49 夫婦共同作戦
ダイニングテーブルを挟んで、何の連絡もなく突然に帰って来た両親の顔を美雨は、まじまじと見つめていた。
人気少女服ブランド 『polka dots』 の共同経営者である美雨の両親の仕事は休みなどろくに取れないほど忙しく、どちらか片方がひょっこりと帰って来ることはあっても、こうして二人揃って帰って来ることなど盆と正月くらいのものなのだ。
「……何かあったの?」
二つ並んだ両親の顔が緊張で引きつっているように見えて美雨は、嫌な予感に青ざめた。
美雨は今まで、両親の仕事のことなど心配したことはなかったが、考えてみれば世間は不景気だ。安価な既製服が氾濫している昨今で、ブランド品は売れ行き伸び悩んでいるとニュースで言ってなかっただろうか。
もしかしてもしかしたら、倒産したとか?手を広げ過ぎたとか……確か、 『polka dots』 は最近、この近くのショッピングモールにも新しい店を出したばかりだ。まだ四月だというのに、今年に入ってから二軒目のオープンの筈だ。
「もしかしてお店、うまく行ってないの?」
心配そうに訊く愛娘に、草一郎と栄は揃ってぶんぶんと二回、首を左右に振る。振った回数も同じなら、方向も揃っていた。さすが夫婦、息が合っている。
「業者さんにおいしいケーキを頂いたから、たまには美雨と一緒に食べようと思っただけよ」
「そうそう、すごく人気があるらしいぞ、ここのケーキ」
そう言って両親が差し出す紙箱には、美雨にとってはお馴染みの黒猫が描かれていたりして。つまりは中森家から徒歩圏内にある、ご近所さんのケーキ屋だ。あのケーキ屋さん、オープンしたばかりなのにそんなに有名なのかななんて、素朴な疑問が美雨の中で沸き起こる。
「さ、食べましょう。お茶を入れるわね、美雨は紅茶?」
「あ……うん、ミルクティー」
お茶を入れるために席を立った母の後ろ姿を見送ってから、美雨はちらりと壁にかかっている時計に目を走らせた。八時四十分……夜の八時を過ぎたら甘い物は口にしないことにしているのだが、食べたくないと言えば両親はがっかりするだろうか。しかもあゆみの家でもケーキを食べたから、美雨にとっては本日二個目のケーキということになる。
頭の中でざっとカロリー計算をしてみて美雨は口の端をひくっと引きつらせたが、そんな娘の葛藤には気づきもしないで草一郎はケーキの箱をガサガサと開けた。
「お、どれもうまそうだな。美雨はどれがいい?」
それにしても、どうもおかしい。
父の草一郎は決して愛想の悪い方ではないが、だけどどうしてこんなにやたらとニコニコと笑っているのだろう。それに、なんだか声が引きつっているような気がする。やはり店が上手く行ってないのではないだろうか。
「これなんてどうだ、抹茶モンブランだそうだぞ。それとも、こっちのチョコの方がいいか?」
「あなた、美雨は苺のケーキと決まってますよ」
「おう、そうだったな。じゃ、これだな」
栄が運んで来た皿に、草一郎が苺のショートケーキをのせて美雨の前にさっと置く。続いて、美雨の好きなアッサムティーで満たされたティーカップがその横にささっと並ぶ。湯気の立っているティーカップの横に、小さなミルクピッチャーもさささっと並んだりなんかして。
私は抹茶モンブランを頂こうかしら、じゃあ俺はチョコレートにするかなどと交わされている両親の会話を美雨は眉根を寄せて聞いていた。
おかしい、どうにもこうにも様子が変だ。
父は、こんなにマメだったろうか。いつもとても優しい父だけれど、いつもの優しさとは何かが違う気がする。
それに、母はいつもこんな喋り方だったろうか。外では企業家として、またデザイナーとして背筋をぴんと伸ばしている栄だが、家ではいつも、もっと甘ったれた喋り方をするのに。
「ね、ねえ、お父さん、お母さん。本当に何かあったんじゃ……」
「さ、食べよう!」
「そうね、食べましょう!」
同じタイミングでフォークを持ち上げて、同じタイミングでケーキにそれを突き刺して、そしてそして、全く同時に口にケーキを放り込んだ両親を、美雨はまじまじと、それこそ穴が空きそうな程にまじまじと見つめた。甘い物なら何でも好きな母はともかく、父は確か、洋菓子は苦手だったのでは?
「お、お父さん……お、お、お母さん?」
「「ところで美雨、最近は何かかわったことはない(か)?」」
ひと口目のケーキを飲み下してから、一拍後に発せられた両親の声が見事にハモった。質問の内容自体はたいしたものではないが、二人とも揃ってテーブルの上にずいっと身を乗り出し、並んだ四つの目がこれでもかと見開かれている。
「な、何?どうしたのよ、やっぱリ何かあったんでしょう」
ガタッと椅子を引いて、今度こそ美雨は立ち上がった。おかしいおかしい、何が何でもどうにもおかしい。
娘は蒼白になっているというのに、両親のニコニコ顔は崩れない。それがまた、能面か何かのようで恐かったりなんかして。
「やあねぇ、何もないわよ」
「そうだ、お父さんたちには何もかわったことはないぞ」
草一郎のこの台詞、『お父さんたちには』 にアクセントが置かれていたような気がするのはどうなのか。
「お父さんたちには何もないけど、美雨には何かあったんじゃないか?」
「美雨だってもう高校三年生ですものね、何かあってもおかしくないわよね」
ずいずいっと、揃って更に身を乗り出す両親に美雨は、口の端をひくひくっと引きつらせてよろりと一歩、後ろにさがった。




