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43 遅く来た反抗期


 遅い……。


 ソファーに半ばのめり込むように座っている秋雪は、親の仇か何かのように壁時計を睨んだ。一週間分の溜まりに溜まった疲れは、朝から半日寝続けることで解消した。あとは、愛する家族の顔を見られたら、精神的にもリフレッシュできる筈だ。


 雪都、晴音、可愛い子供たち。


 早く帰ってこーいと、さっきからずっと念じているのだが、生憎と秋雪のささやかな願いはまだ叶っていない。


 それにしても遅い。


 電話台の上の壁にかけられている時計を睨んでみたが、どんなに睨んでも長針と短針は真下に向って仲良く重なっている。

 晴音を迎えに行くと言って十和子が出て行ってから、すでに結構な時間が経過していた。保育園までは、歩いて十五分ほどだ。先生と話しをしているにしても、これはさすがに遅すぎるのではないだろうか。

 退屈しのぎにつけたテレビではバラエティ番組が終わり、夕方のニュースに変わったところだ。きっちりとネクタイをしめたニュースキャスターが、高速道路での大規模な玉突き事故を報じていた。大型トラックの運転手が居眠り運転をして壁に激突、その後続の車が次々と十数台も巻き添えに合ったらしい。現在確認されているだけで、死亡が二人。重症者が五人、軽傷者多数。


 まさか、事故にでも巻き込まれたんじゃ……。


 騒然とした現場の様子が画面に映し出されている。フロント部分がぐしゃぐしゃに潰れた車の映像を見ているうちに、秋雪の心臓が騒ぎ出す。


 いや、まさかな。久しぶりの休みだから、買物でも行ったんだろう。

 食料品を買い込まなきゃならないだろうし、晴音の春物の服でも探しているのかもしれない。


 ハハハと乾いた笑い声を漏らし、秋雪はひくひくと引きつる口の端を無理矢理に上げた。なんとか笑顔に見えないこともないが、かなり無理がある。


 雪都も遅いな……いくら部活があっても、もう帰って来る頃だろうに。


 窓の方を見ると、レースのカーテン越しに宵闇が迫っていた。


 まあ、雪都は男の子だし、もう高校生だから心配することはないと思うが。


 心配することはない、などと思いながらも秋雪の視線は窓から離れられない。学校から帰って来るなら、この窓の前を通る筈だ。庭の低い生垣の向こうの道に黒い学生服を探す。


 遅い、遅すぎる。


 ちょっとそこまで見に行ってみようかと秋雪が思い始めた時、窓の向こうをサッと黒い影が横切った。すぐにキッという音と、ガシャガシャという音が聞こえて来る。キッという音が自転車のブレーキの音で、ガシャガシャは自転車を門扉から中に入れている音だろう。


 雪都は、無事に帰って来たか。


 ほっと胸を撫で下ろすと、愛する息子を出迎えるために秋雪がいそいそと立ち上がった。ルンルンと軽い足取りで玄関に向う。


 「雪都、お帰り!」


 玄関のたたきで、雪都が靴を脱いでいる。おお、息子よとばかりに、秋雪は両腕を広げた。


 「遅かったな、雪都。おい、雪都?」


 雪都はどちらかというと無口で、愛想がない。けれど、これくらいの年頃の男の子は多かれ少なかれみんなこんなものだろうと秋雪は思っている。だから、話し相手になってくれなくても気にしないことにしていた。寂しいけど、気にしない。

 しかし、雪都は秋雪の話し相手にはなってくれないけれど、返事くらいはする。お帰りと言えば、ただいまくらいは答える。捻くれた子供ではないのだ、無口なだけで。


 「……雪都?」


 しかし今、雪都は「お帰り」と言った秋雪の横を無言ですり抜けた。うつむいたままで目も合わさず、そのまま廊下の奥の階段を上ろうとする。


 「おい、雪都。どうかしたのか?」


 秋雪は慌てた、息子の様子がいつもと違う。何か学校で嫌なことでもあったのだろうか?


 昨今では、イジメられて自殺するなんてニュースは珍しくもない。うちの息子に限ってイジメられるようなことはないとは思うが、もしかしてと秋雪は青ざめながら階段の一段目に足をかけた雪都に飛びかかるようにその腕を取った。そして無理矢理、うつむいていた顔を覗き込む。


 「……雪都、お前、熱があるんじゃないのか?」


 無理矢理覗き込んだ雪都の顔は、あきらかに赤かった。秋雪は、雪都の額に手を伸そうとした。すると、伸ばした手をパシッと払われる。これまでにない雪都の反抗的な態度に驚いて秋雪は、払われた手をまじまじと見つめた。


 「雪都、お前……?」


 悪ぃと、気まずそうに一言だけ言うと、雪都は階段をのぼって行ってしまった。バタンという音は、雪都が自分の部屋のドアを閉めた音だろう。


 雪都が気になっている女の子を自転車の後ろに乗せて、家まで送って来たことなど知る由もない秋雪は、息子が消えた階段の上を見つめ、「反抗期?」と呟いて首をかしげた。




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