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40 涙なんて似合わない


 廊下をどたばたと駆け抜けて春樹は、いつもの待ち合わせ場所である下駄箱のところで待っていた希羅梨の前に滑り込んだ。

 それぞれの部活が終った後、こんな風に待ち合わせて一緒に帰るのは中学の頃からの習慣だ。友達なら他にもたくさんいるけれど、春樹ににとって希羅梨は特別なのだ。親友なんて言葉が自然と浮かぶ。春樹と希羅梨はこれから先もずっとお互いの親友として、多分一生つきあって行くことになるのだろう。


 「希羅梨、遅くなってゴメン!」


 運動部の方が文化部よりも終るのが遅い。女子空手部の主将を務める春樹が手芸部の平部員である希羅梨より遅くなるのはいつものことで、一緒に帰ろうと思えば希羅梨は毎日幾ばくかの時間をこんな下駄箱前なんかで突っ立って過さなければならないのだが、そのことで希羅梨が文句を言ったことは一度もない。

 希羅梨は、待つ時間が好きだと言う。相手が来てくれるとわかっているなら、待っているのも好きなのだと。


 「もう終わりって時間になってから一年生が受身を教えてくれなんて言うからさ」

 「いいよ、たいして待ってないよ」


 春樹が額の前で手を合わせて謝ると、希羅梨はいいよいいよとひらひらと手を振る。そしていつものように、二人並んで歩き出した

 一日に一度は希羅梨と二人きりで喋らないと、春樹はなんだか忘れ物をしたような落ち着かない気分になる。言い換えれば、希羅梨と他愛ない話に花を咲かせている時は落ち着く、お風呂でゆったりと手足を伸ばしているような心地良さだ。


 「あのさ……あれ、お節介だった?」

 「お節介って、何が?」


 校門を出て、同じ制服を着た生徒の姿がまばらになった頃に春樹が切り出した言葉に、希羅梨は首を傾げた。何のことかわからないようだ。

 春樹は、左手に持っていた鞄を右手に持ち替えた。教科書の大半は学校に置きっぱなしなので、たいして重くはない。けれど、いくらスポーツ推薦を狙っているとはいえ、さすがに受験生がこれではまずいだろうかと最近思うようにはなった。


 「だから、中森さんを連れて行ったことだよ。お昼、屋上に」

 「ああ、あれ!ありがとうね、春樹ちゃん。私もね、いつ中森さんを誘おうか隙を狙ってたんだ」

 「隙?」

 「うん。中森さんて教室で一人でいることが多いから、こっち来たらいいなーって。私が中森さんと仲良くなったら、自然と雪都くんも近づきやすくなるでしょう?」

 「それって、どうよ……」


 雪都と交わした契約のことを、希羅梨は春樹にだけ話してくれた。話を聞いた時、春樹は泣きたい気分になった。それでも希羅梨の気持ちは痛いほどわかったから、希羅梨がそうしたいならそうしなと言うしかなかった。


 「ねえ、希羅梨。あんた、まだ和馬が好きなの?」

 「好き」


 和馬がセスナとつき合い始めてから、春樹は何度もこの問いを希羅梨に投げかけている。残酷な質問だということは知っている、だけどその度に希羅梨は笑顔で即答するのだ。一瞬の迷いもなく、好きだと言い切る。


 「永沢を好きになんない?」

 「んー、雪都くんのことは好きだけど、好きの種類が違うなぁ。春樹ちゃんを好きなのと近い好き」


 つまりそれは恋ではなく、友達に抱く感情だと希羅梨は言いたいらしい。


 「だってあんたら、もう一年以上も続いてるじゃん。最初はふりでも、これだけずっと一緒にいたら気持ちが動くもんじゃないの?」

 「そういうもの?でも、雪都くんは中森さんが好きな訳だし」

 「でもでも、その中森さんは日本史の阿久津が好きなんでしょうが」

 「多分ね、中森さんてわかりやすいし。見てたらわかるよ」

 「希羅梨、永沢とちゃんとつき合いなよ。いい奴じゃん、あいつ。無愛想だけど、嘘ついたり誤魔化したりしないでしょ?本当の彼女になったら、希羅梨のこと絶対に大切にしてくれるよ」

 「今でも大切にしてくれてるよ、無愛想だけど」

 「そうじゃなくて……」


 がしがしと春樹は短い髪を掻きむしった、イラついた時の春樹の癖なのだ。


 「春樹ちゃん、心配させてご免ね」

 「私に謝んなくていいよ」

 「じゃあ、ありがとう。大好きだよ」

 「だから、私に告白はしなくていいの」


 そっかぁと笑う希羅梨の長い髪が、夕焼けの空に切ないほど似合っている。街は、淡いオレンジに染まっていた。建物も、行き交う人も何もかも。

 今にも踊り出しそうな軽い足取りで隣を歩いている親友の横顔を春樹は見ていた。どうして笑うのかと思う、どうしてそんなに笑っていられるのだろう。


 希羅梨の両親はあまりいい親ではなく、希羅梨はまだ小さい頃から実家を出て歳の離れた兄の海人(かいと)と二人で暮らして来た。海人は希羅梨をそれはもうとても可愛がり、慈しんで育てていたけれど、不運にも希羅梨が中学生の時に車の事故であっけなくこの世を去ったのだ。


 それ以来、ずっと希羅梨は一人暮らしだ。


 父方の伯父が身元引受人になり、生活費の援助もしてくれているそうだけれど、希羅梨を家に迎え入れて一緒に暮らしてはくれなかった。海人が亡くなったのが希羅梨の中学卒業間近だったこともあり、すでに合格が決まっていた高校に通うには叔父の家は遠すぎるという言い訳にしか聞こえない理由でもって、まだ十五歳の少女が一人暮らしを始めたのだった。


 ちなみに希羅梨の実の両親は現在、行方がわからないらしい。兄の海人だけはその所在を知っていたらしいけれど、海人が亡くなってしまった今ではもうわからなくなってしまったのだ。伯父が希羅梨にお父さんとお母さんを探そうかと訊いたらしいが、希羅梨はそれを断った。


 もしも居場所がわかったとしても会う気はない、だから探さなくていいと。

 だから成人するまで身元引受人をお願いしますと、そう言って頭を下げたのだそうだ。


 家族がなく、一人で生きている希羅梨がどうしてこんなに明るく笑えるのか。

 春樹は、春樹なんて男みたいな名前をつけられたことだけは不満に思っているけれど、それ以外のところでは実にいい親に恵まれている。両親に守られた家庭で何不自由なく生活している春樹には、希羅梨の辛さが本当の意味では理解できていないのかもしれない。


 ただ春樹は、希羅梨に幸せになって欲しいと思う。

 希羅梨には笑顔が似合う、涙なんて絶対に似合わない。


 「……和馬の大馬鹿野郎」

 「春樹ちゃん、阿部くんは何も悪くないよ。私が勝手に好きなだけだから」


 春樹は、つい言ってしまいそうな言葉を飲み込んだ。本当は、もう諦めなと言いたい。いくら想っていても無駄だから、諦めろと言いたい。

 だけどそれを言ってしまったら、希羅梨は今よりもっと辛くなるだろう。今でさえこんなに辛い思いをしているのに、もっともっと辛くなるだろう。


 希羅梨が幸せになれないなんて嘘だ。

 誰でもいい、永沢でいいから希羅梨を幸せにしてやって。


 阿部和馬は、春樹にとっては小さい頃から知っている幼馴染だ。だからこそ知っている、あの男は馬鹿みたいに一途で融通が利かないのだ。

 きっと和馬は、セスナを唯一無二の女と決めたのだろうと思う。もう他の女に目移りすることは多分、ない。良くも悪くも和馬はそういう奴だ。


 「あーあ、私が男だったら希羅梨を嫁にすんのになー」

 「いいね、それ。私も春樹ちゃんのお嫁さんになりたい」

 「じゃあさ、働き出したら私、家を出るから二人で一緒に暮らそうよ。男なんていらないじゃん、ずっと二人でさ」

 「すごいすごい、春樹ちゃんとずっと一緒!いいな、それいい」


 それでも、自分では駄目なんだと春樹にはわかっている。男は女を求め、女は男を必要とする。自然の摂理には逆らえない、女は男に愛されることが一番の幸せなのだ。


 「お部屋をね、水色とピンクにするのはどう?食器も歯ブラシもクッションもベッドカバーもみんなね、春樹ちゃんのは水色で私のはピンクなの」

 「私、水色より青がいいな」

 「そう?でも、水色の方が可愛くない?」

 「赤と青の方がはっきりしてていいじゃん」

 「そうかなぁ、でも赤と青も可愛いよね」


 踊り出しそうな軽い足取りで歩く希羅梨の横顔を、春樹は見ていた。ふわふわと弾む長い髪が、夕焼けの空に切ないほど似合っていた。




40話目にして、ようやく春樹ターンです。

男の子に女の子みたいな名前、男の子に女の子みたいな名前をつけるのが好きなんですけど、さすがに春樹は男だと思われてないかなと思ってました。

やっとまともに出せた!

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