったんだ。我が家も無駄飯喰らいを養っておける余裕はない。しっかりと働いてもらうからな」
オフィーリアが屋敷に来て叔父のナジルから最初に言われた言葉がそれだった。
両親を亡くしたばかりのまだ少女といってもよい15歳のオフィーリアを慮る優しさなど欠片も存在していなかった。
「はい……叔父さま」
オフィーリアは黙って頷くしかない。
「叔父さまはやめろ。お前を身内だと思ったことなど一度もない。ナジルさまと呼べ」
「もうしわけございません……ナジルさま」
「貴女が新入り? 人手が足りてないんだ。ほら、ぐずぐずしていないでさっさと着替えな」
「あ、あの……着替えるって? 荷物はどうすれば?」
右も左もわからない状況で、メイド長から怒鳴られるオフィーリア。
「メイド服に決まっているだろうが!! ああ、まったく使えない子だよ。ジル、お前が面倒みてやんな。部屋もあんたと同部屋でいいだろ」
「はい、メイド長。えっと?」
「オフィーリアです。ジルさん」
「オフィーリア、部屋へ案内するから一緒について来て」
ジルに案内されてやってきたのは、本邸の裏手に建てられている粗末な建物。ここは使用人たちが寝泊まりするための共同空間だ。
当然個室など無く、必要最低限の設備しかないが、雨風を凌げるだけマシだとジルは笑う。
「まあ、なんか訳ありみたいだけど元気出しなよ。生きていれば良いことだってきっとある」
孤児だったジルにとって生き残るだけで精一杯だった。生きていることが幸せ。そんなジルの前向きな強さにオフィーリアは勇気づけられる。
「ここが私たちの部屋だよ。まあ古いしボロいけどちゃんと布団は干しているし、掃除もしているからね。荷物はそこに。えっと仕事をしたことは……」
「ごめんなさい……無いです」
「だよね、大丈夫、一からちゃんと教えてあげるから……ってなんで泣いてんの!?」
突然泣き始めたオフィーリアに慌てるジル。
「違うの……優しさが嬉しくて……ジルさんがあったかくて……」
「ひうっ!? わ、私が優しい? あったかい? そんなこと初めて言われたよ。ほ、ほら、早く着替えないとメイド長に怒鳴られるから、あとジルさんじゃなくて、ジルな」
「はい……ジル」
「オフィーリア!! 床が汚れているから掃除して」
ナジルの娘イライザがオフィーリアを呼びつけ命令する。
「今、掃除したばかりですが……」
「うっかり唾を吐いちゃったのよ。あんまりアンタが醜いから虫唾が走っちゃったのね」
イライザにとって、容姿端麗頭脳明晰なオフィーリアは常に比較される疎ましい存在であった。蓄積した鬱憤を晴らすかのように、初日からやりたい放題無理難題を言いつける。
当然ながらメイド長は見て見ぬふりを決めているし、叔父夫婦も窘めるどころか、便乗してくる始末。
一日が終わると、オフィーリアはぼろ雑巾のように疲れ果てる。
ただでさえ慣れない重労働に加えて、イライザたちはわざと階段を何往復させたり執拗に苛め抜いた。足は棒切れのようで動いてくれない。白魚のようだった綺麗な手はあちこち擦り切れている。
涙が滲んできても誰も助けてくれる人はいない。帰る場所はもうどこにもないのだ。
「オフィーリア、よく頑張ったね。お屋敷の方はこれで終わりだけど、まだ終わってないよ」
自分で立って歩くこともままならなくなっていたオフィーリアを肩に担ぎながらジルが説明を続ける。仕事が終わってもやるべきことは山ほどあるからだ。
オフィーリアは使用人の中でも一番雑用をしなければならない立場。使用人たちの食事の準備や洗濯などは新人の仕事。ジルに支えられながら、歯を食いしばってなんとかこなしてゆく。
初日、疲れ切ったオフィーリアは泥のように眠る。ベッドは固く、布は薄くて寒かったが、気にしている余裕はなかった。
翌朝は日の出前、まだ暗いうちから起床して朝食の準備。湯あみなど夢のまた夢、濡れた布で身体を拭うことすら週に数回程度。
令嬢として育ったオフィーリアにとっては、まさに地獄のように過酷な日々が続いた。
せめてもの救いは、ジルという親友の存在といじめの矛先がオフィーリアへ集中することで救われた使用人仲間が見えないところで色々助けてくれるようになったこと。
単なる同情ではない。礼儀正しく教養のあるオフィーリアは、すぐに仕事も覚えて、出来る限り皆の役に立つように懸命に働いた。そのひたむきさと、純粋な優しさに周りの人々が知らず動かされていたのだ。他でもない彼女自身の行いによって。
「なんだこれ……めっちゃ美味い」
ジルが思わず漏らすと、他の使用人たちも同意する。オフィーリアが作ったまかない料理が最近使用人たちの間で話題になっている。
「いったいどんな魔法を使ったんだい、オフィーリア?」
「魔法なんて使っていませんよメイド長。適切な食材を適切な調理方法で組み合わせてみただけです」
お菓子を焼く以外料理経験の無かったオフィーリアであったが、古今東西の料理本やレシピ集を読み込んで身につけた膨大な知識はすでにもっていた。
そこに実際の調理経験と生まれ持ってのセンスが組み合わさったことで、料理の才能が花開いたのだろう。めきめきとその腕を上げてゆき、今や料理長ですら意見を聞きにオフィーリアの元へやって来るようになっている。
元々使用人たちが使っているのは、主人たちの食べ残しや使わなかった部分。つまり食材の質はかなり高い。オフィーリアの手によって美味しい料理に生まれ変わったのも当然のことかもしれない。
「オフィーリア、買い出し頼んだよ」
「はい、メイド長」
最近オフィーリアは市場への買い出しを任されるようになった。彼女が持っている食材を見極める力、知識を買われたからだ。
「オフィーリアちゃん、鮮度を保つ方法教えてくれてありがとな。今朝は良い魚入ってるよ!!」
「オフィーリアちゃん、この間教えてもらった野菜取り寄せてみたんだけど大好評だよ。一番新鮮なやつ取っておいてあるから!!」
オフィーリアは市場の人たちから人気者となっていた。人柄はもちろん、一般には知られていない鮮度を長く保つ方法などを惜しみなく伝えたこともあって市場の皆から感謝されているのだ。
廃棄も減って、その分廉価で高品質な商品が市場に並ぶようになる。目新しい商品を仕入れる余裕が出てくることで市場全体が活性化するという好循環。
オフィーリア自身は意図していなかったが、確実に街の人々の食生活レベルは向上していた。
美味しい食事は気持ちを明るく前向きにさせる。相変わらず叔父たちからの執拗な嫌がらせは続いていたが、オフィーリアは下を向くことなく懸命に働いた。それがかえって叔父たちの癇に障ってますますいじめがエスカレートしてゆくのは皮肉なことであったけれど。
◇◇◇
「オフィーリア? オフィーリア!! やっと見つけた」
ある日市場へ買い出しに来ていたオフィーリアだったが、懐かしい声に思わず足を止める。
「アラン!! 久しぶり。元気だった?」
「ああ、身体だけは丈夫だからな。それよりずっと探していたんだぞ。突然行方不明になるから」
この国では珍しいマットな黒髪にやや浅黒い肌。東方の海洋民族の血が入っているオフィーリアの幼馴染、アラン。
五つ年上で、オフィーリアにとっては兄のような存在。騎士団に所属しており、街で発生した事件の調査などを専門で行う部署で働いている。
「……ちょっと内密に話したいことがある。どこか良い場所はないかな?」
「それなら丁度良い場所があるわ」
「へえ……こんな場所があるなんて知らなかったな」
地下へと続く階段を下りながら感心するアラン。
「昔の遺跡よ、この街って古い遺跡の上に建設されているから」
「そんな話聞いたことないけど……オフィーリアは本当に博識だよな」
本ばかり読んでいたオフィーリアを思い出し苦笑いするアラン。
「でもよく私がこの街にいるってわかったわね?」
遺跡の地下でも外と同じくらい明るいのは、古代の採光技術によるものなのだろう。二人は広場であったと思われる石造りのベンチに腰掛ける。
「噂になっていたからな。下町令嬢って呼ばれているの知ってるか? 銀髪碧眼なんて珍しいから、すぐにお前だってわかったよ」
「……下町令嬢、知らなかった」
いつの間にか有名になっていたことに愕然とするオフィーリア。
「それはいいんだけど、本題に入るぞ。あまり聞かせたい内容じゃないんだが、知っておいた方が良いと思ってな」
珍しく言い淀むアラン。
「……良いわ。聞かせて」
「わかった。あのな、お前のご両親……あれ毒殺だと思っている」
「……どういうこと?」
動揺しつつも聞かねばならない。その覚悟で今は感情を押し殺すオフィーリア。
「これ、知っているか?」
「……黒イチゴの実よね?」
ジャムやジュース、お酒や料理にも使われる人気の高級食材。オフィーリアが知らないはずもない。
「良く見てみろ、何か気付かないか?」
「あ……そっくりだけど、葉の形が微妙に違う……」
「さすがオフィーリアだな。だが、そんなオフィーリアが見ても気付かないほど似ているこの植物、実ははるか東の国に自生している毒草なんだよ。俺は東方に縁があるからたまたま知っていたけど、この国じゃあまったくと言ってもいいほど知られていない」
「もしかして……鬼イチゴ? 見たことないけど、文献で読んだことがある」
「さすがだな。その通り、鬼イチゴだ。厄介なのは致死量に至るまで体内でゆっくりと蓄積してゆくから徐々に衰弱していって原因不明の病死にしかみえないところだな」
両親の死が毒殺によるものであるならば、当然オフィーリアも無関係ではいられない。
次の標的となるやもしれないと、アランは必死で行方を探していたのだ。
オフィーリアは、叔父が何の手続きもせずに拉致同然で連れてこられたという事実を初めて知る。
「で、でもアラン、なぜ殺されなければいけなかったの?」
オフィーリアの両親は子爵ではあったが、利益を領民に還元していたため決して裕福ではなかった。
財産目当てとは思えないし、恨みを買うような人物でもなく動機がわからない。
「それは……今調査中だ。良いかオフィーリア、念のためズール男爵にも気を付けてくれ。俺は一刻も早く証拠を掴んで助け出すから」
「わかった。今のところいじめられているだけだから大丈夫だと思うけど、気を付けるわ」
「本当はこのまま連れ去りたいんだけどな……」
「え? 何か言ったアラン?」
「何でもない。いいから大人しく待ってろ」
「はーい。期待しないで待っているわ」
「そこは期待しててくれてもいいんだぞ?」
アランの拗ねた様子に笑うオフィーリア。まるで昔に戻ったようなそんな瞬間。
「オフィーリア、お前にはヘルシャー伯爵家に行ってもらうことになった」
突然のことに言葉を失うオフィーリア。
だが、拒否することなど出来ない。
「はい……ナジルさま」
ヘルシャー伯爵家は広大な領地に鉱山を抱えており、いわゆる名門ではあるものの、近年は不幸な出来事が続いており、当代の当主レオンは冷酷で人付き合いを極端に嫌う人物として恐れられている。
「あの……お聞かせいただいてもよろしいでしょうか。なぜ私が?」
「レオンさまは極端な人嫌いでな。次々と使用人が逃げ出していて人手が足りない。せいぜい可愛がってもらうんだな、ハハハ」
せっかくみんなと仲良くなってきたところだったのに、また新しい場所へ行かなければならないのか。
「オフィーリア、気を付けて。大丈夫、絶対に上手く行くって。もし駄目なら逃げてくればいい」
「ありがとう……ジル」
オフィーリアは、アランが訪ねて来たときに渡すようにジルに手紙を預けると、別れを惜しむ暇もなく、馬車に乗る。
「本当は歩いてもらうところなんだが、体裁もあるし贈り物があるから仕方がない」
あくまでレオン伯爵への贈り物がメインで、オフィーリアは添え物以下の扱いだが、歩いてゆくのはさすがに無理なので、ありがたいことではある。
それにしても……とオフィーリアはため息をつく。
使用人が逃げ出すほどとは一体どういうことなのだろうか? 冷酷……人嫌い……傲慢、まるで良い噂が届いてこない。
実はオフィーリアは幼いころレオンに会ったことがある。向こうが覚えているかはわからないけれど、少なくとも記憶の中のレオンは優しい繊細な人物であった。
だが、そんな感傷もあるものが目に入った瞬間、吹き飛んでしまった。
「これは……鬼イチゴ」
先日本物を見ているから間違いない。籠にぎっしりと詰まっているのは乾燥させた黒イチゴ……ではない。紛れもなく鬼イチゴ。元々この国には自生していない植物、うっかり間違えることなどありえない。
オフィーリアの心臓が鼓動を早め全身が冷える。
これはどう考えれば良いのか?
男爵が伯爵を狙った? だがメリットがわからない。
あるいは伯爵の命令で男爵が取り寄せた?
伯爵や男爵が鬼イチゴに関わっているのならば、両親を殺した犯人と関係している可能性が極めて高い。
様々な可能性が頭の中を巡るが結論は出せない。だが、判断を、ことの扱いを誤れば命は無いだろう。それだけはわかる。秘密を知ってしまったものを生かしておく意味などないのだから。
「……アラン」
彼が居てくれたら良かったのに。そう思ってはみても、実際問題彼はここには居ないし、オフィーリアが伯爵家へ向かったことすら知らない。
「自分自身を信じるしかない」
オフィーリアは覚悟を決める。伯爵の反応を見て対応しようと。
「ああ、君が新しい人? ナジルには礼を言わないとね」
ろくにオフィーリアの顔を見ることもなく、ナジルからの贈り物を確認しているレオン。
オフィーリアと同じ銀髪碧眼、どちらかと言えば中性的な顔立ちで華奢な体躯。しかしその生気の無い瞳のせいで三十代半ばとは思えないほど老けこんで見える。
レオンが問題の鬼イチゴを手に取る。
オフィーリアは見逃さなかった。一瞬ではあったが、わずかに変化したレオンの表情を見て確信した。
まるで少年のように嬉しそうなかすかな微笑み、わずかに蘇った瞳の輝き。
それはオフィーリアの記憶に残っているレオンそのものであったから。
「レオンさま、お人払いをお願いできませんか?」
「……なんだと?」
初めてそこに居ることを認識したかのようにジッとオフェ―リアを見つめるレオン。
「……お前の名は?」
「オフィーリア・ライアでございます」
わずかに目を見開いた後、ゆっくりと立ち上がる。
「執務室で聞こう。付いて来なさい」
周囲の動揺を手で制し、黙って歩き出すレオン。オフィーリアは小走りでその後を追った。
「大きくなったね、オフィーリア。見違えてしまって全然気付かなかったよ。フェリックスとアレクシアは元気かい?」
執務室で二人きりになると、それまでの表情が嘘のように柔らかくなる。
「お久しぶりですレオンさま、またお会いできて光栄です。父と母は……先月亡くなりました」
「……っ!? そう……か。すまなかったね。最近世の中のことにすっかり疎いんだ。事情はわからないけれど、私のところへ来たのも何かの縁だろう。出来るだけのことはするつもりだから安心して」
「ありがとうございます」
世間の評判はどうあれ、今目の前にいるレオンは間違いなく昔のまま。だからと言って安心できると決まったわけではないけれど。
「それで……内密に話したいことって?」
オフィーリアは、覚悟を決めてレオンに鬼イチゴのことを説明する。両親が鬼イチゴによって毒殺された可能性があることも。
「そうか……」
レオンは短くそう答えたまま、目を閉じてしばらく黙っていた。
「オフィーリア」
「はい、レオンさま」
「私を見てどう思う?」
「……すでに末期症状ですね。相当毒が体内に蓄積されていると思います」
「は……ははは、アハハハハハ!!!!! そうか、私はとんだ愚か者だな」
「……レオンさま?」
「私の両親も!! そして最愛の妻も!!! 同じだったんだよ……なんで気付けなかったんだ」
「気付けなかったのは私も同じです。レオンさまは何も悪くないのですよ」
まさかレオンも同じように両親、そして妻まで亡くしているなど想像もしていなかったオフィーリアは言葉を失う。それでも懸命に伝えた。他の誰でもない、自分だけがそれを言える気がしたから。レオンの心を救わなくてはならない。それは同時にオフィーリア自身の心を救うことでもあったから。
「オフィーリア……私はね、妻を亡くしてから人を信じることが出来なくなってしまった。極力外出もせず、人に会わず……いつの間にか広がっていた私の悪い噂もあって、完全に孤立していたんだ。そんな私をただ一人色々と助けてくれたのがナジルだった……もう誰も信じられない……」
泣き崩れるレオンを優しく抱きしめるオフィーリア。
「レオンさま、大丈夫です。鬼イチゴの毒は分解出来るという文献を読んだことがあります。すぐに取り寄せましょう。これからは私が食事を作りますから、とにかく今は体力を回復させて、証拠を掴むことが最優先です。騎士団に信用できる幼馴染がいますから連絡を取ってもいいですか?」
「ああ、すべてオフィーリアに任せる」
「あら、私のことは信じてくださるのですか?」
「信じているわけじゃあない……信じたいんだよ私自身がね。こんな目に遭ってまで、それでもまだ信じたいと、救われたいと思ってしまう……私は心底愚かでどうしようもないね」
自分の倍以上生きている男性が捨てられた仔犬のように感じられて心がきゅっとしてしまうオフィーリア。私が何とかしてあげたい。抱きしめる腕に力がこもる。
「いいえ、レオンさまは素敵な方です。愚かなのは卑劣な手段を恥とも思わない連中ですから。でもわからないのは、動機なんですよね……」
叔父が犯人だった場合、オフィーリアの両親や伯爵家の人間を殺す意味があるのかという疑問。
「ああ、それなら十分な動機がある。ナジルの妻イザベルは私の腹違いの妹だ。そしてフェリックス、君の父はイザベルの兄、つまり私が死んだ場合、伯爵家の遺産はイザベルの手に渡ることになるからね」
オフィーリアを伯爵家に送り込んだのは、万一疑われたときのための保険だろうとレオンは話す。
オフィーリアの瞳に怒りの炎が宿る。絶対に許さない、強い決意を心に刻む。
「ズール男爵夫妻が逮捕されたぞ、オフィーリア」
後日、アランがやってきて、報告をしてくれた。
ナジルと妻のイザベルは、伯爵家および子爵家当主殺害他多数の容疑で逮捕されて取り調べを受けている。
イザベルの母で、レオンの義母も共謀したとして同時に逮捕。そして鬼イチゴを輸入していた業者のリストから国内で似たような暗殺行為をしていた貴族や商人が芋づる式に摘発され、国内は一時大騒ぎとなった。
「イライザはどうなるの?」
「直接犯行に関わっているわけではないけど、修道院行きは間違いないだろうな。命があるだけマシだろう」
ナジルたちは国内で最も過酷な炭鉱へ送り込まれて、一番危険な労働を死ぬまで課されるんだとか。
死んだ方がマシだといわれている劣悪な環境で、一年以内に半数が亡くなるらしい。
今回の騒動を受けて、当然鬼イチゴの輸入は禁止となり持ち込んだだけで死罪となる法律が制定されたものの、使用される可能性は依然残っていることに変わりはない。
「ほら、頼まれていたヤツ、届いたぞ」
「ありがとうアラン」
アランが持ってきたのは、鬼イチゴの産地で食されているスアマの実。ほんのりと甘いこの実を食べると鬼イチゴの毒素を中和分解するため、かの地では両方食用として食べられているのだとか。
後に国内での栽培に成功するオフィーリアであったが、毒避けのためにスアマの実を食するのが貴族だけでなく国民の習慣となり、王国ではオフィーリアの実と呼ばれ親しまれることとなる。
「どころで……さ、オフィーリアはこれからどうするんだ? その……結婚とか」
アランが精一杯の勇気を振り絞ってオフィーリアにたずねる。
「そうね……今はまだ考えていないわ。レオンさまのそばにいてずっと食事を作ってあげるって約束したから、そのつもりよ」
ずっとそばにいて食事を作るって……もはや夫婦以上じゃん!?
内心落ち込むアランだが、オフィーリアが弱っている伯爵を放っておけないことなどわかっているからどうしようもない。そんな彼女のことが好きになったのだから。
「じゃあさ、縁起でもない話だけど、もしレオンさまがお亡くなりになったら?」
「……本当に縁起でもない話ね。まあ……その時は……その時考えるわ」
当たり前と言えば当たり前の返事をするオフィーリア。
「じゃあ、そのときは一番に予約しておくからな!! 忘れるなよ」
「わかった。よくわからないけど一番に連絡するわ」
アランはレオンよりも15歳若い。おまけに伯爵はあまり身体が丈夫な方でもない。
あまり褒められた考え方ではないけれど、アランが一生懸命考えた末に納得して出した結論がそれだった。
アランは事件解決の功績やその後の鬼気迫る努力の甲斐もあって、歴史に残る騎士団長となる。オフィーリアとその後どうなったかについては、あまりにも有名な物語となっているのであえてここでは触れない。
そしてライア子爵家とズール男爵家の領地を加えたヘルシャー伯爵家はその後侯爵家となり、領地では、オフィーリアの手によってスアマの実の栽培や領地改革が次々と打ち出され繁栄を極めることになる。
男爵家に雇われていたジルを始めとした使用人たちも全員ヘルシャー家へ呼ばれ、信頼で結ばれた家族として、末永く支えたと伝えられている。
めでたしめでたし。