28 メロンパンとレモンティー
風の強い屋上で、少しは風が当たるのがましな昇降口のすぐ横を女の子たちが陣取り、男の子たちは手摺前に並んで、その短い髪を存分に風に遊ばせていた。美雨はその、女の子たちの方の輪の中にいた。
今日は暖かいねなんて美雨の右隣で希羅梨がのほほんと笑い、本当に気持ちの良い天気だとセスナが左隣で答える。美雨の前には、美雨をここまで連れて来た犯人であるB組の尾崎春樹が、そうだねと歯を見せている。
手摺前に並んでいる男の子たちは右から、A組の阿部和馬、国嶋伊佐美、小島真琴。その隣に居るのは、確かB組の新見創太だ。
この学校の者なら知らぬ者などいないような目立つメンバーに囲まれて、美雨は何だか居たたまれないような気がして来る。まさか、こんなことになろうとは思いもしなかった。
美雨はいつも通り、今日もあゆみと一緒に食べようとお弁当を持ってB組に行ったのだが、戸口のところにいた尾崎春樹が、あゆみは風邪で休みだと教えてくれたのだ。それなら一人で食べるしかないか、それともE組まで行って澪と一緒に食べようか、そう美雨が思った時には春樹が美雨の手首を掴んでいた。私らと一緒に食べようよと歩き出した春樹に半ば引きずられて、何が何だかわからないうちに屋上まで来てしまった。
屋上には希羅梨とセスナが居て、美雨を見ると歓声をあげた。何が何だか、本当に何が何だかわからないうちにこうなっていた。
何故か女の子たちは美雨を囲むように座って、やたらとにこにこしている。大歓迎と言うか、何と言うか。
それに対して男の子たちは、美雨がここにいることに気づいてもいないように手摺にもたれてダルそうに何やら喋っている。足元に丸めた紙袋やら空き缶やら転がっているところを見ると、すでに昼は食べてしまったらしい。昼休みがはじまってまだたいした時間は経っていないのに早業と言うか、何と言うか。
「中森さんのお弁当箱、すっごく可愛い。どこで買ったの?」
「えっと、これは貰ったものだから」
「そうなの?」
そうなのと美雨は、右隣に座っている希羅梨に笑って見せた。このちょっと和風な、桃の花が一面に描かれている弁当箱は、あゆみが去年の誕生日にプレゼントにくれたものだ。確かに可愛いと美雨も思っている、美雨のお気に入りの弁当箱なのだ。
「姫宮さん、お弁当は?」
弁当の箱を開けようとして、美雨はふと気づいた。セスナは家から持参したらしい弁当箱を膝の上に置いているし、春樹は登校途中で買ったのか、コンビニの袋を手に持っている。だけど、希羅梨は手ぶらなのだ。昼食らしきものを何も持っていない。
「今日はね、お弁当作りさぼっちゃたんだ」
「え……じゃあ、パンか何か買いに行かなきゃ」
購買部のパンは、昼休みになると途端に生徒が群がってすぐに売り切れてしまう。美雨はあの中に入って行ってパンを買う勇気がないから、今朝は遅刻しそうだったのにもかかわらず弁当を詰めてきたのだ。もっとも、昨日の残り物のポテトコロッケとポテトサラダを詰め込んだ芋づくしの、制作時間一分弱という代物ではあるけれど。
「早く行かないと、なくなっちゃうよ?」
「うん、大丈夫。頼んだから」
「え?」
その時、ギーッとドアが軋む音が聞こえた。
「あ、来た。雪都くん!」
希羅梨の声に振り向くと、薄茶色の髪が見えた。遅れて現れた雪都は、自分に向かって手を振っている希羅梨の隣に幼馴染の姿を認めて、一瞬だけ目を丸くした。
「今日は中森さんも一緒なんだよ、いいでしょ―?」
「何がいいんだよ、ほら」
ほらという言葉と一緒に、雪都は何かを投げた。狙い違わず希羅梨の膝に落ちたのは、メロンパンの袋とレモンティーと書かれた紙パックで。
「あれ、粒あんホイップデニッシュは?」
「んなモンなかったぞ、それでいいだろ?」
「うん、メロンパンも好き」
ありがと―と希羅梨が手を振ると、雪都は女の子たちに背を向けて手摺の前に並んでいる男の子たちの方へ行ってしまった。端に立っていた和馬のすぐ隣で、固いコンクリートの上に手摺を背にして座り込む。
「……永沢くんて、優しいんだね」
和馬と何か喋りながらパンを食べている雪都を何となく見ながら美雨がそう言うと、早速メロンパンにかじり付いていた希羅梨がぱあっと笑顔を輝かせた。
「そうなの!雪都くんてね、すっごく、すっごぉ―く優しいんだよ」
希羅梨にしてみれば、雪都を美雨に売り込むチャンスとばかりに食らいついた訳だが、これではどう聞いても彼氏の自慢だ。
「雪都くんは無口だし、滅多に笑わないからとっつきにくく見えるけど、本当は優しいんだ」
嬉しそうに惚気続ける希羅梨に笑って見せながら美雨は、胸に何か正体不明のもやもやが広がるのに気づかないふりをした。
そっか、やっぱりゆき君は変わってないんだ。
そんなことを思ったりして。
子供の頃、背の低かった雪都を思い出しながら美雨は笑って見せた。今では長身の部類に入るであろう雪都だけど、子供の頃は人一倍小さかったのだ。
見た目は変わっちゃったけど、ゆき君はゆき君だ。
今朝だって、遅刻しそうになってたところを助けてくれた。恐かったけど、助けてくれたことに代わりない。
雪都は優しい、そんなことは教えて貰わなくても知っている。
そう思いながら美雨は、曖昧に笑い続けた。胸に巣食う正体不明のもやもやには、気づかないふりをして。




