24 優しくてお人好しで照れ屋で嘘つき
本鈴が鳴る少し前に席についた雪都の背中を希羅梨は、シャーペンの頭でツンツンと突いた。そして振り向いた雪都に、にやりと笑って見せる。
「ふ・た・り・の・り」
「あ?」
「朝からいいねぇ、若いモンは!」
「そういうお前は、いくつだってんだよ……つーか、見てたのかよ」
「そりゃあ見えるよ、あんな派手にラブラブ登校しちゃってくれちゃったりしちゃったらね」
「妙な言い方すんな」
窓際の希羅梨の席からは、校門がよく見えるのだ。今朝は雪都が遅いなと何となく眺めていたら、二人乗りの自転車が閉まりかけた門の間をすり抜けて走り込んで来た。薄茶色の髪のせいで雪都は遠目でもすぐにわかるのだが、後ろに乗っているのは誰だろうと希羅梨は窓から身を乗り出した。
小柄な女の子が自転車の荷台から転がり落ちるように降りると、何度も雪都に頭をさげているのが見えた。それが美雨だと気づいて、希羅梨はふわりと笑った。やっぱりお似合いだなんて思うと、それだけで嬉しくなる。
「いつの間に一緒に登校するような仲になったの?」
「そんなんじゃない、遅刻しそうだったから乗せてやっただけだ」
「ほおぉ、へえぇ、そぉなの」
「だから、妙な言い方すんなっての」
ぐぐっと刻まれた雪都の眉間の皺を、希羅梨はやはりにやにやと眺めた。
命名、照れかく皺。
頭の中にぽんっと浮かんだ、 『照れ隠し』 と 『皺』 をくっつけた造語に、希羅梨のにやにや笑いはひとりでにグレードを増す。
「何だよ、何そんなに笑ってんだよ」
苦虫を潰したような声に、希羅梨のにやにや笑いは止まらない。どうしてそんなに照れるかなと思うほど、可笑しくなってしまう。
「そんなことよりお前、わざわざノート届けに来たろ?いいつったのに」
雪都が晴音を連れて図書館から帰ると、家のドアノブに水色の花柄の、やたらとファンシーな紙袋がさがっていたのだ。中にはノートが一冊入っていて、それは前日の夜に希羅梨が間違えて持って帰ってしまったと電話して来たノートで。
いくら睨みつけても笑っている希羅梨に、雪都は呆れたように表情を緩めた。一方の希羅梨は、あきらかにわざと変えられた話題に吹き出しそうになっていた。
「あ、あれはね、お散歩のついでだよ。美容と健康のためにお散歩してたの」
「お前の家から歩ける距離じゃないだろが」
「それを歩くんだよ、こうやってね」
こうやって、と言いながら腕を前後にぶんぶんと振って歩く真似をして見せる希羅梨に、雪都は「お人好し」とだけ答えてから背を向けた。その薄茶色の後頭部に希羅梨は、お人好しは雪都くんの方でしょうと、声を出さずに呟いた。
ちょうど一年と二ヶ月と十五日前、希羅梨に長年の想いを告げられて断った和馬のぎこちない態度に堪らなくなっていた頃、雪都が唐突に俺とつき合うふりをしないかと持ちかけて来た。告白されるのがウザいから、偽物でも彼女が欲しいと言う雪都の言葉が言い訳に過ぎないことに気づきながらも、希羅梨は頷いた。
本当は、私が可哀相で放っておけなかっただけでしょう?
告白されるのがウザいからなんてカッコいい言い訳、きっと雪都にしか使えない。優しくて、馬鹿みたいにお人好しで、おまけに照れ屋で嘘つきな雪都にしか言えない。
どうして私はこの人を好きにならないのだろうと、希羅梨は思う。
どうしていつまでも、和馬しか見えないのだろう。
雪都に感じる好きという感情と、ひたすらに和馬に向っている好きという感情は、根本的に種類が違う。雪都が希羅梨に向けてくれている好意と、幼馴染の女の子に向けているものが根本的に違うのと同じだ。
だから私は、応援するからね。
雪都くんの恋を全力で応援する。
雪都がくれた優しさに対しての御礼という訳ではないけれど、雪都の想いがいつか通じて、あの可愛らしい幼馴染の女の子と幸せになることを希羅梨は本当に心から願っていた。
希羅梨は、恋にまだ夢を見たかった。
どんなに足掻いても届かないものだと、恋なんてそんなものだと諦めたくなかった。
希羅梨の恋にはどうやらもう望みはなさそうだけれど、せめて雪都の恋は成就して欲しい。
振り向くと、教室をほぼ斜めに突っ切った先に雪都の想い人の姿が見える。いつもはシニヨンにまとめている髪を、今日はポニーテールにしている。
ポニーテール、すっごい可愛い。
あんなに可愛かったら、雪都くんが好きになる筈だよね。
視線を戻すと、雪都の背中にぶつかる。黒い学生服のその背に頑張れと、絶対に諦めないでと希羅梨は声に出さずに呟いた。




