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56 真夜中のコーラとカップ麺


 深夜、雪都が自室で机に向っていると窓がコツンと鳴った。


 二階であるにも関わらず雪都の部屋の窓が何の前触れもなくこんな風に鳴るのは、これが初めてのことではない。雪都は、別段驚くでもなくごく普通の動作で立ち上がり、閉めきっていたカーテンを開けてから続けて窓を開けた。

 下の通りを覗いてみると案の定、見慣れたの顔が見あげている。


 「よお」

 「よお、じゃないだろ、何時だと思ってんだ」

 「起きてたろうが、受験生」

 「そう言うお前は何やってんだよ、受験生」


 和馬は誤魔化すようにニッと歯を見せると、手に持っていたビニール袋を上げる。雪都は眉間に皺をぐっと寄せたものの、仕方ねえなと玄関の鍵を開けるために窓辺を離れた。


 「げっ、マジで勉強してたのかよ」


 寝ている家族を起こさないように足音を忍ばせて雪都の部屋にあがって来た和馬は、机の上に広げてある参考書やノートを見て吐き出すようにそう言った。ちなみに、この声も抑えた小声だ。


 「珍しく親がいて、妹の面倒を見なくても良かったからな。こんな時に勉強しとかなきゃ、いつしろってんだよ」

 「お前、マジで大丈夫か?陸上部もまだ引退しねえんだろ」

 「言うな……つーか、お前だってまだ空手部引退してないじゃねえか」

 「俺はもう公式試合には出ねえ、体が鈍らないように後輩の指導をちょこっとやってるだけだ」


 ベッド脇のいつもの場所に座り込むと、和馬はぬっと近くのコンビニの名前が印刷された袋を突き出した。受け取った雪都は、中を覗いて顔をしかめる。


 「何だよ、こういう時はビールだろうが」

 「未成年が何言ってんだよ」

 「優等生か」


 そんな軽口を叩き合いながら、和馬が買って来たコーラのペットボトルの蓋を二人は同時にひねった。雪都は立ったままでコーラを一口飲んでから、椅子を引いて机の前に座った。和馬には遠慮なく背を向けて、ついさっき書き綴ったばかりの英文を目で追う。

 和馬がこんな風に何の前触れもなくやって来たのは、これが初めてのことではない。まるで天災か何かのように忘れた頃にひょこっと来ては、雪都の部屋の窓に小石をぶつけるのだ。

 机に肘をついて、雪都はゆっくりと冷えたコーラを喉に流し込んだ。口の中で泡が弾ける。


 「なあ、雪都。お前さ……」

 「ん?」

 「姫宮が何を考えてるか、わかるか?」

 「わかる訳ないだろ」

 「即答かよ」


 「一年以上もつき合ってんだろ」と、ギャハハと声をあげて和馬が笑う。雪都は振り返り、「うるせえよ」と顔をしかめた。


 「じゃあ、お前は飛鳥井が何を考えてるかわかんのかよ」

 「わかる訳ねえだろ」

 「即答じゃないか」


 くくっと、雪都がお返しとばかりに笑うと、和馬は「そうだよなー」などと、独り言のように呟いた。


 「いくらつき合ってたって、わかんねえもんはわかんねえよな」

 「何かあったか?」

 「何もねえよ」

 「変態なことしようとして、喧嘩したんだろ」

 「ちげーって!」


 「変態なことって何だよ」「何だ、教えて欲しいのか」とひとしきり軽口を叩き合って、それからどちらからともなく口をつぐんだ。

 しばらく黙ってコーラを飲んでいた雪都が、机の上にペットボトルを置くとすっと立ち上がった。


 「腹へってきたな、何かくすねて来る」

 「カップ麺」

 「湯を沸かすのがめんどい」


 「湯ぐらい沸かせよー」と言う和馬を残して部屋を出ると、雪都は明かりもつけずに暗い階段を降りた。暗闇を台所に向って勘で歩いていると、希羅梨の顔が自然と浮かんで来る。


 希羅梨は、いつも通りのやたらと明るく笑っている顔だ。そしてその隣に、幼馴染の少女の顔も並んで浮かぶ。こちらは昼に、屋上で弁当を食べていたあのぎこちない笑顔だった。


 台所でも電灯はつけないまま、雪都は冷蔵庫を開けた。冷蔵庫内を照らす明かりを頼りにそのまま食べられそうな物を探すけれど、あいにくと竹輪や漬物くらいしか見当たらない。こんなものでは、腹がふくれないのはわかりきっている。

 食品ストッカーの中にカップ麺がしっかり買い置きされているのを知っている雪都は、軽くため息をついた。


 「めんどくせー」


 小さくつぶやいてから雪都は、湯を沸かすために今度こそ台所の明かりを灯した。




夜中にコーラとカップ麺……太る。

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