36 すっぱくて甘い
ワッフルコーンの上に積み上げられたクッキーアンドクリームとストロベリーチーズケーキとキャラメルリボンにかぶりついているセスナの頭の天辺を、和馬は半眼で眺めた。どれもこれも甘ったるい、胸焼けしそうなセレクトだ。一体、あれだけのアイスがセスナのこのちっこい体のどこに入って行くのか謎だ、ああ大いなる謎だとも。
「……青蘭女子?」
「ああ」
放課後のアイスクリームショップは、制服姿の女の子たちで溢れていた。きゃーきゃーと楽しそうな声が充満している店内の、隅の方に置かれた固い木製のベンチに並んで座って、セスナが何でもない風に言い出した思いもよらなかった学校名に和馬は、しっかりはっきりと聞き取れたのにも関わらず思わず訊き返していた。
「青蘭って、あの青蘭か?」
「他に青蘭があるかどうかは知せらぬが、たぶんお前が思っている青蘭だ」
「セスナが青蘭?」
「それはどういう意味だ、似合わぬと言いたいのか」
「いや、そうじゃねえけど」
あまりに普通だから忘れがちだが、そう言えばセスナは飛鳥井家という名家のご令嬢なのだった。もっともセスナが飛鳥井家の本当の娘ではなく養女であることは、和馬はつき合いだす前から知っている。
飛鳥井の若き当主に嫁いだ姉にくっつく形で飛鳥井家に入った経緯も、姉が亡くなったことも、姉の遺言のおかげで正式な養女になれたことも、セスナは何もかも和馬に話した。まるで何でもないことのように淡々と、つい今さっき青蘭女子を受験すると言ったのと同じ口調で。
「アイス、とけてるぞ」
「……ああ」
一番無難そうだと選んだレモンシャーベットが今にもとけて崩れそうで、和馬は慌ててかぶりついた。すっぱさと甘さと冷たさが同時に口の中に広がる。しかし、やはり甘い。和香わかが好きそうかなとか、双子の妹の片方の顔がすぐに頭に浮かぶ。
「明条大は、受けないのか?」
「そうだな、滑り止めに受けるかもしれん」
「明条大が滑り止めかよ」
しかし、明条大よりも青蘭女子の方が入るのは数段難しそうだ。国立明条大に合格するにはただ必死で勉強すればいいが、青蘭女子に入るには違う種類のものが必要になる。家柄とか、そういう努力では手に入らないものが合格の条件になるのだ。もっともそのあたりは、セスナはすでに何の問題もなくクリアーしている訳だが。
和馬は、アイスをぱくぱくと食べているセスナの頭の天辺を眺めた。三段重ねの一番上にのっていたクッキーアンドクリームは既に姿を消し、二段目のストロベリーチーズケーキも半分ほどになっている。
「美味いか?」
「ああ」
セスナに気づかれないように、和馬はふっと息を吐いた。この意地っ張りは果たして自分の癖に気づいているのかどうか。
セスナは辛いことほど、何でもないことのように淡々と話す。たった一人の肉親だった姉が死んだことも、そのあとの飛鳥井家での気詰まりな生活のこともセスナは淡々と和馬に話して聞かせた。まだ二人がつき合いはじめる前のことだ。
「それ、美和みわが好きそうだな」
「ストロベリーチーズケーキか?」
「おう、買って帰ってやるかな」
「いい兄だな」
「普通だろ」
「そうだな」
「……」
どうして高校生なんだと思う。もしも和馬が大人で、セスナを養ってやるだけの力があれば今すぐに掻っ攫ってやるのにと思う。そしたら絶対にこんな顔させないと、そう思う。
本当は辛いくせに、セスナはいつも通りだ。多分、いつも通りの顔しかできないのだろう。和馬の前でなら泣いたっていいのに、けれどセスナは我慢することしか知らない。
和香には、レモンシャーベット。
美和には、ストロベリーチーズケーキ。
アイス如きで喜ぶだろう妹たちの笑顔が見たいから、買って帰ろうと和馬は思う。セスナの代わりに笑わせようという訳ではないけれど。
「和馬、とけてる」
「ああ」
とけかけた、レモンシャーベットのすっぱさと甘さと冷たさが口の中に広がる。だけどやっぱ甘いと、和馬は思った。




