76 まるで奇跡みたいだ
「美雨ちゃんて、あの美雨ちゃんかい?」
「そうですよ、雪都と保育園で一緒だった、あの美雨ちゃんです」
この十和子の言葉に秋雪は、ハンバーグが乗った白い皿を手に取ってまじまじと眺めた。これをあの小さかった女の子が作ったのかと思うと、ただただ感心してしまう。
そう言えば、秋雪は高校生になった美雨を一度だけ見たことがある。あれは、もう二年も前のことだ。秋雪はわざわざ有給休暇を取って、可愛い息子の高校の入学式に行った。
いや、正確には行こうとしたのだ。急患で、学校まで辿り着くことなく呼び出されてしまったけれど。
その時に、やはり入学式のために学校に向っている美雨を秋雪は見た。遠目だったけれど、随分と可愛くなったなと思ったものだ。
「あと、サラダとお味噌汁も作ってくれました。どれも美味しいですよ」
「おお、すごいな」
食卓の上に並んだ食事を、秋雪はしばらく手をつけずに眺めていた。夜遅くに仕事から帰って来た秋雪は、妻から今日あった出来事を聞いたばかりなのだ。
雪都がまた膝を痛めてしまったこと、インターハイは無理そうなこと。
そして、雪都が病院に行っている間、雪都の幼馴染である中森美雨が晴音の面倒を見ていてくれたこと。
しかも、晴音の遊び相手をしてくれただけではなく、夕食の準備までしてくれたこと。
「インターハイ、駄目なのか……それで、雪都は落ち込んでいたか?」
「いつも通りでしたね。あの子は、辛くても顔に出さないから」
「そうだな」
「それに、美雨ちゃんがいたから尚更平気な顔をしてたんでしょうね。夕飯を食べている間中、一言も喋りませんでしたし」
照れてたんでしょうと十和子が笑うと、そうかと秋雪も笑った。
「私は帰りますから」と遠慮する美雨に十和子は、「美雨ちゃんが作ってくれたんだから」と、夕食を食べて行くように言ったのだ。すっかり美雨に懐いてしまった晴音が、「まだ帰っちゃダメ」と美雨のスカートを掴んで放さなかったこともあり、美雨は永沢家の食卓を囲むこととなった。
美雨の手料理を美味しい美味しいと食べながら、十和子と晴音、そして美雨の女三人が喋っている中で、雪都は一人黙々と箸を動かしていた。そして、食べ終わるともう休むと言って、早々に自分の部屋に引き上げてしまったのだ。
「あなた、どうやら雪都は美雨ちゃんとおつき合いしているみたいですよ」
「そうなのか?」
「ええ、雪都は何も言いませんけど、多分」
それを聞いた秋雪は、慌てて箸を取ってハンバーグを口に放り込んだ。もぐもぐと噛みながら、「美味い!」と大袈裟な声をあげる。
「こんな料理の上手い嫁さんを貰えるとは、雪都は果報者だな」
「あなた、いくら何でも気が早過ぎますよ。二人ともまだ高校生ですよ」
「そうか?でも俺は、美雨ちゃんが嫁に来てくれたら嬉しいけどなぁ」
「そりゃあ、私だって美雨ちゃんが来てくれたら嬉しいですけど。でも、美雨ちゃんは一人娘ですし、中森さんのところは立派な会社を経営されているから、お嫁には出さないかもしれませんよ」
「婿を取るということか?」
「ええ」
「その時は、雪都を婿にやればいいじゃないか。親の都合で別れさせるなんて可哀相だろ。苗字が同じじゃなくなったからと言って、雪都が俺らの息子じゃなくなる訳でもないしな」
そう言うと秋雪は、米粒を飛ばしながらガハガハと笑った。
雪都の膝のことは残念だし、雪都の気持ちを思うと居たたまれない気分になるけれど、だけど雪都には励ましてくれる彼女がいるらしい。しかも、それが幼馴染の可愛い少女だと聞いて、途端に秋雪は嬉しくなった。
今でもよく覚えている、雪都が今の晴音くらいだった頃、子供の癖に無口な雪都の隣でいつもあどけなく笑っていた女の子。雪都と美雨が二人並んでいる姿は、まるで天使たちが遊んでいるかのように可愛かった。
あの可愛かった男の子と女の子が、成長した今でも一緒にいるという。しかも、どうやら好き合っているらしい。
なんて素晴らしいことだろう、まるで奇跡みたいだ。
そう思うだけで、感激屋の秋雪の目には涙が湧いて来る。
秋雪は、未来の娘になるかもしれない女の子が作ってくれたというハンバーグを口いっぱいに頬張って、おかわりと茶碗を高々と上げた。




