51 将来計画
「グリーンは翼を大きくひろげ、えいやっと飛び降りました。するとどうでしょう、グリーンの体はふわりと浮き上がったのです」
背表紙に市立図書館の分類シールが貼ってある絵本を枕の上に広げて、秋雪は一言一言をはっきりと、大袈裟なくらいに抑揚をつけて朗読していた。秋雪のすぐ隣には可愛い可愛い娘の晴音が、大きな目をぱっちりと開けたままで寝転んでいる。
「わあ、すごい!グリーンが飛んだぞ。さすが王の息子だ、たいしたものだ」
子供を寝かしつけるには、秋雪の読み方はいささか適してないだろう。「わあ、すごい!」で拳を振り上げて見せ、「たいしたものだ」で、ぐっと親指を立てて見せる。これでは普通に面白くて、寝たくても寝れないというものだ。
「そうしてグリーンは、立派な龍王になりました。そして、いつまでも幸せに暮らしました、おしまい」
秋雪が読み終わると、晴音はもぞもぞと布団から這い出し、枕元に積み上げてある絵本の中から次のを選び出した。今度は、『人魚姫』だった。
「今度は、これ」
「おお、これか。よしよし」
さっきからもう十冊以上も読まされているのだが、秋雪はニコニコと次の一冊を受け取る。ますます晴音の目は冴えて、秋雪の声に気合が入る。熱心に聞いてくれれば嬉しいというのはわかるが、これは寝かしつけるための読み聞かせであるのだから、目的は完璧に忘れているだろう。
「人魚姫は海の泡となって消えてしまいました、おしまい。かわいそうだな、人魚姫」
「そうだね、死んじゃうなんてバカ。好きなら奪っちゃえばいいんだよね」
次の絵本を選ぼうと、またもぞもぞと布団から這い出て来た晴音のピンクベージュの頭を見ながら秋雪は、「ん?」と首を捻った。何やら、五歳児らしからぬ一言感想を聞いたような……?
そんな秋雪の困惑なんてお構いなしに、晴音は絵本の山を吟味する。すでに一通りは読んでしまったために、『フライング・グリーン』から二順目に突入しているのだ。
「じゃあ、今度はこれ」
「これか、ピーターパンな」
次に晴音が選んだのは、『ピータパン』だった。表紙には、緑の服を着た少年が小さな妖精と一緒に飛んでいる絵が描かれている。
ピーターパン、大人になることのない永遠の少年だ。
「晴音は、大きくなったら何になりたいんだ?」
秋雪は、絵本をパラパラとめくりながら何気なく訊いた。これは大人が子供によくする質問のひとつで、普通は子供らしいが実現不可能な大きな夢の方が喜ばれたりする。けれど秋雪は密かに、晴音が母の十和子と同じ職業である、看護婦さんと答えるのを期待していた。
雪都が医学部に進むと言った時、秋雪は涙が出るほど嬉しかった。親と同じ職業を子供が志すということは、雪都にとっての自分は目標にされるほどの良き父親だということではないだろうか?
雪都が医者を目差すなら、晴音は看護師になりたいと思うのではないだろうか。十和子は、人生の目標にするには十分過ぎる程の素晴らしい母親なのだから。
「おっきくなったら?」
「そうだよ、大人になったら晴音は何になるのかな?」
パラパラとページをめくる。緑の服を着た永遠の少年が、短刀を構えて大人の象徴とも言うべきフック船長と戦っていた。
「タケちゃんと結婚しておひさま保育園の園長夫人になる」
絵本をめくる手を止めて秋雪は、またもや「ん?」と首を捻る。何やら、五歳児らしからぬ将来計画を聞いたような……?
「ほ、保母さんになりたいのかな?」
「ううん、園長夫人。タケちゃんと一緒におひさま保育園を世界一の保育園にする」
「ふうふはたすけあわなきゃね」と、真顔で答えたまだ保育園児の娘の顔を、秋雪はまじまじと見つめた。
そんな秋雪に晴音が早く絵本を読んでよと、小さな頭をばふっと枕に埋めて催促した。




