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45 単純で明快な恋の方程式


 駅の裏にある大型ショッピングモールの二階フロアを十和子は、晴音の手を引いて歩いていた。数年前に建ったばかりのこのショッピングモールにはブランドショップなども入っていて、食料品を求める主婦は元より、子供や若者たちにも人気があるとか。

 特に衣料品は、子供服からシルバーエイジまでの幅広い品揃えが売りで、特に子供服には二階フロアの半分の面積を割いている

 この辺りはほどよい程度に郊外だからなのか、ここ最近はあちこちにマンションが増えて、若い世帯が急増しているらしい。若い世帯が増えるということは、小さな子供が増えるということだから、子供服に力を入れているのはそのあたりの地域事情を見越してのことなのだろう。


 「保育園に着て行くブラウスを買いましょうね、晴音はどんなのがいい?」

 「タケちゃんをノーサツできるヤツ!」

 「晴音、ブラウスで悩殺は無理だと思いますよ」

 「えー?」


 不満そうに唇を尖らす娘にフフッと笑いを漏らして、十和子は売り場を見回した。保育園のスモックの下に着るブラウスは、白なら何でもいいのだ。ワンポイントくらいなら許されるので、キャラクターの刺繍なんかが入っている物を着ている園児が多いが、シンプルで清楚な感じの方が十和子の好みだ。だけど十和子は、晴音が着る物なのだから晴音に自由に選ばせることにしている。


 店頭に立っているスポーティーなワンピースを着たマネキンを見て、この店にはなさそうだと素通りする。広い通路を挟んで誰でも知っているような子供服のブランドショップが並んでいるが、どこもみんな赤やら青やらの原色ばかりが目について、白いブラウスなんて見当たらない。この辺りの保育園はみんな白いブラウスをスモックの中に着るのだから、専門の売り場がありそうなものなのにと思いながら歩いていると、一軒だけ他の店と色合いが違う店が目についた。

 白とピンクと水色、そんな淡い色ばかりで彩られているその店は、十和子にとっては少し特別な店だった。


 「あら、こんなところに出来たのね」


 ショーウィンドウのガラスに白い文字で 『polka dots』 と書かれたショップ名を指先でなぞり、十和子は店の中を覗き込んだ。確か先月来た時には、この場所には違う店が入っていた。いつの間に出店したのかはわからないが、オープンしたばかりならいるのではないだろうか。


 「中森さん!」


 思った通りにレジの横に見知った顔を見つけて、十和子は久しぶりにその名を呼んだ。『polka dots』 のオーナーデザイナーであり、雪都が小さい頃に仲のよかった女の子、美雨の母親である中森栄が驚いたように顔をあげた。


 「まあ、永沢さん?」


 前に顔を合わせたのは確か、小学校の運動会ではなかっただろうか?五、六年くらい会っていなかったことになるが、栄は驚くほど若々しいままだった。ブルーグレーの上品なスーツを隙なく着こなしている姿は、とても大学受験をするような大きな娘がいるとは思えない。


 「お久しぶりです、お元気でした?」


 そう言いながら、十和子は店内に足を踏み入れた。レースやリボンで飾られた少女服が所狭しと並んでいる。


 「本当に何年ぶりかしら……あら、お嬢さん?」

 「ええ、晴音と言います。まだ五歳なんですよ」


 ご挨拶しなさいと言うと、晴音はぴょこんと頭をさげる。人見知りするという程でもないが、兄の雪都と同じで晴音もまた慣れない人にはあまり口を開こうとしない。髪の色が違うからなんてどうしようもない理由で保育園で敬遠されている晴音は、元気で明るいその性格を外では隠しがちだ。


 「まあ、なんて可愛らしい」


 栄が腰を曲げて晴音の顔を覗き込もうとしたので、晴音はサッと十和子の後ろの隠れた。十和子のスカートを掴んで、目だけを覗かせる。


 「ごめんなさいね、恥ずかしいみたいで」

 「恥ずかしがり屋さんなところは、お兄ちゃんにそっくりね」


 「美雨ちゃんはお元気?」なんて、頭上で始まった主婦同士の他愛ない会話を聞き流しながら晴音は考えていた。母は、このおばちゃんを 『中森さん』 と呼んだ。ナカモリという名前を晴音は、どこかで聞いたような気がした。それも最近のことだ、ナカモリナカモリナカモリ……。


 「あ―、お兄ちゃんの彼女の名前だ!」


 つい先日のことだ、図書館で会った可愛いお姉ちゃんを兄は 『中森』 と呼んでいた。その 『中森』 に会った後、いつも仏頂面の兄があきらかに機嫌が良かったから、あのお姉ちゃんはお兄ちゃんの彼女なのだと晴音は勝手に確信していた。

 恋心を知っているとは言っても、晴音はまだ五歳。恋というものは、好きな人=彼女・もしくは彼氏という、実に単純で明快な方程式で成り立っていると思っているのだ。


 「……かの、じょ?」

 「え?雪都のかの……え?」


 そうかそうか、そうだったと一人で納得している晴音を、十和子と栄の目がじっと見おろしていた。



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