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35 相対評価と絶対評価


 毎回、授業の最後に実施している小テストの結果をノートに写しながら、涼華はふうっと溜息をついた。

 相変らず、涼華が担任しているA組はいい成績だ。しかしB組C組はというと、つきたくもない溜息が自然と口から出てしまう。

 同じ学校の三年生なのに、どうしてこんなに意識が違うのだろうか。入学した時には確かに、同じ試験を突破して机を並べた者同士の筈なのに。


 「どうかされましたか?」


 穏やかな声がかけられ、涼華は顔をあげた。涼華と向かい合っている席、教科書やら参考書やらを積み上げた向こう側で同僚の阿久津優介が穏やかに笑っていた。


 「どうですか、今年のA組は?」


 国公立進学クラスであるA組は、本当なら学年主任である阿久津が担任する筈だった。けれど田舎に一人残している年老いた母の具合が悪いとかで阿久津が担任を辞退したため、そのお鉢がいきなり涼華のところにまわって来たのだ。阿久津は自分が担任する筈だったクラスが気になるのだろうか、涼華の手元を覗き込むように腰を浮かした。


 「いえ、A組はいいんです。あの子たちは放っておいても勉強しますから。問題なのは、B組C組の私立文系クラスなんです。何と言うか、受験生の自覚がまるで感じられなくて」

 「追い詰められてもヘラヘラ笑ってるのが、最近の子の特徴ですからね」

 「どうなんですか、それって。どうしたらやる気を起こさせられるんでしょうか」

 「来栖先生は、やはり熱心ですね。勉強しないで受験に失敗したなら、自業自得だと僕なんて思いますけど」

 「阿久津先生は、意外とクールですね」

 「意外ですか?」

 「意外です」

 「冷たい人間ですよ、僕は」


 そう言うと阿久津は、浮かしていた腰を降ろした。そしてそのまま両手をあげて、う―んと体を伸ばしている。

 阿久津が持つ独特の雰囲気は、冷たいなどとは間違っても形容できるものではない。涼華は真正面に座っているこの真面目な教師が、急に得体が知れないもののように思えてきた。


 「……阿久津先生は、相対評価と絶対評価ならどちらが正しく生徒を評価できると思いますか?」

 「そうですね、僕は相対評価を支持します」


 唐突な質問に一瞬の迷いもなく即座に返って来た答えに、涼華は目を瞠った。この男はやはり見た目通りの優しいばかりの男じゃない、そう思った。


 相対評価と絶対評価のどちらが良いのかは、教師という職業に従事する者にとっては永遠の命題だろう。集団の中の位置、例えばクラス、もしくは学年全体の中でどのくらいの位置の成績かで機械的に判断する『相対評価』に対し、『絶対評価』は学習目標に到達しているかどうかを教師が個々に評価する。つまり、ある一定レベルに全員が達していれば全員に『五』を与えることが出来るのが『絶対評価』であり、一定レベルに達している生徒でもさらに決められた割合で五段階に分けなければならないのが『相対評価』なのだ。


 「やっぱり、意外です」

 「意外ですか?そうかなぁ」


 阿久津は、ハハハと声を出して笑った。どこからどう見ても、好ましい教師に見える。


 「だって絶対評価だと、贔屓しちゃいそうじゃないですか。お気に入りの子には、自分ではそうしているつもりはなくても甘くなりませんか?」

 「お気に入り、ですか?」

 「ええ。来栖先生だって、A組の永沢くんとか阿部くんがお気に入りなんでしょう?」

 「私の場合は、冗談ですよ。あの連中はからかうと面白いですし、いい反応をしてくれるから授業が引き締まるんです。成績をつけるのに手加減をしたことなんてありません」

 「だったら来栖先生は、僕より余程いい教師だということですよ」

 「……」


 笑いながらこの人は何てことを言うのかと、涼華は思った。教師として言ってはならないことを平気で言っている。


 「阿久津先生には、お気に入りの生徒がいるんですか?」


 涼華のその問いには、阿久津は答えなかった。ただいつも通りに、眼鏡の奥で穏やかに笑っているだけだった。




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