2 窓際の席
「何だよ何だよ、お前ら全員仲良しか!何で俺だけB組なんだよ、俺が何をしたってんだよ―」
頭を両腕で抱え込み、わざとらしく大声で叫んでいる創太からは少し離れた窓際の席で雪都は、教科書をパラパラとめくっていた。手に入れたばかりの真新しい教科書はインクの匂いがして、何となく好きなのだ。
読むでもなく無意味に薄い紙をめくっていると、「むしろ何もしなかったからB組なんでしょ」と、真琴がいつもの冷静な口調で創太に突っ込んでるのが聞えた。国公立進学クラスであるA組に入るには、それなりに勉強しなければならない。確かに、何もしなかったから創太のA組希望は通らなかったのだ。
「B組には春樹がいるじゃねえか」
「俺は、全員同じクラスで卒業したかったんだ!人の気持ちを足蹴にしやがって、この薄情者どもがぁー」
創太に学生服の襟元を捕まれて、和馬がはいはいと適当に受流す。その隣ではセスナが、がはがはと大口を開けて笑っている。
大騒ぎだ、いつも通りの。
「よかったね」
「あ?」
背後からかけられた声に座ったまま頭を反らすと、長い髪がさらりと揺れる。希羅梨がその髪を耳にかけながら、雪都を見おろして笑っていた。
「何が?」
「だから、中森さんと同じクラスになれてよかったね」
「ばーか、寝惚けたこと言うな」
否定したのか、そうでないのか判断のつきかねる返答をする雪都にくすくすと笑いながら希羅梨は、椅子を引いて腰をおろした。雪都の真後ろの席だ。
「ねえ、雪都くん。やっぱり第一志望は明条大学?」
「おう」
「じゃ、あたしと同じだね。中森さんは?」
「知る訳ないだろ、んなこと」
「えー、それは駄目だよ。そんな大事なことは、ちゃんと訊いておかなきゃ。できたら同じ大学に行きたいでしょう?」
「別に」
「素直じゃないね」
「ほっとけ」
希羅梨のくすくす笑いを背中に受けて、雪都は眉間にぎゅっと皺を寄せた。
確かに今現在、雪都からは右斜め後方の廊下側の席でひとりで静かに、雪都と同じように新しい教科書をめくっている中森美雨が気にならないと言えば嘘になる。幼馴染だ、気にしてもおかしくないだろうと、雪都は思う。
同じクラスになったのは小学校四年以来だから、七、八年ぶりか?
振り向いてみたいけど、そうすればまた後ろの希羅梨にからかわれてしまいそうで、雪都は小さく舌打ちをした。
昨日は顔色悪かったけど、平気かな。あいつ、何かあったらすぐに貧血起こすしな。
昨日は体育館での始業式と、新しいクラスでの最初のホームルームだけで終った。担任は学年主任の阿久津だろうと予想していたのに、雪都が評するところの 『ふざけた教師』 である来栖涼華だったことには驚いたが、特にこれといった特別な何かがあった訳ではない。出席簿順に簡単な自己紹介をさせられた時、雪都の次に立った美雨の声が小さ過ぎて聞えなかったこと以外は、雪都の心に引っ掛かったことは何もなかった。
「ね、訊いて来てあげようか?」
「何を?」
「中森さんの志望校」
「いらん」
えー、本当にいいの?、本当に、ほんっとにいいの?、などとしつこく繰り返す希羅梨にうんざりして雪都は、めくっていた教科書を机の上に伏せて置いた。これはどうやらこの一年、今まで以上にからかわれることを覚悟しなければならないらしい。
まったく、希羅梨にバレてしまったのは不覚だった。希羅梨を含む女という種族は、何故にこと色恋沙汰となったら鼻が利くのか。雪都は美雨が気になるなんて、一言も言っていないのに。
「そこ―っ、新学期からイチャこかないっ!」
「いや、新学期は関係ないだろ」
雪都と希羅梨を指差して叫んだ創太に、間髪入れずに和馬が突っ込む。それにセスナがウケて、げらげらと笑っている。
まったく大騒ぎだ、いつも通りの。
阿部に早坂に国嶋、それに飛鳥井と姫宮か。ま、悪くねえメンバーだよな。
高校入学以来、何かにつけてつるんで来た連中と最後の一年を過すのは悪くないと思う。それに今年は……。
雪都から右斜め後方、廊下側の席で静かに座っているひとりの少女。背中に突き刺さる希羅梨の視線が気になって振り向きたいのに振り向けないジレンマに雪都は、眉間の皺を更に深くした。