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39 おひさまな女の子


 疲れたと、(たける)は首を左右にぐきぐきと鳴らした。


 いつものことながら、園長会議はどうしてこんなに時間がかかるのか。

 遠足が他の園とバッティングしないための日にちと場所の調整であるとか、不審者情報や工事の情報など、子供を預かる立場の保育園の園長である以上は、どれも大切なことはわかっているから毎回律儀に参加してはいるものの、もう少しスムーズに進行できないものかと、声を大にして言いたい。雑談の多さも何とかして欲しい。あの無駄話がなければ、小一時間もあれば終わるのではなかろうか。

 しかも、いつもなら昼過ぎには終わる会議なのに今回は、午後から近隣の小学校の校長たちと、ついでに教育委員会の何やら偉い肩書を持ったおっさんたちが参加して話し合いなるものがあったために余計に疲れた。園児たちが卒園後に通うことになるのが小学校であるのだから、これもまた大切な話し合いだとわかってはいても、疲れるものは疲れるのだ。


 朝の十時から始まって、昼休憩をはさんで終わったのが午後四時過ぎだとか、いい加減にして欲しい。おかげで、銀行の窓口業務には間に合わなかった。

 ATMで必要な振り込みを済ませ、足りないから買って来て欲しいと保育士たちに頼まれていた物を買いに何件か店を回ったら、もうすっかり夕暮れだ。今から急いで帰っても、どうせ退園時間には間に合わない。これでは、可愛い園児たちの顔を見て疲れを癒すこともでできやしない。


 歩きながら健は、今度は手刀で首の後をトントンと叩いた。園長会議なんざ無視してもいいんじゃないかとついつい思ってしまうが、引退した先代の園長、つまり健の祖父が他の園とは仲良くせにゃならんとやたらと言い続けているせいでそうもできない。ちなみに祖父は、現役は退いたもののまだまだ元気で、健の両親が建てたニ世帯住宅で安穏と隠居生活を楽しんでいる。


 その祖父こそ健にとっては師であり、目標でもある。

 おじいちゃん先生と子供達に慕われ続けた、祖父のような園長になりたいと健は思っているのだ。


 きっちりと結んでいたネクタイを健は、ぐっと片手で緩めた。全く、どうして保育園の園長がこんな恰好をしなくてはならないのか。保育士は、ジャージにエプロンが制服だろう。赤いギンガムチェックのくまさんエプロンの方がスーツより何万倍もマシだ。


 とろとろと、大きな体を引きずるように健は歩いた。どうせ急いで帰っても、退園時間には間に合わないのだ。先生さようならと手を振って帰って行く、子供たちの笑顔は見られやしない。

 おひさま保育園の門柱がやっと見えて来た頃、辺りは夕焼けの色に染まっていた。昼間なら子供たちのはしゃいだ声が聞こえるだろうに、今はしんと静まりかえっている。


 疲れたな、今日は早く帰ろう。


 それでも、今日の保育日誌には目を通さなければならない。

 子供たちの日々の様子をこと細かく日誌に書くようにと、保育士たちには指示してあった。幼い子供を預かっている以上は、ちょっとした変化も見逃す訳にはいかないのだ。零歳児から五歳児まで、おひさま保育園の園児は百人近い。その一人一人の保育日誌を熟読することが園長の大切な勤めだと健は思っている。


 ……保育日誌は、家に持って帰って読むか。


 そんなことを考えながら歩いていると、門の影からぴょんと何かが飛び出して来た。ピンクベージュの髪が夕焼けに馴染んで、より一層やさしい色に染まっていた。


 「タケちゃーん!」


 大きな声で叫びながら、子犬のように駆けて来た晴音を健は受け止めた。そのまま晴音は、健の大きな体をよじよじと昇ろうとする。


 「まあ、すみません。晴音がどうしても園長先生のお帰りを待つと言ってきかないものですから」


 これまた門の影から顔を出した晴音の母・十和子に、健は晴音を抱き上げながら軽く会釈した。


 「タケちゃん、明日はどこにも行かない?保育園にいる?」


 耳元で弾ける晴音の声に、健は顔を歪めた。いや、歪めたようにしか見えないが、実はこれで笑ったのだ。


 「おう、明日はどこにも行かねえ」

 「じゃあ、お砂場で遊ぶ?」

 「いいぜ」


 きゃあーと、晴音は嬉しそうな声をあげる。その声に、健の疲れが吹っ飛んだ。


 健は、そのデカイ図体に似合わず子供が好きだ。

 けれど、そのデカイ図体のせいで子供に恐がられる。


 健は学生の頃から、祖父の後を継いで園長になったら祖父のように子供たちに慕われるいい園長になろうと思っていた。先生、園長先生と子供たちが群がって来るような、そんな園長になると決めていた。

 だけど現実はというと、これがなかなかに厳しい。未だに園児の中にも健の顔を見たら泣き出す子供がいるのだから、理想はまだまだ遠いところにあるようだ。


 「タケちゃん、だーい好き!」


 晴音が毎日、惜しげもなく降らせてくれる大好きの言葉に健は救われている。

 このおひさま保育園という園名は、ここが子供たちにとっておひさまの光が燦燦と降り注ぐ明るく楽しい場所であるようにとつけられたそうだが、健にとっては晴音の笑顔こそがおひさまのようだった。

 祖父がいつも子供たちに囲まれていたように、可愛い園児たちが健を慕って群がる日がいつか来るかもしれないと、晴音が笑ってくれるたびに思えるから。


 「明日は、砂場で城でも作るか?」

 「宇宙基地がいいよ」


 なんで宇宙基地なのか、そもそも砂で宇宙基地など作れるのか。まあ、やってやれないことはないか。

 帰りに何かSF映画のDVDでもレンタルするか、宇宙基地が出て来る映画なんてあったろうかと思いながら健は、晴音を抱き上げたままでおひさま保育園の門に向って歩き出した。



園長会議とか本当にあるのかどうか知らないんですけど、この地域ではあるということでスルーしてやってください。

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