96 ジンジンと痺れる
帰りの車の中で、怜士が申し訳なさそうに出したパンフレットをセスナはまじまじと眺めた。恐竜みたいなのが火を吹いている表紙だ。タイトルは、『大宇宙戦争 ドドム対キングメカガガンドン』だった。メカガガンドン……子供の頃にテレビで観たことがあるような?
「いや、こんな映画観るつもりはなかったんだけどよ、映画館で偶然に学校のダチに会って、無理矢理つき合わされたつーか、引きずり込まれたつーか、ポップコーンやら何やら散々おごらされたつーか」
すまんと手を合わせる怜士にセスナは笑って見せた。怜士が謝ることなど何もない、セスナの願いを叶えるためにこんなにも一生懸命に協力してくれたのだから。
「おもしろかったのか、この映画」
「お、おう。これが意外となかなか」
「なら、何の問題もない」
「そうか?」
「ああ」
ありがとうと微笑むセスナに怜士は、眉根を寄せた。確かに笑っている、だけど力のない笑みだ。あんなにも会いたがっていた憧れのデザイナーに会えたのなら、もっと嬉しそうな顔をしていそうなものなのに。
「……会えたんだよな、その何とかつーデザイナーに」
「中森栄殿だ、おかげで会えた。素敵な方だった」
「そうか?」
「デザイン画をたくさん見せていただいた。デザインをパターンに起こすところも、縫製しているところも見せていただいた。ほんの数人のスタッフで運営されているのだぞ、凄いだろう?あの本店で試作品を作って、良ければそれを工場に発注して生産するのだそうだ。私はただの高校生の見学なのに、そんなことまで教えてくださった。素敵な方だ、とても。お忙しいのに、嫌な顔一つせずにつき合ってくださった」
「そうか、それなら良かったな」
「ああ、良かった。本当に良かった」
まだ、胸の奥がジンジンと痺れているのをセスナは感じていた。
栄が惜しげもなく見せてくれたデザイン画の数々に、息が止まるかと思った。そして、エリという名のパターンナーが見事に栄のデザインを型紙にして行く、その早業。職人技というより、神業と呼んだ方がいいとセスナは思った。
縫製スタッフは、健吾という名の体格のいい男と、楓という名の、健吾とは対照的に華奢な女の子の二人だった。この二人も神業を身につけていた、目にも止まらないスピードでミシンを操っていたのだ。
デザイナーは、栄一人。パターンナーは、エリ一人。そして健吾と楓が縫製、それに営業から宣伝から全部取り仕切っている社長の草一郎と、その草一郎の秘書兼補佐役が一人いるだけだという。もちろん、各店舗ごとに専任のスタッフがいるし、経理に派遣で来ている社員や雑務のアルバイトがかなりの人数いるが、メインのスタッフはこの六人だけと聞いてセスナは驚いた。
少数精鋭とは言うが、これだけでやって行けるものなのかどうか。『polka dots』の店舗があるのは今のところ関東だけで、あとは通販らしいが、それにしてもメインスタッフが六人とは少な過ぎる。
「そうなの、実はやっていけないのよ。私も主人もあまりちゃんと家に帰れなくて、もう仮眠室に住んでいるようなものなのよ。美雨には、本当に寂しい思いをさせてしまっているの」
だから仲良くしてやってねと、栄はセスナに頼んだ。セスナはブンブンと何度も首を縦に振った。
「飛鳥井さんは、デザインの専門学校とかに進学するつもりなのかしら?卒業したら、是非うちに来てね」
「しかし、私はその……ひどく不器用で」
「可愛い服が好きなこと、それがうちの採用条件よ。飛鳥井さんは、合格」
そんな言葉一つで、栄はセスナの胸の奥深くにポッと小さな明かりを灯してしまった。
『polka dots』で働く、あの可愛い服をこの手で作り出す。なんて素敵で、なんて悲しい夢だろう。未来永劫、実現することのない夢だ。
胸に灯った明かりを、セスナはふっと吹き消した。
小さな炎が消えたあとは、ジンジンと痺れた。
「怜士、本当にありがとう。今日のことは一生忘れない、感謝する」
「大袈裟だな、これくらいのことは何でもねえぞ。また頼め」
「いや、これきりだ」
「……そうか?」
雨が、ひどくなっていた。街を濡らし、人を濡らす。何もかも、びしょ濡れにする。
セスナは目を閉じた、儚い夢に焦がされてしまった胸がジンジンと痺れているのを感じながら。




